表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
38/62

外伝・始まりの地の始まりの年

ゴブリン達と生活していた二年間について書こうと思います。

 霧崎九郎は飢えていた。

 

 異世界間転移を遂げたあの日から、四日の間に口にしたものは渋みのある木の実を幾つかと服に集めた朝露だけだ。四日前に殺した蛇の死体は暫く放置している間にキメラもどきに横取りされていた。体重差が十倍以上はあるような敵に挑むほど霧崎九郎は馬鹿ではない。

 なので早々に退散したのだが、食料が無くては生きていけない。幸いなことに住処代わりの洞窟は手に入れられたが、このままではあと三日以内に野垂死ぬのは明白だった。

 最初は獣を取ろうと試してみたが案外見つからないもので、運よく獲物を発見しても刀を持って斬り殺す前に遠くへと逃げられてしまう。ならばと川で魚を狙えば竿を作ろうにも釣り糸の代わりになるものが見当たらない。

 残るは獲物は木の実ぐらいしか思いつかなかった。というか、何の装備もなしにこんな山の中に放り出されてサバイバルできる男子高校生が道端に転がっているわけがない。それで木の実という無難なものに辿り着いたのだが。


 いけるはずだ。

 遠目に鹿らしき獣が咀嚼しているのを霧崎は確かに見た。ならばいけるはずだ。鹿も人間も同じ動物なのだから。と幾つか破綻している個所が散見される論理に身を任せ、気合諸ともにグミの実に似たそれを口の中に放り込んだ。

 「うべえええ、べ、べ、」

 途端に強烈な渋みが口内に炸裂した。慌てて吐き出した後も、口の中が酷くざらついたような感触が残っている。

 これは人間の食べ物ではない。

 けれども、背に腹は代えられない。

 鼻呼吸を口呼吸に切り替え、噛まずにそのまま飲み込む。

 味はしなかった。故に不味いも美味いもなく、ただ栄養を補給するという手段のみが、この食事に残された全てだった。

「……いけるぜ」

けれども食べる。何となしに生きる為に生きる為に。

 

 そんなこんなで四日間、とうとうエネルギーの補給と消費のバランスが失われついでにまともな思考も失われる。五感は獣のごとく冴えわたり微かな葉鳴りの音も聞き逃さない。鼻と口は常に何らかの匂いを感知しており、視界の端まで目が行き届いて口入れる物を探していた。

 お、野兎発見。

 霧崎九郎は馬鹿ではない。頭は悪いが学習能力が皆無なわけではないのだ。懐に忍ばせておいた拳大の石は先日河原で集めておいたものである。

 それでは、よーく狙って、狙って…

  ………狙って、

 勘付かれた。走り出す先を予測して投石するも時すでに遅しで、拳大の石は不細工な放物線を描きながら茂みの中に吸い込まれて消えた。

「…っy8rh!」

「はっ?」

 声が聞こえた。獣が反射的に出すような唸り声ではなくて、知性ある生き物が反射的に発する意味のある言葉のようなもの。あばばばばば、やるならやってやるぜ、と霧崎は抜身のままプランプランさせていた太刀を諸手で握る。

 敵はすぐに飛び出してきた。人型で身長は同程度。ただし横幅と体躯の厚みが桁違いで、腕なんかは霧崎の足と同じくらいの太さがある。顔はいわゆるゴブリンだがこれはどう考えてもRPGの雑魚キャラの姿ではないだろう。これが長身痩躯イケメンで、伝説の剣に選ばれた戦いの素人が序盤で勝てる相手だとはとてもじゃないが思えない。あんな剛腕で叩かれた日には一撃で頭蓋骨陥没の脳挫傷で往生極楽してしまう。 

 ゴブリンが腰の刃物を抜いた。ナイフというには刀身が長すぎるし、厚すぎる。正に生活が死と隣り合わせの場で、闘争から芝刈り、獲物の解体までこなせそうな万能の刃が霧崎に向けられる。

 ここに至って霧崎は初めて殺気の存在を知った。それは圧力と形容すべきかもしれない、自分の体が危機に関して自然と察する風圧の如き感覚。

 理屈なんて先立たず、ただ互いの殺気に反応するままに二人は対峙する。逃走という選択肢は既に消え、会話による和解の機会も念頭にない。背を向けたら、あるいは少しでも気を緩めたら()られるという緊張状態のみが森の一画を満たす。

 どうせ戦うならば出合い頭に斬り込めばよかったと霧崎は後悔した。得物の長さはこちらに分があるわけだし。大層な筋肉に覆われた体だろうと、鋼の刃の前には厚紙(ダンボール)と幾分の違いがあるわけではない。先手必勝という言葉のありがたさを噛みしめながらゴブリンと睨み合うこと数時間、あるいは数秒。

 実際には後者が正しかったはずだ。ゴブリンは向かい合った瞬間にこちらの戦力を見抜いていた節がある。

 迅速に間合いを詰めてゴブリンは襲いかかって来た。その筋肉からてっきりパワーファイター型だと思っていたら、意外なほどに柔らかい動きでナイフを振り回して間合いを詰めてくる。

 縦横に振り回されるナイフは見た目よりも隙が無く、迂闊に剣を突き出せばあっさりと弾きかれて次の瞬間には首を飛ばされてしまうであろうことは想像に難くない。

 などということを考えて戸惑っている間に彼我の距離は既に必殺の間合いに入っていた。ここで幸いだったのは足が動いたことだったと思う。勿論、剣道家や合気道家のように滑らかな足運びとはいかない。霧崎のそれは心身分離した残念極まりないもので、千鳥足もいいところの歩みは絶望的なまでに全身のバランスが崩れてしまう。そういえば、大蛇を斬り殺した時になにか剣訣を得ていたようだが、そんなことは脳味噌から吹っ飛んでいた。

 普段歩いている時は何でもないような石に躓いたのは、命の遣り取りという極限状態において霧崎の身体能力は恐ろしく落ち込んでいたからに違いない。

 視点が上に流れる。空が青かった。宙を掻いた両手は切れ味鋭い太刀を持ったままでよくぞ自分を傷つけなかったと思う。

 結果的にこの不様な転倒が霧崎の命を救った。

 意図しない転倒はゴブリンの予測を裏切り、出鱈目に宙を薙ぐ太刀筋は、それが危険極まりないものであるがゆえに、警戒し、太刀筋を読もうとしたゴブリンの反応を一歩遅らせる。

 

 

 来る。…ぶっといナイフが。二本の(かいな)が、自分の命を奪いに。

 来る。

 ……来る?

 ……来ない?

 ……来ない?

 訝しんでのろのろと顔を持ち上げると、唖然とした表情のゴブリンが出血を続ける左脇腹から右胸にかけての斬痕を抑えていた。何が起きたのかはからない。お前説明してくれよと、その眼は言外に霧崎へと訴えてくる。

 そんなことを言われても困る。霧崎だって何が起きたのかさっぱり理解できないでいるのだ。

 ただこんな状況でも明らかなことが一つある。敵が動けないでいるのだ。逃げるならば、今しかない。

 疲れ果てたこの体のどこにそんな力が内在していたのだろうか。障害物だらけの茂みの中を霧崎は全速力で駆け続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ