セレナさんの魔術講座その2
書くことがないので魔術の話でも。といっても夜中の変なテンションで書かれた文章です。いつか消します
魔術とは何か。これを問うことは、世界とは何かを問うことと等しい。しかし、まあこの話は置いておくべきだと思う。
魔術という現象は何によって起こされているのか。それは魔力である。これは間違いない。
では魔力とは?・・・「力」とは?果たしてどのようにして生じているのか。
それは三次元とは異なる、もう一つの重なる位相から取り出される「魔素」の働きによるものと考えられている。
取り出すというよりも、ことなる位相から「ここ」に零れ落ちたものというのが今のところの公式見解となっている。
それは世界全体に均質に広がる性質を持っている。そしてこれを操ることができれば、歯車がいくつも組み合わ去って時計の針を動かすように、現象が起きる。
では、いかにして魔素を操るのか。
これは実のところよくわかっていない。
ただ、師匠から口伝と手ほどきで伝えられるだけだ。
そして、魔術を語る上で外すことができないのが精霊と神々である。
しかし、これらの霊妙な働きは言葉に変換することは出来ない。それを実際に感知できるものだけが魔術を知覚することができる。
なぜ、魔術の行使に精霊なるものが必要なのか。精霊や神々の動きというのは三次元世界での自然の運航を現わしている。これに反する形で魔力を用いることは不可能だ。
「魔素」は非常にデリケートな力であり、またこちらの世界の力によって、ほんとと言っていいほど動きを見せない。その為、魔術とは魔素の微細な力の働きを複雑に組み合わせ現象を土砂崩れのように起こす。ここでポイントとなるのは魔術で起こされた現象は、術者の手を離れるというところだ。爆発を起こすことは出来るが、その爆風を爆発している最中に操ることは出来ない。ただし局所的に起こしたそれらの物理現象を複雑に組み合わせることであたかも術者がその最終的な現象を起こしたように見せかけることは出来る。ここまでが魔術の一連の流れとなる。これが魔術式。発同時に魔素がかすかに大気を動かす。
要約してしまえば、魔素で、現象を起こす力と、それを組み合はせる制御力が必要ということである。
そして、魔素は尽きない。それ自体が最小単位だからだ。
ただし、自然に対する人為的な介入は細心の注意が必要だ。
それは時として、天変地異をもたらすことになる。島の一方では火の雨が、もう一方では大粒の雹がふったというまじない師の話は、面白半分に世界を変質させようとする、思慮の足らない魔術師への教訓として伝わっている。このことからも分かるように魔術というの非常に習得困難な技で、だからこれを読んで魔術について悟るところがあるというのは、とんでもない勘違いということになる。
ここまで了解されただろうか。
ところで、世界最高の魔術師は何か。
誰?ではない。
「何」か?
竜である。
齢を重ねた竜はいつの日か魔術を使うことを覚える。
竜は、非常に賢いのだがしかし、神を持たない。持たないがゆえに自然に最も近しい存在だ。ゆえに、竜は世界で一番優れた魔術師だ。
それ以外の知的生物はその知性ゆえに因果にとらわれる。AをすればBが起こる、と考える。
それが神を創った。魔術師は「因果」の理に囚われている。ゆえに大した(竜と比べればという意味ではあるが)魔術は使えない。
では、人に竜の魔術は使えないのか?
否、過去にそれをなしえた魔術師たちは存在する。それが「賢者」だ。古の王国に存在したといわれる彼らは、山を潰し、更地となった大地に城を建てるような化け物だったと文献にある。
ということは、竜もそれだけの力があるということだが、しかしかれらは魔術を好まず、人目につかぬ地でひっそりと暮らしている。
そういえば、魔剣について説明を欠いていた。実は彼らは魔術師よりも竜に近しい存在だ。
魔術師は発見した因果を組み合わせ術とするが、魔剣はそういったことをしない。それでいて、凄絶な剣技を使う。
彼らはその場その場で理を創る。とある剣聖によれば世界で起きる現象は一回たりとも同じだったことは無い、とのことだった。
考えてみれば魔術師という言葉自体が怪しいものだ。この本ではその辺りも含めて深く、語っていこうと思う。
セレナ=アルバ著「魔術の根源と実践」序章より
うわーい、お気に入りが増えた\(^0^)/嬉しいよう。感謝感謝です。




