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異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
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月下独行

「あア。違ウ、違ウ。どうシて剣を手足の延長の延長ノように使おウとするんダ?」

 気怠い夏の昼下がり、炎天下街中では比較的涼しい河原でゴブリン訛のトウルン語が炸裂する。街の中心部、表通りから少し離れたそこでは一人の男と少年が木剣片手に剣術の稽古をしていた。

「何度モ言っただロう。丹田が動きノ中心で、体は剣の(はたら)きに沿わセる」

 もウ一度、と少年に剣を振らせるがどうにも気に入らないらしく、しきりに首を傾げていた。その眼は、どうしてこんな簡単なことが出来ないのかとでも言いたげだった。

 少年の方はと言えば、こちらもこの人は何を訳の分からないことを言っているんだろうという態で木刀を振っては、やっぱり首を傾げている。

「だかラ、振り回スなと言ってイるわけだ」

「いや、キリサキ師匠。振り回さずにどう剣を振れと?」

 こうだ、言うなり師匠と呼ばれた男は木剣を諸手に上段からあるいは袈裟懸けに、五~六回斬り下ろした。

 やってみろ。

 その繰り返しが先程から二時間ばかりメイの目の前で繰り広げられていた。正直に言って最初は退屈極まりなかった。なんでこんなゴブリンもどきに剣を習って楽しそうにしているのかさっぱり幼馴染の心が分からなかった。

 しかし、意外と面白い。

 職人さんの手つきを見ているようで本当に目を楽しませてくれる。

 顔は兎も角、キリサキとかいう剣士の腕は異常の一言に尽きた。空中に投げた木の棒を落ちてくる間に六の断片にした時などは我が目を疑って、家の包丁で試したところ斬るどころか投げた小枝が弾かれてしまったのを憶えている。

「師匠、そろそろ連続技に入っても…」

「連続技などナい、初撃か交錯デ切り捨てろ」

 同時にキリサキは無茶を言う。けれど実際に出来るのだから反論のしようが無かった。想像し憧れていたものと現実との落差。

 よくあることだ。

 

 

 霧崎は倦怠感に包まれていた。ヤギンお前さあ……。どうして勝手な解釈をするのかなあ、もう。自己流にも程があるよ。自分の持つ感覚の中で全て処理しちゃうせいで、入門の日から全く進歩していない。俺の言いたいことと、俺の動きの真を捉えようとしない一人合点とかホント成長しない。

 けれども、と霧崎は目を細めた。

 昔の俺にそっくり過ぎて怖い。いや、今でもそういうところはあるけれど、うん今後に期待しよう。

 などという回想は忘れることにした。

 諸手には大太刀、今は全神経を日常以上に鋭敏に遣う必要がある。意識の覚醒と共に地平線の向こうから霧崎を中心に円球状の力場を構成する。普段は縮小している力場を、濃く深く、それは丁度夜の闇に似ていた。強く放射し把握するのではなく、透明に潜り込み存在をその場と同化させ掌握する。

 ごう、と猛虎の息吹が霧崎から吐き出された。つと、霧崎の左右の手に包まれた大太刀の柄が収まり良く収まる。

 ざわざわと全身の細胞が急に騒ぎ出した。

 上空に切っ先を掲げ下ろす―――斬る。

 つくづく素振りという言葉が嫌いだった。客観表現としても主観表現としてもあまりにもお粗末過ぎると思う。どちらかというと「斬り」や「動き」のほうが霧崎の感覚にはフィットするのだ。

 ほらこんなふうに。

 一閃で夜を切り裂く。

 月と地球の関係のように。両の手で接触する太刀と私は互いの動きが互いに影響を与え合っている。太刀の勁と俺の勁は接触点でぶつかり合うのではなく、融合し流転するように。これを称して「流体」と言う。勁道が通ると言ってもいい。

 太刀は重く、薄い。これを「振る」と切っ先がぶれて肉さえもまともに切れない。かと言って小手先で整えるのもよろしくない。気がそこに居つき、腕以外が死に体となる。

 だから、太刀を一寸動かすのにも文字通り全身を駆使する。けれども思う以上に全身を私たちは使えていない。無数にある骨と関節と筋肉の動きと、それ自体が持つ重さと神経の伝達を丹田を中心に練り、全身の勁道の滞りをほぐす。

 霧崎は剣も分割する。空間における重心の位置を、最も速い動きの角度を探る。それを瞬時に行うのが、キレがあるということ。

 つまるところ、斬るということは剣に体を預けるということなのだろうと言うのが霧崎の結論だった。

それは斬る側であろうと、斬られる側であろうと同じことだ。 

 


 闇に刃を潜り込ませること数百。汗の滴る刀身を練習前に用意しておいた布で拭い鞘に納める。この様子では後で分解して茎まで手入れをしなければすぐに錆びてしまうだろう。

 ふ、と軽く息を吐いて霧崎は空を仰いだ。

 いい月だと思う。三日月の剃刀のような鋭さが霧崎の胸を奥底から震わせる。

「同じ月なんだな…」

地球とこの世界でも月の様は相変わらない、そのことが霧崎を心を和らげる。両親と妹と友人と先生と、もう顔も思い出せないほど彼らは記憶の海に埋没してしまった。

 ただ月だけが霧崎を見守り続けている。

 ただ月だけが俺を見守り続けている。

 伏した目が足下に捉える影は一つ、次元すらも隔てた異界に立つ己の孤影のみだ。

 いい夜だった。

 こんな夜は俺が殺してきた者の顔を思い出す。

 ヌク鹿、

 大蛇、

 キメラ、

 ゴブリンやオークの勇者達

 都落ちした夜盗の群れ

 そして、あの二刀の男。


 「やあ、いい夜だね」

 なんだと!?

 影がいつの間にかまた一つ。背後から聞こえたのは太く響く男の声だった。山での二年の間に、霧崎の感覚は野性を取り戻している。だというのに、男はいつの間にか霧崎の間合いへと、実にあっさりと足を踏み入れ、声を掛けて来た。

 もちろん、それだけで強いと判断できるものでは無いだろう。けれども、誰が何と言おうと、小難しい理屈など抜きに霧崎の直感が過去最大級の警鐘を鳴らし危機を告げていた。

 この男はやばい、と。

 振り向いたら殺られる、と。

 張りつめた強弓とも違う、猛獣の発する威嚇とも違う、そこでいるようでそこにおらず、隙があるようで隙が無い、捉えどころの存在しない雲の如き巨大な気配。

 かくも強大な(マナ)を放つ人物は霧崎の知るところにおいて、師匠かトーレルぐらいしか思い当たらないがしかしどれにも当てはまらない。

 ゴブリンの熟練した戦士は(マナ)によって敵の戦力を図る術を持つ。別にこれはゴブリン特有の技術という訳ではなく、それこそ一定以上の域に至った戦士ならば意識無意識は問わずに行っていることだろう。

 山の中で霧崎は最弱の生物だった。それゆえに未知の敵の力量を図る術はゴブリン達の中でもずば抜けて高いと自負している。

 察するところ、この男は身長180センチ程度で体格は俺よりも良く両利き、そしてこの位置からの立ち合いでは俺が殺られる確率の方が高いだろう。

「は、は、は、緊張するなよ霧崎君。(オレ)、ヤシャ=クーは君と遣り合う気なんてさらさらないんだぜ」

「一言デ言えば嘘くさイ。ならバ何故、正面切って現れない?」

「癖だよ」

 悪びれずに男は言い放った

「?」

暗殺家業(オレ)の癖だ」

 肉食獣に舐られるような悪寒が霧崎の脊柱を走り抜ける。同時に、何かスイカのような丸っこいものが轍の音を立てて霧崎の足元に転がってくる。

 音の質の差から恐らく五つ。

「右から将軍の二世、炎剣スルト、空力イタカ、エルトリア流四派の内の二人で名前は忘れちゃった」

 足元を見る霧崎の双眸が細められる。

 「気持チ悪い趣味ダ。手柄自慢なんテ暗殺者のヤルことじゃない。そいつは英雄気取りの道化(ピエロ)に相応しイ糞っ垂れた真似だゼ。違うカ?」

「その通りだな!全くその通り!君の言う通りだよ霧崎君」

 素晴らしいと男は心底面白そうに笑うが、それでもなお猛獣の咢に捉え続けられている感覚が霧崎を離さない。

 きっと、この男は人一人殺したところで、その心拍数に僅かな乱れも見せないに違いない。まずもって異常者、生まれついての才能をまっとうな社会では関わりたくない方向に伸ばした異形の笑いがそこにはあった。

 

 しばらくして、男は一通り笑い飽きたようで、背後から伝わる狂ったような笑いの気配は跡形もなく消え去っていた。

「ナあ、」

 このままだと、どの道殺されてしまう可能性もあるわけで、それじゃあと何ともなしに霧崎は一つ提案を持ち掛けた。

「ん?なんだい?」

「気持ちヨく笑っタところで、そろそろ顔を見たイんだが。正直こノ体勢ハ疲れちまウよ」

「おお!それは済まないね」

 全く気付きませんでしたという顔をして、男は霧崎の前へと回り込む。

(いヤ、あんたガ回り込むのかヨ)

「……と君は思ったね?」

「…いつモ、同じ反応ヲされているんだナ」

 我ながら馬鹿馬鹿しい。

 こんなやばい奴を前にしているというのに、霧崎の腹は呆れたような気の抜けた声を零らしていた。 

 「そーなんだよねー。弟子にも舐められちゃってこれが」

 くくく、と男は笑う。良く笑う男だ。そして、笑いというのは感染する性質を持つらしい。なんだろうか、不思議とこの異常者と語らうのも悪くない。少なくともあの宇宙艦隊艦長なギルド長と一見まともな会話を繰り広げるよりは大分ましだ。

もっともこれが暗殺者の才能として振るわれた時を考えれば空恐ろしいのだが。

「さて、」

「オう」

「ここに来たのは他でもない。君、(オレ)の弟子にならないか?」

ここにきていきなり、とち狂った発言を目の前の暗殺者はぶちかまして来た。

「いやぁ、道場破りに行かせた弟子が君に斬られちゃったからね。そこで(オレ)としてもしかたなくという処で」

「…道義ハねえのかヨ。あんた」

「ちゃんと埋めたさ。我ことに於いて後悔せず、だよ。やっちまったもんはしょうがないからねぇ」

さすがに異常者のもとに弟子入りする気はないので、もちろん断る。

「あー、そう。じゃ、しょうがなし」

 そこからは電光石火だっった。ヤシャの左右の手が、別の意志を持つ生き物のように舞い、背に吊るした二振りの剣を抜き放つと同時。しかし霧崎の太刀はまだ半分も鞘から抜けきっていない。

「単純な二択だ。君は次の質問に、イエス(はい)かノー(いいえ)で答えてくれればいい。それ以外を応えたら即開戦だ」

「おオ、」

「君は(オレ)と戦うつもりだね?」


短い感じの誰得説明解説付き。甲野先生と前田先生の「剣の思想」がすごく面白かった。

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