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異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
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検死結果と道場訪問

はい、お久しぶりです。何とか仕上がったので、はい。これ終わるのかな?

 「師匠どうしたんですか、その右腕は?」

 河原に出向くと既にヤギンが木刀を用意して待っていた。足元にはバケツ一杯に入った魚(授業料)が置かれている。

「ちょっト失敗した。二~三カ月はまともに使えない」

「だ。大丈夫ですかそれ……」

それなりに心配そうな顔でヤギンが右手を覗き込む。

「危うく切断されかけたが大丈夫だ。さテ稽古をやろうか。左腕だけでもお前の相手なら十分に過ぎる」

「それも何か酷い言葉ですけれどね」

「早く強くなってくれ、ということダ我が弟子よ」 

 

 

ヤギンとの稽古を終えた頃には、日はもう大きく傾いて城壁の向こうに沈んでいく頃だった。夏の日は長く、それ故に夜もまた長い。帰路につく霧崎の隣で肩を組んだ二人組の酔っ払いが通り過ぎていく。酒と湿度の高い熱風に焼けた肉と脂の匂いが混ざり、南の通りは混沌の坩堝と化していた。

 その大通りの中程から派生した裏道。霧崎は魔灯光の橙を目印に一軒の戸を叩いた。レンガの赤がやたらと目に染みる。

 最近よく来る酒屋だ。名物はなんでも。とうそぶく店主がいつも机に突っ伏している。

 酒を二本ばかり買って霧崎は再び表通りに戻った。人混みのざわめきが耳に刺さる。ゴブリン靴を履いているというのに足の裏に小石が当たった。

 足を運ぶのはまず事務所、その後にエルトリア剣術の道場と迷宮に潜る前に決めていた。事務所に戻るのは休憩とそれなりに恰好を整えるためだ。将軍の息子を護衛していたのはエルトリア流剣術の師範代が一人――――その死亡報告にじいさんの道場にいくのだから。

 「はぁ、」

 気乗りしない、肩を落として霧崎は空を見上げる。灰に塗れた夜空に白銀の円月。

 明るい月を見ると、つい刃を伸ばして斬りたくなる。ひょっとしたら、あの月を斬るために霧崎は夜ごと木刀をふっていたのでは、そんな気分にもなろうというものだ。

 「上ばかり見てると躓くわよ」

 上空から届いた女の声に霧崎は少しの間、奇妙な表情を見せた。まるで、自分とは関係ないどこかで発生した会話を偶然に聴きとってしまったとでもいいたげに周囲を見回す。まあ、声に乗った気は霧崎のほうを向いていたし、上を見上げる霧崎の目を女は見下ろしていた。

 見覚えのある人影と聞き覚えのある声は、少し前に聞いたものとよく似ていた。

 名前は確か……、

 「おかえり」

 「ああ、タだいま」

 フィーナだ、思い出した。

 上と下で短い挨拶を交わす。フィーナは事務所の二階の窓枠に背を預け涼んでいた。

「この街暑くない?」

 エルフの問いかけに霧崎の足が止まり、事務所の入り口で二回の窓を見上げて立ち尽くす。暑いだろうか、確かに森に比べれば暑いだろう。ここは木々の無い石の街だ。

「まあまア、だな。ァ、……疑問なんだガ」

 足が止まったのは、何となく事務所に来てから聞きそびれていたことを思い出したからだった。

「おたくはコの事務所のトーレルと知り合いか何カ?それともセレナさんか?」

 思い出して、訊こうと思った瞬間に忘れていた。仕方ないので霧崎はとりあえず思いついたことを口にした。それで口に出した瞬間、言葉が足りないと気付いた。

「?、あなたの師匠からエルフとの同盟の話を聴いてないの?」

「?そんなのあるノか、初耳ダ」

 え?…………あれれ?と窓枠に背を預けてフィーナは額を押さえる。霧崎は正式なゴブリンとは少し違う云々と師匠および仲間からは時々きいていたけれど、エルフとの同盟云々はついぞ聞いたことがない。

「ああア……なんか大変そうだからその話はまた後で」

 それより聞きたかったことをようやく思い出した。 

「何デ街に来たンだ?」

 純粋にそれが霧崎の中で疑問だった。ゴブリンの長老とセレナの話によれば、エルフは滅多に森を出ず、出たとしても人の街に泊まることは稀だという。

「あー、それね……」

自分の胸に響かせるような音でエルフは答える。部屋の光でよく見えないが、どこか別のところを眺めながら、二階のエルフはきっと困ったように笑っているはずだ。

「いや、別に答えにくい事なら言わなくテもいいが」

 一応、言葉を付け加えて本気度を伝えておいた。別に今すぐに知りたいと思っっているわけではない。あの質問は答えの有無など真剣に探る気のない、挨拶のあとの雑談みたいなものだ。

「――――――まあ、」

「うン?」

「……お宝の奪還かな?」

 ぱちんと、上でエルフが指を鳴らす。

「お宝かヨ。エルフは金銀財宝に興味がないもノだと……」

「そう、だから私が探しているのは秘術の記された巻物(スクロール)ね。内容にかんしては話せないけど」

「そりゃ、万が一っテこともあるからな」

 霧崎はエルフを見ながら納得したように頷いた。

「……そ、どこで誰が聞いているか判らないものね」

 やや遅れたエルフの返事は、微妙に呼吸(いき)が硬直している。何か、厄介なことでもあるのかもしれないが、それをあえて訊こうと思えるほど今は余裕がなかった。

「ちょっと待って、その腕」

 背中を向けて事務所の中へ立ち去ろうとするところを、二回からフィーナに呼び止められる。

「ああ、この腕は全治二ヵ月ダな。下手ヲ打った」

 表情を万が一にもフィーナに悟られないように霧崎は一階の机を見ながら答える。剣士が戦いで利き腕を不能にされるなど不覚といっても過言ではないと思う。

「恥ずカしいことだが、しばラく事務所は開店休業状態だ」

 言葉にすると治癒できない傷を心に刻んでいくような薄暗い気分になった。二ヵ月の間はパンをちぎるのにも苦労するであろうことを思うともっと気分が悪くなってきた。そういえば着替えと風呂はどうしようなどと、一つに気が付けば色々な不都合が見えてくる。まさかフィーナ、さんに面倒を見てもらうというわけにもいかないだろうし、そうなるとその手の人材を雇わなければいけないだろうけれども、その場合の経費は……。

「今すぐ治せるって言いたかったんだけど……」

「え?」

 それも初耳だ。 


 蝋燭が照らす庭。蝋燭に練り込まれたミントが虫除けの白煙を上げる。森林の一画を切り取って運んで来たようなこの庭にある植物はその大半が薬となるものだった。

「長いな」

 ざっとヤシャが知るだけでも手前にあるのはシシオトシ、キメラの類に有効な毒の生成に欠かせない青い花。その隣に並ぶのがアヌジャウヌハ、対となる笹の様な形の葉でシシオトシに対して1:2で解毒作用を持つ。奥の木の実は水に晒して四日ほど経てば食料になるが、処理なしでは腹を下す太古のものだと師匠がヤシャに教えてくれた。

 この街に来てから一か月と経っていないというのにもう十年もここで過ごしたような気分になっている。

 庭に置かれた蝋燭の、それを支える青銅製の丸テーブルの上にヤシャは葡萄酒を静かに並べた。

 虫よけの煙が僅かに揺れて、花が歪む。小柄な足音。

「待たせたのう。あまり良いつまみが見つからんかったわい」

 足音は籠を持った老人のものだった。

「こちらこそ、夜分遅くにすまない」 

 頭を下げるヤシャを手で制して、老人は席に座らせる。 

「儂はお主が酒を奢ってくれるというからなあ、ここに……」

「ああ、酒はついでだ。もっといい話を持ってきた。ドラゴンウォーリアーの死体を媒介に初代エルトリアの召喚に成功した。結果は上々、あの王国最強のメイドとも互角以上に渡りあえる」

 ヤシャの報告に老人は答えなかった。伏せた表情は蝋燭の光が炙り出している。

「可笑しいのか?」

「何が?」

 ヤシャの問いかけに老人は呆けたような無表情でグラスの酒を見つめている。あるいは松皮のような顔の皮と共に表情を作る筋の使い方さえ忘れてしまったのかもしれない。しばらくの間をおいて老人は破願した。

「………何にせよ計画通りにことが進むのは悦ばしいことぢゃよ」

「計画通りか。トーレルのとこの準魔剣は予想外だったが、あれはどうする?」

「あれはな、予想外じゃった。まさか二人して同じ人物に声をかけるとは、しかしまあ、どうとでもなるわい。儂であれお主であれ、あの程度の脅威ならどうとでもな。問題はトーレル、その背後に控えるセレナが戻ってくること」

 ヤシャはそっとあの二人組について思いを馳せる。ヤシャとは違い表の舞台で名を轟かせてきた剣士と魔術師。その名は裏の者たちも避けて通る。だが、あの二人は今、この街にいない。

「リザードマン達が引きつけておけるのも、あと一週間が限度か」

「十分過ぎるじゃろう」

 ずず、と老人はグラスの酒を啜る。

「うまい、」

 ヤシャは老人があまり酒に強くないことを知っていた。ヤシャからすれば水同然の酒に顔を赤くして老人は、もう一杯。

「やはり美味(うま)い」

 ようやく杯をおく。

「とにかく、儂の役目は終わった。あとは、……そうだな、トーレルのところの小僧は儂が斬っておくとしよう。今日の夜あたりに来るとギルドから使いが来ておった」

「やれるか?」

「儂の腕を侮るなよ。第五代目のエルトリアを」

 老人の戯言、などとヤシャは考えない。エルトリアの名にはそれだけの重みが確かにあるのだ。それを裏付ける証拠をヤシャは一度見たことがある。あれは五年前の王国の公式大会のことだった。

 演武の後、四、五人の剣士とおぼしき一団が円形闘技場の砂地に侵入しエルトリアを囲んだ。観客席からでは当人たちの声など聞こえなかったが、道場を潰された恨みだとか、師の仇だとか、前の席の観客達のざわめきがヤシャのいるところまで飛んできたところからすると、つまりはそういうことなのだろう。

 老人は迅速だった。そして動きを悟られないほど唐突だった。

 初太刀で剣を巻き上げ正面の一人を斬り殺し、囲いを突破する。いかに達人とはいえども四方八方から同時に打ち掛かられてこれを防げる道理は存在しない。

 囲いを突破すると同時に、剣士の一団へと巻き上がった砂煙は、恐らく咄嗟に強風を察知した老人が蹴り上げて利用したものだろう。

 老人を追走した剣士たちが起こした結果は単純至極、煙に巻かれたその直後に、最後尾の一人が斬り捨てられたことによる同士討ち。

 互いに肩口と脇腹に斬り込んで、地面を転げ回る男たちを足元に老人は最後の一人へと向かう。

 ゆっくりとした呼吸、砂地に乱れを残さない軽やかな足取りで。(とど)めとなる衛兵たちの掛け声で進退窮まった侵入者が一人、闘技場の砂地に残された。

 やがてというほどでもない僅かな間に侵入者は最後の決断を下し、駆けた。砂地を蹴立てて、剣を握りたての子供のように出鱈目に振り回すそのさまは悪足掻きともとれたかもしれない。けれども、出鱈目に振り回される刃はまさに剣の結界であり、それ故に攻めるには難い。

 などと、まあそれは老人の前では一笑に伏して遠ざけられる程度の妄言とでもいうべきものに過ぎなかった。

 三太刀で事が終わった。恐らくそれくらいだろうとヤシャは見ている。

 一太刀目で相手の剣を抑え、二太刀目で返す剣を遠心力に振り回された男の手元を斬り付け、最後に首を掻いて残心。

「そうだな、あんたに任せたよ」

 瞼の裏に焼き付いた五年前の出来事(ハプニング)にヤシャは少し口元を緩めて言った。

「判ればいいわい」

 そう言ってエルトリアはグラスの酒を最後まで飲み干した。 

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