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異世界でも強いだけでリア充出来る訳じゃない  作者: 脱力呼吸法
第2章 赤の迷宮と骸骨達の騒乱
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 道場破り

話変更。金庸の武侠小説を読んで何とか筋が紡げた。

 剣祖エルトリア。トゥルン近辺の武林においてこの名を知らない剣士はいない。いればそいつは文字が読めないか、耳が聞こえないか、それとも外国から来たか。この三つに当てはまる。この剣祖の話は5歳の子供でさえ知っていた。

 おとぎ話に伝わるのは、姫を助け出し悪竜を両断し陰謀を暴く300年前の英雄伝的な逸話だが武林においては微妙に、いや大分異なっている。曰く、血と闘争を好み大酒呑みで手が早く、一度暴れ出したら手が付けられない乱暴者で、勿論この国の主流剣法たる五行五派の祖であることに間違いはないが、晩年の逸話が残っていないのは大麻と酒で廃人と化して秘密裏に処刑されたからとも言われている。

 所詮よそ者に過ぎない霧崎は当然この話を知らなかった。知ったのは数刻前のまだ太陽が天頂にあった頃だ。

 

 少し話を戻す必要がある。

 どういうわけか自分は護衛を外された。もう、何の脈絡もなく報酬も貰えないまま契約を解除された。何か不味いことでもあったのか、と霧崎は勘繰るがいかんせん情報が足りない。受付嬢に聞いても判りません存じませんの一点張りで、何ら得るところがない。

「仕方がナい。竜尾亭デ酒でも飲むカ…」

 もうこの日は労働意欲なんか全部失って、昼間からテュポーンエールでも飲んで嫌なことは忘れてしまおう。

 言い訳もそこそこに、いざ竜尾亭に行ってみれば準備中の札が扉の前に立て掛けられている。考えてみれば居酒屋が真昼間から営業しているわけがなかった。

「もウ、いやダー」

 糞暑い今日は迷宮なんかなおさら糞暑いだろうことは想像に難くない。青の迷宮の水場周りに行こうとでも考えたが依頼は既に取り尽されている。やる気も元気もことごとく溶けて消えて、


「もうし、そこの御方」


 そんな気怠い午後の事だ。後ろから声を掛けられたのは。声の感じからして老人だがいやいや実は霧崎好みの美女という可能性も考えられるし、このまま振り向かなければ確率は五分五分のままなんじゃねえかと夢想したが、しかし霧崎が声の方に振り返るとそこにいたのはやっぱり老人である。

 好々爺といった感じだろうか、小柄な体に顔の下顎を髭が覆っている。陽だまりの猫のような目が妙に印象的だった。だがそれだけではない。

「爺さン、出来るナ」

「くく、いい眼じゃのう」

 正中線にブレが無く、姿勢に無駄な力が入っていない。こんな御仁にはそうそうお目にかかれるもんじゃない。

「ちいとワシの道場に顔を貸さんか?」

 突拍子もない誘いを剣人に申し込まれたらまず、死合の合図と思っていいとトーレルは酒の席で話していた。

 この老人はどうか?殺気は無い。邪気も特に感じられない。けれども誘いに乗るのはどうも嫌な予感がする。

「まあ待て。そんなに殺気立つなお主と殺りあおうなんてつもりは全くない。酒でも飲みながら剣の話でもと思ってのう」

 そう言って老人が見せつけたのはガラス瓶。の中に漂う黄金の液体。

「こ、コれハ……」

「そう、テュポーンエール。飲めば一合でどんな酒豪も、目の前の人の頭が8つに見える銘酒じゃよ」

「よし、いこうか」

 霧崎は即答した。



 道中。

 夏の熱気を跳ね返す石畳が霧崎の肌を灼く。先導する老人を追ってもう幾度角を曲がったことか。蝉が並木で盛んに鳴いていた。

「ここじゃよ、ワシの道場じゃ」

「ここカ」

 老人は頷いて道場に入っていく。土足で上がったところか別に靴を脱ぐ必要は無いようだった。建物の中はがらんとしていて二~三人の練習生が木刀を振ったり、互いに技を掛け合ったりしているだけで、外観から広くは無いはずの室内が酷く寂しく見える。

「師匠!」

「師匠さま!」

 練習を続ける弟子たちに構わん続けろと老人は手を振って霧崎を奥の部屋へと連れていく。

「いいのカ?」

 ふと素朴な疑問が浮かび上がり声となって大気を震わせていた。

「ん、何が」

「弟子たチを見てイナくて」

「あれは自主練だからいい、道場は夕方からじゃよ。とナーシ―ル!お客さんだ!ちょっとこっちへ来なさい!」

「はーい!ちょっと待ってねー」

 朗らかな声が一瞬だけ暑気を払う。こっちじゃよと老人が扉を開けるとそこには植物の園があり、その中には薬草や毒草が混じっていることを霧崎の知識で識別できた。

「コの庭、少々物騒ダな」

かか、と老人が愉快そうに笑った。その眼は十年にして初めて我が意を得る友人にでも会ったかのように無邪気な喜びに輝いている。

「嗜みじゃよ、老人の」

照れ隠しのように老人ははにかんだ。

 庭には青銅製のテーブルとイスが一組、キジュロの樹の陰に置かれていた。あそこで飲もうという趣向なのだろう。ここならば酒よりも茶のほうが似合う気もするが、そんなところで酒を飲むのも返って風流なことに思える。

「おっカねぇことだ」

 老人に着席の先を譲ってから、霧崎は腰の刀を樹に立て掛け、椅子に腰った。直射日光に晒されていなかったのか椅子から金属特有のひんやりとした冷気が伝わってきて何とも心地がよい。

「いい庭だ、のんびりとして、野放図で手入れなんてされていない所が返って落ち着ク」

 霧崎は言ってから慌てて口を抑える。今のはどう考えても失言だ。招いた客に野放図な庭だなどと受け取られたらあの老人は気を悪くするだろう。

「面白い意見じゃ、少し…聞かせて貰っても構わんか?」

 案の上、老人は渋い顔をして霧崎を覗き込む。その表情は不満というよりもむしろ疑問が大半を占めていた。

「あアっと、実はゴブリンの村で生活してタカらナ。緑ノ匂いをカぐと安心すルんです」

 何故だか文末が敬語になってしまったのは、多分緊張したからだと思う。

「道理でその言葉だわいのう。ここはお主には狭かろう」

 老人の言葉は確かに霧崎の核を突いていた。

「そうだナ、空が狭いヨ。この街ハ」

 そよそよと風が葉緑の間を通り抜ける。机の上にはどうぞと置かれた大盃一つと、つまみのチーズ、小魚のフライが盛られた皿がおかれていた。

 老人の手が小魚を霧崎よりも先に口へと放り込む。出された食事に家の主が客よりも先に口をつけるのは、古来より毒殺の混入がないことを示すための儀式である。だから客も主より先に手を出してはならないとか。

 「ところで、お主の名は何という」

 くちゃくちゃもぐもぐ。

 どうやらこの世界では食べながら話すのは礼儀に反するという訳ではないらしい。そういえば、まだお互いに名前も聞いていなかった。

「霧崎、九郎ダ。御老はなンと?」

「わしか、わしは……」

 そこで老人は僅かに言いよどんだ。まるで、思い出せない名前を必死で思い出そうとするときのように。額の皴がより一層深く刻まれる。

「ものぐさ爺、じゃよ」

 たしかに、名前も名乗らないのだからものぐさには違いない。

「エルトリア流剣術を指南している」

「はハあ、御高名はカねガね」

 そんな言葉を咄嗟に返したが、残念ながらそんな名前の剣術を霧崎は全く知らなかった。というか霧崎はこの世界の剣術の流派を全くと言っていいほど知らない。何でか調べるのが面倒で、知っているのはトーレルの北派マズール流と、ヤフタレクの王国兵士用剣術ぐらいのものだ。後者に至っては名前ですらなく、王国の兵士たちが訓練期間中に習う剣術程度の意味で、霧崎の造語に過ぎない。

「事務所のトーレルが話しタ中に、そんナ名前を聞きm…「何ぃ!お主あのトーレルどのの知り合いか!」

「アのトーレルって…」

霧崎の疑問に語気も荒々しく興奮しきった様子で老人が腰を浮かせた。

「あのトーレルじゃ!魔剣士トーレルじゃよ!お主立ち会ったことがあるのか!」

 それはまあ、あると言えばある。だけれども、あの時はただの正面切っての剣技比べだから大した参考にはならないだろう。

「まあ、二手で。いや三手で負けたガ…」

「大したものだ!あの男の初撃を防ぎきれるものなどそうはおらん。まして立ち会って生きているものといえば指折り数えられる程度じゃろう」

 なんだかトーレル先輩はこの街で大変な有名人らしい。敗北を褒められたことなんて霧崎の人生においてはあまりない事だ。言われて精々、次は気を付けろよが積の山である。

「これは失礼仕った。トーレル殿と渡り合えるならば、わしなど比べるべくもない剣境じゃ」

「な、なに言ってるんでスか?俺みタいな若造に」

 いいや、と老人は力強く首を横に振る。

「その謙虚さ、感服した。わしと義兄弟の契りを交わさんか?」

別に断る理由もなかった。むしろこれほどの人物の申し出を受けることは凄まじく名誉なことに思える。

「じゃア、盃ヲ」

「うむ」

 机の上の盃にテュポーンエールが注がれる。まず老人が酒を飲んだ。二回の息継ぎだけで半分まで飲み干してしまう。あと半分を霧崎が飲むという事だろう。

「では、いタダきます」

 酒にはそんなに強くない。ゴブリンの村で飲んだ酒はどれも度数が低くて何杯飲んでも酔わなかった。だからなのだろう。人里の酒は霧崎には強すぎる。それでもこの(テュポーンエール)は好きだった。飲んだあとが程よいのだ。

 ゆっくりとまずは一杯。 

 

 音が炸裂した。盃を取り落しそうになり慌てて左手で支える。机の上に置き直すと目の前の老人と目が合った。何事かと目は告げていた。

 判らない、判るわけない。

「し、師匠!大変です!」

 二人とも一級の剣士だ。胆力の強さは常人の比ではない。弟子の声が聞こえる頃には硬直から抜け出して、既に剣を片手に音源へと向かっている。

 音源は道場だった。砂敷きの床に直径一メートル程の穴が開いている。深さは霧崎の足首までが埋まるほど。蜘蛛の巣上に罅を広げる破壊痕の中心に、そいつはいた。

 服装は袖を切り落とした道着で下には何も着ていない。背中の二対の長剣はこの地方の物ではなく、もっと東で使われる刀身が細く薄いものだ。手足を縮めて蹲る姿は人に可能なのかと問いたくなる柔軟さで、小さく収められている。

 「貴様、何者だ!」

 返答を待たずに木剣を手にした弟子の一人が打ち掛かった。瞬間にぞわりと霧崎の背を怖気が駆け抜ける。夜の森でばったりキメラと出くわしたような、気が付けば断崖絶壁にたっていたような圧倒的な危機の予感。

 止める間など、どこにもなかった。

 男の体が内部圧力を受けたように膨張する。残光が二筋見て取れた時には全ての動作が終了し、四つに斬割された人だった何かが大地に落下した。

「…ふうう、」

 血煙の向こうに立ち上がる男の体はこの場にいる誰よりも高い。目以外の全てを覆う黒い覆面は表情の露出を拒絶していた。

 無言のままに男は動く。追随する二本の剣は空中に銀の双輪を描き、無限の終着点上に存在する全てを断ち切らんと奔る。

 「ア、」

 それは酷く間抜けな声だった。同時に変化した男の剣が脇腹を庇うような軌道を描く。何気なく横から突き込まれた霧崎の刀と男の長剣が衝突し、金属同士の悲鳴が木霊する。

「おオオおォっ!」

 ゴブリンの獅子吼にようやく周囲の人間は目を覚ました。

 剣の戦いは一瞬で決着する。

 脱力。 

 鍔迫り合い状態から霧崎は一歩深く踏み込んだ。男からすれば不思議な感覚だっただろう。衝突点の存在しない、何故崩されたのかも理解できない。むしろ、周囲の人間には覆面の男が勝手に崩れたように見えたかもしれない。

 霧崎の掌中で太刀が四度、向きを変える。精妙な剣閃が男の両手両足に吸い込まれた。

「……ぐ、」

嫌な呻き声が誰かの咽喉から漏れる。

 男の四肢が吹き飛ばされる。右手、左腕、左足首、右腿、そして最後に男の胴体が、鈍い音を立てて床に落ちた。

「オ前、何者ダ!答えロ!」

 霧崎の手が男の首筋を掴み、持ち上げる。四肢から呆れるほど大量の血を流す男の口元には、苦痛への克己の笑みが刻まれていた。

 男が口を動かす

「…お前こそ、何者だ」

「ナンだと?」

「見たところ、かあ、五行五派の者でもあるまいに。何故、我の邪魔をした」

 男の声は消え入りそうなほどか細く霧崎を問い詰める。

「なぜ…、五行五派を、そこの卑劣な老人を守る!」

 知らん。しいて言うならば殺気に反応して斬っただけで、邪魔をするだとかその手の感情は欠片もなかった。男は唐突に出現して無意味に切り捨てられた、それが霧崎の知るところの全てだった。

 最後に二言三言呟いて、男の体から完全に生気が抜け落ちる。手の中で失われていく体温に、霧崎は軽くため息をついて死体を血溜まりに放り捨てた。

血みどろですね。やれやれ。

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