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異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
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実験室

 どうやら天井の裂け目からは先に進めそうにない。

 変わり者の友人との通信を終えたヤフタレクは、ギルドカードを左胸のポケットにしまいこんだ。会話の最中に左手の水晶玉がだんだん重くなってきて、ついに筋肉が根を上げる前にヤフタレクは近くにいた運搬用ゴウレムへに球塊を預ける。

「どうだったの?」

 虎人のユルトが急かすようにヤフタレクを見た。

「退く。ちょっと無理だ」

「そう?私とアステリアで引き上げれば、……なんとか行けそうじゃない?」

 虎人の疑問ももっともだとヤフタレクも思う。もし自分が目の前の虎人なみの身体能力を持っていれば、撤退の判断に疑問の意を示すだろう。ただし今回はわけが違う。  

「将軍の息子殿が迷宮に来てる。毎年恒例のあれだが、戦闘の余波でこの付近の崩落の危険性があるとギルドが判断したんだとよ」

 なるほどと得心いったようにユルトは虎耳を揺らし、

 予兆、

 きっとこの場の誰もが僅かにでも察しており、野生動物ならとうに遁走を初めていたであろう警告のシグナルは、しかし誰にも届かなかった。

「アステリアー、戻っ!」

「---------------」

 気の抜けたユルトの呼びかけに、アステリアの返事が返ってこなかったという訳ではまさか無い。アステリアの返事と重なる崩落が全てをかき消した。何が起きた、と問いかけた口の形と事態を把握しようとする五感の働きが混ぜこぜになって中途半端な形で二人をその場に居付かせる。単純に事象を把握するならば、前方を粉砕された石壁が流と化して吹き抜けた。粉塵に視界が覆われ、運搬用ゴウレムのライトが怪しく揺れる影を空中に描き出す。

 衝撃がもう一度。

 二度目のそれは縦方向のものだった。 

「……に、」

 視界が封じられ、鋭敏に周囲を探る聴覚(みみ)触覚(はだ)。軋み揺らぐ迷宮の悲鳴と、一気に頼りなくなる足場の石床。

 舌が絡まる。咽喉に思う通りに動かなかった。そうして言葉を探る間にもヤフタレクの足元は、回転を失った独楽のように頼りなさ気に揺らぎ続ける。

 最後にもう一度、迷宮が大きく揺れた。果たして何が起きているのか。果たして「誰」が「どのようにして」この崩落をを引き起こしたのか、ヤフタレクたちに知る術はない。

 三度目の揺れに脳がようやく事態を受け入れたらしい。もつれる舌が歯に邪魔をされながらも、ヤフタレクはようやく短い言葉、いや悲鳴とも絶叫ともつかない音塊を紡ぎ出す。

「逃げろっ!!」

 果たして、それは限りなく遅く。その場の全員が聴いた時には、声の主と共に足下の深遠虚空へと吸い込まれていった。

 


 「おや、こんなところに客人とは珍しい。天井が抜けたところで拾いものとは、これぞ棚から金剛石」

 奈落の底に、男の声が響く。教会の司祭のような服を着た男は端正な顔に、愉快そうな微笑を浮かべて落ちて来た三人を見下ろしていた。

「……ここは、」

 呻き声とその後に続く少女の弱々しい問いが男の耳に入った。

「ふむ、」

 頷く男の声は、どちらかといえば女性的な声。エルフ族特有の細長い耳を撫でながら、足下の来訪者たちを端倪する。

「試験場、だ。吾輩のためのな」

 見ろ、

 男の細長い指が指し示す先には円状結晶の一枚板が壁にはめ込まれていた。透明なはずの結晶盤には色が付き、中では二つの人影が乱舞していた。どちらも、見覚えがある。高速で動き回り、時に画面の外へと消失する人影を捉ええたのは少女が弓使いとして優れた視力を持っていたからに他ならない。

 一人はいつもの夏ごろに見る、給仕のような恰好をした女だった。踏み込みは石の床を割るほど力強く、素手で繰り出す打撃(うち)は暴龍のように荒々しく空気を破砕する。

 一人はつい最近頭に矢をぶち込んだはずの大男だった。諸手で刃幅が子供の肩幅ほどもある大剣を自在に操り、水の上を行く水黽めいて滑らかに、一撃が竜に対しても致命打となりうる女の打撃を捌きいなし、外す。

 水晶盤の中で行われているのは、少女にはおよそ想像の及ばない神話風景の戦闘だった。

「どうだ、吾輩の作り出した剣士は!完全憑依はまだとは言えども、竜牙兵八体を素材に使っい切っただけのことはある。見ろ、前回の負傷から再生強化したあれは、王国最強のメイド長と殆ど互角だ。彼女がどれだけ強いかといえば素手で悪竜を叩き殺せるレベルだぞ!」

 興奮した男の口調は、まるで積み木の城を親に自慢する子供だった。

 「また一つ、吾輩の技は高みに近づいたのだよ!」

 端正な顔を歪め、蝋の様に白い肌に皴を刻んで男は哄笑する。心のそこから爽快に笑う。そこに邪悪さは欠片もなく、長い間続いた喘息が不意に治ってしまったような、そんな喜びがいつまでも少女の耳に響いていた。



 

 もう二日も眠っていない。

 だというのに、異様に感覚が冴えて僅かな音にさえ反応してしまう。ここは赤の迷宮第八層西四区―――別名、百足(ムカデ)の間。

「来イ!!」―――吠える霧崎の声が破れ目だらけの石壁を僅かに振動させた。返ってくる反応は絶無。呼吸と関節の軋む音が体内でざわついていて鼓膜がおかしくなりそうだ。右手を添えた鬼重―――無垢鍛えの大太刀が今日はやけに重い。黒と白の体液で染め上げられた刀身は薄暗い迷宮に仄かな明かりを灯す。

 

 物音―――無機的な、小刻みな音はその主が何処にいるのかを類推するために使うにはあまりにも頼りない。整っているようで、その一方どこか不細工な音が交じるのは、初太刀の交叉で何本か魔力回路を断ち切られたからだろう。

 早く来い。

 堪え切れない恐怖は生存本能の裏返し。早くこの場を離脱しろという体の鳴らす警鐘。空気が揺らぐ、吠え声も肉のねじれる音もなく、石床を無数の打撃音が通り抜け―――横。

 感じたときには既に霧崎はその場を離脱している。少し前にいた場所を長虫の胴が通り抜ける。攻撃はそれで終わりではなかった。

 多節、多脚を利用して初撃の慣性力を柔軟に変換した百足虫の姿が、少しだけ瞼に焼き付いる。再度の突進―――させない。0,1秒だけ先に霧崎が太刀を打つ。反撃の軌道は垂直落下。大型ゴウレム特有の重層金属の外殻が無垢鍛え刃と衝突。強烈な一撃ちに無機の百足が瞬間停止(フリーズ)

 強堅(かた)い。

 外殻に僅かばかりの罅と凹凸が形成されているが、頭部の正面装甲は硬すぎる。衝撃を伝えきった太刀が弾かれることは無かったが反動で眩暈を起こしてしまいそうだ。

 一刹那の、瞬きの間の停止を見せた戦いは、流れゴウレムの駆動音に再開する。

 霧崎は横に跳んだ。同時に百足の視界(モニタ)から人の姿が消え右足の重心に異常が感知された。周囲を探知し続ける電磁視界の上方に自らと同種の金属反応―――前一脚の消失を探知。

 跳躍と同時の横薙ぎ。右の一脚が斬り飛ばされ、霧崎の狙い通りに胴体を繋ぐ節が露出する。無言で太刀を垂直に掲げた。これで終わらせる。いや―――。

 斬撃投下予定地点が消える。そんな訳がない。――――――上、

 足の入れ替え、太刀筋の変更。

 追いすがる金属の落下に純粋に恐怖する。死の未来を予測した筋の硬直はどうしようもない生き物の防衛反応だ。けれども、一歩。其処に心を止めずに踏み出せば其処は―――。

 耳元で凄絶な風切り音が鳴り響く。

 百足の作り出す旋回半径の最小地点にして、発生地点。百足のゴウレムの体側の右。体を持ち上げる為には、当然バランスを取るために大地に残る部分がある。

霧崎は左から回転の支点となる胴体部の節に斬り込んだ。縦横に一尺ほど斬り抜けて、大地を打つ金属の落下音を聴く。

 それでいて敵の生命活動は終わらない。斬り抜けた胴の太さは成人男性の平均と同じ。普通なら停止()まっても良さそうなものだが、この手のゴウレムは魔力の収束器官か指令器官を破壊しなければ完全に停止しない。

 そのどちらの位置も既に霧崎は知っていた。依頼者の話によると、頭部重殻の下に魔力収束器官と指令器官が潜んでいるとのことだった。最も守りの厚い部分に最も重要な機関を、ということらしい。

「蟹だって甲羅の下に味噌があるだろ?」とは依頼者の言だ。

 多分違う。それは順序が逆ではないか。

 いや、戦闘中に何を考えているんだ俺は。

 案の上、体勢を立て直した百足が霧崎に突撃する。咄嗟の回避が成功したため、直撃は無かったものの甲殻のかすめた右二の腕の皮がペロリと剥けた。それだけで済んで運が良かった。物理法則に従って、百足の運動エネルギー弾き飛ばされた霧崎は迷宮の床を何メートルも転がり止まる。

 くそ、死ね依頼主。死ね。 

 依頼は二つ。この廃棄された試作ゴウレムの破壊と、崩落した岩盤の調査だ。前者の方が優先されたのは現場に通じる通路を百足のゴウレムが塞いでいたからである。

 

 回転の終わりに顔を起こすと其処にはもう、覆いかぶさるように百足の咢が霧崎を両断せんと迫っている。一息つく暇もありはしない。

「っク、」

 咽喉から意図せずに空気が漏れる。

 目の前に迫る死は、何度も見た光景。それはある時は獅子の大顎であり、蛇のピンクの咽喉であり、鋼の刃だった。

 呼吸すら忘れて、無我夢中で右腕を前に突き出した。延長線上にある大太刀の切っ先は殆ど神がかり的な偶然に導かれて無機の百足の腔内を斜めに貫き、宙へと抜ける。

 一瞬だけ、時が停止したかのような静寂が霧崎を襲った。決定的な破壊行為の結実を霧崎は悟る。急激に活力を失った百足の機体(ボディ)、腕にかかる重さが増していく。

 ミチリ、と嫌な音を聴いた。

 遅れて右腕が挽肉になったのではないかと錯覚するほどの激痛に脳が沸騰した。

「……ぅう、         っ。……あァ、」

 痛い。痛すぎる。

 突進の慣性力を受け止めた右腕が悲鳴を上げていた。

 息を吸い込むと痛い。首を動かすと痛い。立ち上がろうとすると、腕がぽろりとその場に落ちてしまいそうな気がする。唾を飲み込むのも躊躇われた。

 誰か、

 頼むから、


 「はいはい、わめかない。わめかない。右腕が無くなったわけでも。目が抉れたわけでもないんだから」

 仲間の声にようやく霧崎は安堵の息を小さく吐いた。戦闘に巻き込まれないよう霧崎が下がらせていた岩盤崩落の調査員たちだ。

「うわ、こりゃ酷い」

「……そン、なにか」

ああ、と霧崎の腕を見た治療術士は頷き、

「おい、みんな来いよ。肩脱臼と、骨はぐしゃぐしゃ。鎖骨まで折れている。こんなのは滅多にお目にかかれないぜ」

「え、マジで!」「どれどれ!」 治療術士の言葉に惹かれたのかわらわらと他の調査員も霧崎の近くにやってくる。


 その中の一人が霧崎の右腕を恐る恐る触り、

「痛い?」

 とニヤニヤ笑いながら尋ねて来た。滅茶苦茶痛かった。涙がにじむ。よくも、痛い?などと馬鹿なことが訊けるものだと霧崎は思った。

「……圧し折っテやろうか。……このアホが、」

 顔覚えたからな!

「あ、すまん」

 謝ってから、悪びれずに男はそっと人垣の後ろに回る。

「じゃあ、いったん腕を引き抜くから力を抜いて」

「……おゥ」

 治療術士の無茶な注文に応えるべく霧崎は脱力を開始して重大なことに気づいた。顔色からそれを察したのか治療術士の男がどうした、と霧崎に訊く。  

「指ガ、やばい。柄を放せなイ」

「ああ、どうするか。……切るか、」

 それは何気ない呟きだったのだろう。だが、男の一言は霧崎にとって致命的なものだ。そんな事を許容出来るわけがない。

「こノ低能が……。腕に麻痺呪文を掛けて、口から、ぁは…引き抜けばいいだろうが」

おお、と霧崎の提案にに治療術士が目を見開く。 

「その手があったか!発想の転換だな。ユーフラテス的転回ってやつだ」

「何でもいいカら……早くしテくれ。っ!」

 一気に霧崎の右肩から先の感覚が消えた。骨の擦り合いによって間接的に辛うじて右腕がまだあることを知る。  

「おい!こいつの体を引っ張るから手を貸してくれ三人いればいいぞ!よし、そうだ!慎重にいくぞ」

 皮鎧が石床と擦れて音を立て、霧崎の身体が六本の腕に引きずられる。止めの突きは腕の延長のように、対象に対して刃は直線だったから元来た道を辿る様に動かせば綺麗に抜けるはずだ。幸いなことに指も麻痺効果で剣柄から離れていたため、作業は比較的スムーズにだった。

「とりあえず、今回の探索から外れて貰うぞ。その怪我じゃ無理だ」

「ああ、スまん」

  

お気に入り減っちゃっているよ。的な次話投稿。あと少しで終わると思って付き合ってくれると嬉しいです。

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