作戦開始
「セレナ、トーレル事務所かラ来た霧崎でス」
まずは名乗る。
気に入らない、そうは言ってもここで大人気ない態度を見せて、セレナとトーレルに恥をかかせるわけにはいかない。大人というのは、いや、人間の街というのは本当に大変だ。ゴブリンの村では気に入らない相手とは相撲を取って決着をつける。かっても負けても恨みっこなしで大抵は解決するというのに。
気に入らない奴と腹芸で会話することほど嫌なことは無いと、霧崎はつくづく思った。
「ご苦労、私がギルド長のエンリケ=フーバーだ。セレナ君とトーレル君のお墨付きだから腕のほうは信頼しているよ」
本当に単なる自己紹介。ギルド長の挨拶は丁寧で、霧崎としてもなぜ不快になるのかよくわからない。一度嫌な人物だという印象を持てば、それは長く引きづられる。そんな馬鹿馬鹿しい論説を信じるわけではないが、多分そういうことなのだろうと、霧崎はもやもやを腹の中に飲み下す。
「あちら様はもう、闘技場でお待ちでね。何でも腕試しをするとかいう話だ。あの地上最強のメイド長が相手をしてくれるという、怪我をしないように」
「…怪我はさせテも?」
愚かな問いだとは思わない。そういう事もありえる
「出来るものならな…、まあ行って来い」
ギルド長はにやりと楽しげに口の端を歪めた。
「…それと、他の奴らは?」
思い出したように霧崎は尋ねる。トーレルの話では他の事務所からも護衛が出るとのことだった。
「食中りと、骨折が五名。死亡が二名。暗殺者側からなんらかの工作があったのだろうな。あともう二人来る予定だが果たして無事に来るのか?」
問いとも取れるギルド長の不安そうな声が零れ落ちる。
「アー、…確かニ今日は何かト嫌な予感が多い日だった」
石材は落ちてくるは、槍は降るは。おまけに、霧崎が間違えて昼食のパンを川に落としていなかったら果たしてどんな目にあっていたことか。想像する必要はないし、そういうのは時間の無駄だと霧崎は切り捨てる。
想像したことにとらわれ、対応が遅れるのは致命的だ。答えは闘技場にあるのだから。
「おい、あの「剣獣」が試合をするらしいぜ」
人の口に戸は立てらないとはよく言ったものである。迷宮帰りの冒険者達が口授されたのは極秘であるはずの情報。枯野に放たれた火のように、瞬く間に噂は広がっていく。
「剣獣って、誰だ?」
「バッカ、お前知らないのかよ。一週間ぐらい前に現れた凄腕の剣士だよ。オーク討伐あったろ?その時先陣切って暴れ続けた奴だと」
「なんだ、手前も又聞きじゃねえか。・・・そういやトーレルさんの所に新人が入ったとか・・・リーダーが言ってたな。なんでも半ゴブリンで森に捨てられ野獣同然で育ったとか」
迷宮から出た冒険者、に限らずとも仕事を終えた人間というのは暇ができる。食う寝る殺すが日常の冒険者のやることと言えば、娼館に行って女を抱くか、酒飲んで飯食って寝るか、あるいは次の冒険の準備をするかといったところ。そして先の二つが食う寝るにあたるならば、当然殺すの話題もある。
例えば、闘技場ではどこそこの剣闘士が強いだとか。何とかという剣士が竜を唐竹割にしただとか、その手の武勇伝は一時間も冒険者空間に居れば、耳が腐るほど聞くことができる。「剣獣」もその手の話題の一つだがここ最近では、とびぬけてよく聞くものの一つだった。
この街には既に、トーレルという最強の魔剣がいる。その強さは圧倒的で到底俺たちの及ぶところではない。正直言って憧れる、のだがやっぱり一人強すぎる奴というのはどうにも面白くない。とも思う。
そこで降って湧いたのが件の剣獣だ。素性もほとんど知られておらず、解っていることと言えば、滅茶苦茶剣の腕が立つらしいということだけ。もし戦わば?そんな事を考えてしまうのは冒険者という戦闘に関わる職業者なら当然と言えた。
ちょっと俺行ってくる。最初に一人が立ち上がれば、後はもう弾みで俺も俺もと立ち上がる。それが人の性というものだ。
あるものは通信を受けて、あるものは酒に酔った勢いで祭りと勘違いして、雪だるま式に人数が増えていくのはもう、誰かの仕業としか思えない。
人ごみを竜のようにさかのぼって、夕の市街を行列が征く。
うわ、やべ。大変なことに。
最初に立ち上がった剣士二コルが、闘技場を目の前にふと後ろを振り返れば、歩いて五分かかる通りの端まで行列が続いている。別に闘技場の収容能力を心配しているわけではなく、それとは別でちょっと不味い事態だった。実はさる筋から手に入れたこの情報は、最初、知り合いの剣士と二人で行くよう伏せておくつもりだった。それがどこでどうなったのか、噂が噂を呼び気が付いたらこの有様だ。
というか、この情報を教えてくれた人は極秘情報だと言っていた。だから、そっと知り合いと「剣」を覗きに行く予定だったのに。
「これは・・・、不味いな」
ち、と隣で女が舌打ちをかました。長身に反比例するように起伏の少ない身体つき、ではなく皮鎧の下には剣士として鍛えられた肉体が隠れている。顔の造作は
まあ、美人に分類しても問題なさそうだ。
「怒るなよアイリ。俺だってどうしてこうなったのか解らん」
ひとまず宥めようとした二コルはイラついた女の目に怯んだ。ぎちぎちと言う歯ぎしりの音が心理的に二コルを圧迫する。
ダメだ、完全に怒っとる。
この女との因縁は浅からぬものがあると二コルは思っている。同期で組んで、剣の腕も同じぐらいでライバルみたいなものだ。
そしてもう一つ、噂にあるところの「剣獣」に二人そろって敗けている。トーレルを除けば俺達が最強だと、しかしその自負は「剣獣」の前に完膚なきまでに砕かれた。
「いたぞ、ニック」
百段の石段を一歩先に登り終え、アイリの指が観客席の高みから遥か下の人影を示す。人影は五人いた。遠目から判断するに騎士と、冒険者と、魔術師と貴族?そしてエプロンドレスをきた貴族版家政婦?
長考する暇もなく続く人波は二人を下に押し流す。
最強というのは測定不能だ。誰よりも強い人物は、その最強さゆえに「強さ」の器を誰にも測ることは出来ない、誰にも理解されることがない。
最強を理解できるのは最強のみ。だから、霧崎は目の前のメイドを理解できなかった。
「始めるぞ」
騎士の言葉に抜刀、剣は上段。小賢しい理屈など、この生死の境では通用しない。師匠以上の強さなら、素手だろうが剣を持っていようが大した違いなどなく、当身の一つで霧崎を殺すことだって容易に出来る。などと一々考えず、霧崎はただ上段に構えていた。
「あのメイド、出来る」
剣獣と互角、いや更にその上か。二コルには剣獣の強さが理解できない。それと同等の理屈で、メイドの方だって理解できない。ただどちらも自分より深いところにいる、というのはわかる。
剣の勝負は一瞬だ。刃物より硬い人体など存在しない。軽く当たっても動脈に入れば大出血、ましてや剣獣の腕前ならば、人間なんて大根を切るようにばらすことができる。
間合いが近かった。微動だにしないメイドと、そこから先には踏み込めない剣獣。
唐突にメイドが動いた。間合いにおける長短の差は明確だというのに、あっさりと死線を踏み越えて刃の下に我が身を晒す。
交錯は一瞬のこと。吸い込まれるように振り下ろされた剣獣の斬りはは、観客にメイドの惨殺死体を想像させる暇すら与えず予定調和に空を切る。
既にメイドは動線を外れていた。近くて遠いこの間合いでは剣より拳が近いのは明白。豚の呻きにも似た鈍い音。霧崎の胸筋と広背筋の間、剥き出しの脇腹をメイドの拳が直撃する。
剣獣が飛んだ。
剣獣も背が高い方ではないが、果たして女の細腕のどこにそんな力があったのか。五メートルぐらいの距離を楽々とふっとばされて大地に叩きつけられ更に二転三転、ようやく起き上がった剣獣の息は遠目に見ても乱れている。吹き飛ばされた際に自らの刃で傷つけたのだろう、鮮血の筋が太腿を横切っていた。
呼吸が乱れている。いやいい、放っておけ。
目の前、敵、いる。追撃は無い。
「来イやぁっ‼」
自らを鼓舞するべく、気合が漏れた。震える足で必死に姿勢を保つ。なんだかいつもより調子がいいのは気のせいだろうか。
その時、泰然としていたメイドが初めて感情を動かした。
「本当に、やりますか?」
柔らかい女の問い。
「モチロン」
応えて霧崎は十指を柄に添える。
脇腹は確実に折れている。鈍痛。最高だ。
今なら死んでもいいと思える。
生きていてよかったと言える。
「今」「この時」に疑いなく存在する心地よさ。
「オオ大大オオおおおァァあゝっ‼」
生まれ変わったかのように霧崎は吠えた。
凄い、言葉が要らないぞ。なんて自由なんだ俺は。敗ける気がしないとはこのことだ。右の脇腹からくる痛みが右腕の動きを阻害する。ならばと、霧崎は片手で剣を天に掲げた。
剣士の纏う空気が変わる。遊びから、殺し合いへと場の純度が一息に変質する。見立てによると相手は獣、手傷を負うほど強さを増す。そんなことは解っていた。先程の一撃も殺す気で打ったのだ。拳に宿る勁力は人体をたやすく貫くほどだったといっても過言ではない。それをいなされたのだ。
敵としては十分。
「・・・わかりました。ご主人様、杖をお願いします」
「おお、がんばれよ」
後ろから投げられた、杖をメイドは振り向きもせずに受け止め旋回、体の中央でぴたりと槍のように構えた。
闘技場の中央で二人はにらみ合ったまま停止しする。いや構えを解いたメイドは杖を片手にすたすたと間合いを詰めてくる。
動くときは終わる時だ。
それは今だ。
攻防の様は最初と同じように見えた。間合いに入ったメイドを剣獣が迎撃する。ただし途中まではと付け加えておく。
何をどうしたのか定かではない。観客が気が付いた時には、ひっくり返った剣獣にメイドが杖を突き付けている。
剣獣はピクリとも動かなった。
目を覚ましたところは闘技場の砂の上。夜の砂原には霧崎の他に人影は無く、空に輝く月もない。星霜の彼方から届く光条だけが霧崎を包んでいる。
「敗けたんだか、何だかわからねえ」
日本語が口をつく。
と言うか、勝負になっていない。あれほど見事に倒されたのは師匠とさっきの二回きりだ。
なんて、
……なんて、素晴らしい。
「、見えた」
鬱蒼と生い茂った森に丁度、薄明かりが差し込んで道を示したように。コンパスと地図を頼りに歩いてきた道に確信がもたらされたように。
メイドの一撃で何かが変わった。
とはいえど、森はいまだに長い。そして、しかしいつか必ずその先にたどり着ける。
違う。たどり着けないところなんてなく。ただおれの後ろに出来た足跡を人は道と呼ぶのだろう。
おれはこの世界に来るまで他人が作った道を歩いていた、と思っていた。
だけど、それは間違いだ。
道なんてない。水源にたどり着くのに用意された道は、それこそ無限にある。おれが今数えた無限よりもはるかに無限に。
だからこそ、……知らん。
剣を取り、体に委ねるしかない。
必ず、辿り着くには。
探さなくてはならない。注意深く息をし、手探るようにして歩く。
ゆっくりと引き上げた剣は、野人の陰影へと消えていく。
処刑人と、その者ががそう呼ばれるようになったのはいつの頃からだろうか。真紅の壁に取り囲まれ、迷宮の奥底で一人たたずむ。なぜ、こんなところにいるのだろうか。霞がかったというよりは、そもそも存在しないように、記憶の闇は答えを返さない。
それでも、ただ判ることが一つ。
自分はある人物を殺さなければならない。
よくわからないが、殺さなければならない。殺してでも止めなければいけない。だからこうして迷宮を彷徨っている。
かさりと、敵意が意識の結界を通り抜けた。右手に構えられた大剣が勝手に反応して飛来物を叩き落とす。切り落とされてびくびくと呻くピンク色の触手のようなもの。
しゅるるるるるるるる、という呼吸音。ゆっくりと歩んでいく。敵の抵抗など一切構わず、ただ最短最速で打ち下ろす。
確たる手応えは、ない。
ただ、生命反応は消えた。十分、いただきます。
剣を見る。剣身中程まで切り込まれた、深い刀傷。同時に頭と、股がやたらと痒くなった。再び、結界を生命反応が通り抜ける。突き出した刺突はまさかその先に壁があるとは欠片も考えられていない。ゆえに、しなやかで鉄壁をも貫通する、無想の一刺だった。壁越しに生命反応の消失を感知。
剣を納める骸を求め、処刑人は再び歩き出した。
誰々を倒した。何千人を殺した。だから、凄い。……のか?作者にはよくわかりません。というか、凄いということは無いのかもしれません。いや勿論凄いんですけれども、なんか違います。なんでしょう。その「何か」を知りたいです。




