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異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
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停滞感

 やはり、クリスタルは黒海産のものに限る。

 徹夜明け、机の上で目を覚ましたエンリケ=フーバーは、ふと、朝日を見ながらそんなことを想った。薄明かりが差し込む。ギルド支部三階の一室は水出しの茶の香りと、度数40度のアルコールの混ざった混沌(カオス)な空気が胃袋を痙攣させる。街はいまだ眠りについているように静かで、徹夜越しのエンリケは、なんだか一人取り残されてしまったような気分を味わっていた。

 机の脇には山と積まれている、見えるけれど見えないことにしたくなる様な書類の類。壁際の魔素駆動時計を一瞥し中年(いいとし)のギルド長は溜息をつく。あと十分もすれば優秀な秘書が眠気覚ましの紅茶と朝食のパンとスープを持ってきてくれるだろう。今月の男の楽しみはそれだけだ。

 別にギルド長だからと言って毎月が地獄のスケジュールという訳ではない。夏季の今だけが繁殖期の蝉の様に忙しいだけなのだ。そうでなければ今頃エンリケは自殺しているか、牢屋の壁に向かって話す無残な日々を過ごしていることは疑いようもなく脳裏に浮かぶ。

 

 無性に剣が振りたかった。昔の仲間と共に迷宮に潜りたかった。平野を埋め尽くす軍勢と対峙したかった。

 けれども全ては夢幻の如く、いまはこの手に掴めない。北方出の騎士も、同郷の魔術師も、南の罠師も全員が死者の戦列に加わっている。俺は偶々、まだやるべきことがあったのだろうか。机に座ってこんなことをしている。

 つくづく不思議だった。

 けれども、目を細め記憶の渦に体を任せれば、今でも細胞があの時を思い出すのだ。

 平野に並ぶ両軍を、小山の如き魔物の群れを、そして世界を暗がりに沈める――――。

「ッ!!」

 全身の肌で捉えた異音にエンリケの身体が硬直し、弛緩する。

「何者か!」

抜刀。腰に下げたロングソードの切っ先は、東に面するクリスタルを示していた。


 「霧崎ダ、話がアる」

 逆光に暗く輝くのは、見覚えのあるゴブリン面。青の迷宮に住むオハグロイモリめいた格好でクリスタルの窓辺にへばり付いている。突然の事に硬直するエンリケに向かって、再び苛立ち混じりに窓がノックされる。透明度の高いクリスタル越しからシリアスな強面がこちらを睨んでいた。

「霧崎君や…」

エンリケの口から笑いを堪えた声が漏れた。愉快だ。朝から何とも気分が良い。こちらの言葉に耳を澄ますゴブリンに真実を抑えきれない口元がひくひくと歪んでしまう。

「その窓は外に向けて開けるのだが?」

一応真実を伝えてやったが、クリスタルの向こうのゴブリンには聞こえていないだろう。ギルド長は長剣を鞘に収めて窓際に近づく。


 ガラスの向こうで疲れた目をした連合司令官艦長が霧崎を睨んでいた。無遠慮に窓ガラスに指紋を付けたのが不味かったのかもしれない。無言で窓枠に手をかけた男は、嫌な感じの笑いを口元で堪えていた。

「おい…、ちょ、カブっ!?」

悪い予感は良く当たる。つまり、それだけ人類の危機察知能力には優れた可能性が秘められているということなのだろうか云々は、今の霧崎には至極どうでもよいことだった。

 爽やかな外気を取り込む少女風という絵面が、似合わない。観音開きのガラス窓が霧崎の胴体を外側へ押し出すように開かれる。

 このおっさん正気かと、目を疑ったその刹那。

 霧崎はあえて!

 なんと!

 窓枠という足場を捨て、上空へ跳ぶことを選択する!!

「オオオオオオオオオオオオオオォォォ!!」 

 限界まで尻に近づけた霧崎の足の裏。その数センチ下を窓ガラスが通過していった。一応の危機は脱したものの、しかし足の裏は10メートル下の大地に叩き付けられる危機を鋭敏に察知していた。


 上下左右―――に直線が並ぶ長方形の窓枠の上辺を、落下し始めた霧崎の両手は掴んでいた。両手が掴む上枠を接点に、霧崎の身体が単純な振り子運動の軌跡を描き室内へと突っ込んでいく。

 受け入れるかのように両腕を開いたギルド長の胸板に怒りの鉄槌を下す―――運動の終点で手を離し、霧崎九郎という物体の運動エネルギーを余すことなく伝達する―――足の裏を揃えた蹴り。

 捉えたと思った足の裏にはしかし風を切る感触しかなく、かわされたと気づいたときには、この身はすでに重厚そうな木机(デスク)を飛び越えている。眼前には朝食を乗せた台車を押す女の人が、呆気にとられてた表情をして霧崎を凝視していた。

 ―--ぬわぁぁぁ!

 衝突の未来に目を瞑った霧崎が次に目にした光景は、己の両手両足に踏み潰された食料らしき物体。残滓。残骸。廃棄物。名残。

 時が静止した。

 心臓の鼓動が止まったのかとさえ思える静寂が室内を満たしていた。


 エンリケは椅子に座りなおす。

 霧崎は黙って机の前に歩を進めた。

 女性は飛び散った朝食と割れた皿を手早く拾い、もと来た廊下を逆行する。


 「なんカ、……スいまセん」

「うむ、…以後慎みたまえ」

 三人は日常への帰還を果たした三人は、何事もなかったかのように時計を動かし始めた。



 「将軍ノ息子が暗殺されタことは知っテいますか?」

 信じがたい言葉だ。霧崎の口からもたらされたのは、およそ考えられない、最悪の事態の知らせだった。

 真実であるならばだが。

「……つまらない妄言は吐くもんじゃないと知らないのか?小僧」

 エンリケは懐から煙草を取り出し、火をつける。ゴブリンの黒い目はうっとおしそうにエンリケの手元を一瞥しすぐに正面へと戻された。

「かいつまんで説明すれば昨日の夜、剣術の練習に励む俺ノ前に暗殺者ガ現れテ、五ツの首を残して去った。止めヨうと斬りかカったら逆に手傷を負って取り逃ガした。こんなトころです。なにより俺ガ、嘘をつく必然性がなイ。でしょウ?」

「どうかな?」

エンリケは必然を信じるが、因果はまた理解できないものだとも信じている。

「人は無意味なことをするよ。必然性なんて因果の外にない我々には見ることが出来ない」

「無意味ナやリとりダ。緊急事態の会話ジャ無い」

ゴブリンの言うとおりだった。こんな観念や概念の操作は王都の学生に任せておけばいいのだ。

「話を聞こう」

煙を吹いて、目の前でS字に漂わせた。時折窓から侵入する風が白い流れを吹き飛ばしていく。

「何処にイルか、確認する方ガ先だと」

 成るほど、仮に事態が本当ならば急ぐべきだ。しかし、体温感知式の魔道警音機からは、知らせがないし一介の冒険者の言葉だけで組織を動かすわけにもいかない。

 証拠が要るのだ。主に面倒な書類作りのために。まあ、後出しでも構わないのだけれども。

「ただ…、あれだ。それで、生首は今何処に?」

 驚きを腹の内に沈め、エンリケは紫煙を燻らす。

 「事務所ノ部屋に置いてアります。持って来るわけにもイかんでしょう」

 失礼しますという静かな秘書の声と、運ばれてきた朝食のスープの匂いが狭くも広くもない部屋を満たす。

「美味そウな匂いダ」

「だが、朝食を食べている暇は無さそうだ。今すぐに馬車と迷宮の探索の依頼を!預かった予定書に拠れば、探索は青の九層だ。Aランク以上は受け付けるな。私は今街にいるSランクに連絡を取る」

「了解しました」

 あくまで冷静に秘書は頭を下げる。

「それでは霧崎様は、こちらへ。生首を回収しに行きますので、道案内を」

「ワかった」

 太陽はもう城壁をから顔を覗かせ、通りには人の声と足音が今日という日を刻み始めた。

 ひと時の休息から目覚め、ようやく街は動き出す。

 

 

ジョジョって好きです。

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