レイピアって強くないか?
霧崎は馬車が苦手だ。
もちろん普通の高校生に過ぎなかった元の世界で馬車に乗ったことはないから、初めて乗った時が最悪だったとはこの世界での経験を指している。振り返って、三途の川の渡し舟が化身したのではないかと疑いたくなるほどの乱暴な運転の行先は細胞にトラウマを植え付けるに十分だった。
「ついたぜ」
御者の声に意識を取り戻す。
今回はそんなに酷い運転では無かった。とはいえ、どうも根本的に霧崎と馬車は相容れないのかもしれない。こちらの世界に来て大分感覚が調整されたとはいえど、霧崎の根っこには元の世界の感覚が深く根付いているのも、また確かなこと。舗装されたアスファルトの上を走る、自動車と比べてしまうのも仕方のない事なのだろう。
「すまん、」
体を起こして感覚が戻るのを待つ。御者は不思議そうに言った。
「馬車は苦手なのか?」
「マあ、な。揺れガ苦手なんだ。アンタはよく平気デいらレるな」
「そいつはご愁傷様だ。なあに、すぐ慣れるもんさ」
「そんなもンか」
ああ、と御者は短く頷いて煙草を取り出した。
部屋の前でフィーナが待っていた。暑いのか袖をまくり、壁に背中を預けている。
「あ、おかえり」
「タ、タダいま」
家に帰るなりエルフの美少女が出迎えてくれる光景というのは中々に悪くない。心臓には悪いが精神には良いと霧崎九郎はつい先ほど思いましたという話。
「え、エルフ?あんたまさか…貴族の息子、」
後ろに付いてきた御者が驚いた表情で霧崎の方を向くが、一瞥してこれはないなと目をそらす。
まあ、その通りだろう。
と霧崎は心の中で頷いていた。普段なら激昂するような的確な悪口も霧崎の心を波立たせるには至らない。これがフィーナの持つ固有能力、向精神治癒だ。
勝った!と、霧崎は心の中で拳を握り締める。少なくとも今この時だけは霧崎九郎はリア充の境地に入門していたと言っても過言ではない。
「これ、」
扉を開ける前にフィーナから投げられたギルドカードを掴む。
「フィーナ…さン。連絡とかアりましたか?」
「ないわ。あと生首が臭いから凍結の術を掛けておいたけれど」
「すイません」
礼を言って霧崎は部屋の扉を開ける。とたんに熱風と死臭が鼻の粘膜を殴りつけた。何度も嗅いだことのある戦場の臭いだ。それでも凍結されているお蔭で、霧崎が思っていたよりは酷くない。
「うえ、」
慣れていないのか御者は顔を背けて咳き込んだ。
「…大丈夫カ?」
「最低だよ。あんたよく平気だな」
「慣れだヨ」
覗き込んだ御者に軽く微笑んで、部屋の中に入る。そうは言っても酷い臭いだ。後で香でも炊いた方がいいのかもしれない。そんなことを思いながら埃をかぶったベッドシーツを二、三回振り回して、床に敷く。
「ちょッと我慢シてくれヨ」
あまり気分は良くなかった。霧崎は感情の波を押さえて、五つの首をシーツでくるむ。
「よイ、さッと」
担ぐとそれなりに重い。五人分の魂を背負っているのだなと思った。
「ソれじゃ、いきマしょう」
「おう」
気だるげに御者の男が返事をする。
「それにしても酷い事するもんだ」
「そうデすね」
霧崎もそう思う。幾多の敵を斬り裂き殺し、戦場の血によって獰猛に戦った後、ふと振り返ると気持ちが悪くなる。
振り返れば汚辱の過去が、遠くを見れば過去と化した現在が背中を追いかけ、道を決め続ける。足掻ける幅はあまりに狭く。
「人間って、愚かな訳じゃないにね。…判っているのに」
フィーナがぽつりと溜息を漏らした。
「人間は繰り返す。いや、繰り返すから愚行なのかしら」
「……良い事も繰り返ス」
「良いというのは悪いということの裏返しだと、大老は言っていたわ」
「まあ、早いところ届けよう。死体の臭いが酷くなる前にな」
余計な会話の始まりを御者の言葉が断ち切る。気が付けば背負ったシーツから血の混じった水がぽたぽたと廊下に垂れて、赤い点を作っていた。
鑑定の結果が出るのはもう少し後のことになるとのことで、霧崎は事務所に戻っていた。
差し迫ってやることもない。
「暇だ、剣剣…」
本能のままに木刀へと手が伸びる。と、そこまで呟いたところで思い出した。今日は確かヤギンとの稽古の日だったはずだ。あの弟子、少しは進歩しただろうか?
「まァ、行ってミますか」
二本の木刀左手で鷲掴みにして、事務所を出る。今日の気候は穏やかで、連日続く酷暑が和らいでいる気がした。
「すまない、そこの君」
脈絡の読めない、唐突な、声―――恐らく女のものに霧崎は慌てて振り向く。
鍔の広い羽根飾りの付いた皮の帽子が印象的だった。子供の頃に見た三銃士の挿絵を彷彿とさせるような恰好で腰には二振りの剣を下げている。
「ナにか?」
女性の美醜よりも剣に目が行くのは剣人としての性なのだろうか。女がの装備しているのは細剣と護剣と呼ばれる短剣だ。山でよく戦った人の軍隊の司令官が装備していたのを憶えている。
ちなみに、ゴブリンの金属武器としては、中心辺りから切断して振り回しやすくした長剣が圧倒的に多い。時々来る間抜けな軍隊との鹵獲品として入手が容易なものだからだ。鍛冶の技術も存在するが、良いものはドアーフと交渉するゴブリンの旅人が売りに来るものだろう。霧崎の所持する竜の爪はドアーフ製の割と高級な武器である。
「この事務所の関係者だろう。トーレルはいるかな」
この佇まい、ただ者では無い。そう睨んだ霧崎の目に誤りはなく、案の上トーレルの関係者だった。全身に満ちる整った空気は明らかに霧崎より上の魔剣級。
(ううん……使い手ばっかりだ)
ここ最近、霧崎の自信は傷つく一方である。
「今は、イません。要件があれば何か。承りますけれど、」
ふうん、と女は頷いて少し考え込む素振りを見せた後、
「じゃあ、トーレルにアドラシオンが来たと。私はしばらくこの街にいる予定だ。そう伝えてくれ」
「ェ、あ、はい。アドラシオンさんは何故この街に?」
余計な詮索だとは思うけれど、トーレルの三角関係ならそれはそれで面白そうだと思う。取り合えず、年上女性キラー=トーレルという考えでいいのだろうか。多分良い。
「あいつは剣友だ。この街にきたら、必ず立ち会う約束をしていてね」
「ほうほう。……ちなみに戦績は?」
霧崎の好奇心丸出しの質問にどうだろうな、とアドラシオンは首を捻って、
「10戦やって四勝二分け四敗ってところだとったと思うけれど」
「おお、お化けだ」
素直な賛辞が口から零れ落ちた。
四勝二分けというのは凄まじい戦歴であると思う。実は霧崎もあの後に試合をして貰ったけれど、剣の一つも交えないまま簡単に制圧された。やはり真正の魔剣は違うと視線に憧れが交じる。と同時に無意識に闘気を漏らしていたのかもしれない。そうでなければ、続く言葉の流れが不可解だ。
「はは、じゃあ少し遊んであげようかな。伝言のお礼に」
「是非!」
願ってもない事だった。魔剣級の剣士に手ほどきして貰える機会なんてそうそうあるものじゃない。クレイモア、棒に、双剣。そして今度はレイピア。
最近は本当についている。
「強エええ……」
レイピアと遣り合った感想を霧崎は端的な言葉で表していた。
一見して太刀で一撃すれば圧し折れそうな細い刀身は変幻自在にして電光石火。 攻撃手段は突きだけではなく、刃を当てての押し斬り、牽制するような払い。しなりを利用した飛越の斬撃と無数に変化し、霧崎の命を五十回は奪って余りある立ち合いだった。
おそらく、アドラシオンは対人特化型の魔剣士だと思う。いくら魔剣士が使ったところでレイピアの細い刀身がキメラからなる中型以上の魔物に効果的ではないだろう。だから、素肌。あるいは高速軽量化した空きどころの多い甲冑との戦闘技法ではないだろうか。
「戦った感じなのだが」
戦闘の後、疲労困憊で引っくり返った霧崎に降り注いだ言葉を思い出す。
「お前の剣は、戦場斬り覚えのものだな。多対多の乱戦では下手に技を使う機会などないから、先手に最大斬撃を叩きこみ必殺するというタイプだろう」
明快な言葉でアドラシオンは霧崎の剣を分析した。
「私の剣は決闘用と小規模戦闘用だから相性の問題もある。とはいえど、それもお前のレベルまで極まれば危ういのだが、しかし紙一重、それだけでは私に届かない」




