真・新たなる刀
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霧崎九郎は確実に興奮している。こんなに興奮したのは女性の下着を始めて見た時ぐらいではないかという喩えを用いたい、それぐらい興奮している。
「刀刀刀ーッ!」
ついに、ついに戻ってくる。
俺の半身。霧崎九郎は刀を持って、霧崎九郎になる。刀を持っていない俺は、霧崎九郎であって霧崎九郎でないのだ。
というわけで、霧崎はいま鍛冶屋の前にいた。
「オヤジさーン、霧崎が来タぜ」
「おう、入れ」
野太い、不機嫌そうな声も今日は心なしか楽しげに聞こえてくる。いつもならば、薄暗い、小汚い部屋だとしか感じられないこの店も、なんだか今日は輝いて見えた。
「オ、オやじドの、刀を・・・」
「落ち着け」
ずいと、霧崎に細長い袋が差し出された。受け取る鋼の重みに霧崎の細胞と言う細胞が歓喜の声を上げる。
落ち着け、冷静に冷静に。慌てれば要らぬ怪我を招く。心を静めてしずしずと、霧崎は袋から刀を取りだした。
「・・・・・・抜いテもイいか?」
「おう、言うまでも無いだろうが気を付けろ。そいつはいま竜鱗だって切り裂けるからな」
「了解・・・デは」
鮫皮巻き三尺一寸の柄に右手を添え、黒漆塗りの鞘に左手を添える。
呼吸を一つ。
大して力いれなくとも、ただ霧崎という魔剣士に反応するように、するり宙に躍り出た刀身は、海を写したかのように黒々としている。一見地味な刀身の中に立つ刃の白波が、魂さえ醒ますような静けさを湛えて、薄暗い店内を鈍明りで照らしていた。
「・・・・・・」
「どうだ、この刀の原型の製法を讃えて、俺の名は刻まん。そいつの銘は『一夜鬼重』だ、」
「ああ、・・・そう言えバ一月かカると言っていたガ、あれは?」
我ながらどうでもいい事を聞いたなと、霧崎は思う。ただ、極上の美を前にして、魂まで震え上がった者はこういう愚かな事がつい口走ってしまうのだ。
「ああ、あれか。あれは後五本ぐらい打つつもりだからな、全部の中で一番いいのが欲しいだろう?」
「・・・あア」
「まあ、お前の反応を見ればわかるとおり、一番最初と最後にいいものは出来るもんだ。・・・で、その刀は買うのか?」
「・・・一応、振っテ切レ味を試シたいノだが」
「なら裏庭に行こう。魔剣の技を見せてもらおうか」
「おウ」
何時に無く慎重な手つきで霧崎は刀を納め、先導するオヤジの背中についていく。
鍛冶屋の裏には意外なほどに広く、壁で囲まれた十メートル四方の塀の内には、三人の藁人形が文句を言うでもなく、斬られるのを待っていた。
「人体に近い感触と言われる、レン麦の藁だ。存分にやれ」
霧崎は無言で前に出た。この刀を使うのは初めてだが、それは技の発揮出来ない言い訳にならない。「武」には、ああすればよかったとか、こうすればよかったとか、事前に練習しておけばよかったとかそういう事は存在しない。いまは留まることは無く、万物は流転し続ける。
だからこそ、「今」であるものは無敵である。
抜いた。抜刀し様の一閃。力感無くすり抜けた一刀が空中で静止する。
「・・・きれいだね、おじいちゃん」
何時の間にか、姿を見せた孫娘がゴブリンの剣士を、そう評した。
「・・・ふん、まあまあだ」
美とは感じる調和であるという。ならば究極の美とは美を意識しない。極論として、美とは其処ら辺に転がる石ころに他ならないからだ。もし美を解するものがいるならば卒倒しそうな美しさが其処には詰まっている。
三度、剣線が閃いた。
風に吹かれた砂の城のように、藁束が落下した。蒼々とした刀身には一点の曇りもない。納刀まで目が離せないでた二人の見物人は、幽かな鍔鳴りの音にようやく意識を取り戻した。
「気に入ったか霧崎?」
「素晴ラしいヨ、切れ味は抜群。粘りも良くて強靭。親父サん。・・・で、お値段は?」
「お前のあるだけだ、まあ、それじゃ全然足りねえが。霧崎九郎と言う剣士が持つことで、その刀は計り知れない価値を持つ。だからあるだけ全部出せ」
「ワかった」
迷宮探索には常に危険が付きまとう。ましてや発見されたばかりで、未踏破の通路なんてその好例で、未知の罠に遭遇して全滅などと言うのは熟練、初心者問わずに良くあることだ。魔物の方はと言えば、実はたいしたことが無い場合が多い。彼らの多くは殺せば死ぬし、身の危険を顧みずに突撃してくる魔物はそうはいない。ゆえに、大抵の魔物との戦いは咄嗟の遭遇戦と言う事になる。だから、迷宮で真に恐れるべきなのは罠のほうなのだと、先人たちはいい事を言う。
迷宮墓地と名付けられた新区画で、先人の至言を実感しながら、ヤフタレク達は戦っていた。
否、逃げながら戦っていたと言うべきか。別に恥じることではない。冒険者の別名はウサギである。武器持たず、と言われた冒険者だって過去には存在した事からも分かる様に、冒険者の目的は魔物の討伐では無く、お宝を見つけて持ち帰ることなのだから。
しかし今回は拙かった。
ヤフタレクの右手には忌まわしい質量。その正体は、祭壇と思わしき場所に飾られていた人の頭部ほどもある金剛石。それを手にした瞬間、天上に空いた穴から、スケルトンと呼ばれる魔物が現れた。骨のみで動くことを強要された、奴らの動きはひどく遅い。これが、同じく魔術による疑似生命体のゾンビ辺りとは違いで、ゾンビの場合時間が経てば経つほど死後硬直が解け動きが滑らかになる。
ヤフタレクも、単体としては弱い部類に入る魔物だとは思う。ただ厄介なのは、頭部の魔術印か胸骨の奥にある動力を破壊しないと停止しないところ、そして生産の手軽さゆえに大群で押し寄せてくるところだ。
「くそ、厄介ね!」
大振りなユルトのハルバードが二、三体をまとめて薙ぎ払う。それでも致命傷を免れ、こちらに向かってくる骨人はヤフタレクが鉄の仕込まれた靴で踏み殺す。
概算で見たところスケルトンの数は五十を超えていた。
それでも、圧殺されない理由は祭壇に通じる通路に入れたことと、後ろから的確に射ぬくアステリアの弓のお陰だろう。近接戦闘しかないヤフタレクとユルトだけだったら、十倒したところで殺されていたはずだ。
欲を言えば魔術師が欲しい。そうすれば大規模破壊で十やニ十は消し飛ばせる。
「何人やったッ!?ユルト!」
「七人、そっっちは?」
「同じくだ、アステリアは?」
「十五、あ十六」
端的な言葉と数値に前衛二人が目を見開く。やはり今こうして立っているのは後ろの弓士のお陰かもしれない。
どちらにしろ終わりは見えた。
「あと少しだ!」「応!」「・・・」
虎の快声とアステリアの無言、どちらも頼もしく思いながら長剣の柄で正面の頭蓋を叩き割り、左の盾で胸骨の奥も粉砕する。
ユルトが虎人特有の運動能力で壁を蹴って飛翔。着地と同時の斬撃で骨の剣士を叩き潰し、空いた空間で斧槍を加速。虎人の剛力で一回転、斧とは逆のフックが旋回半径にいた五体のスケルトンを一息に破壊する。骨粉舞う通路を円盾を構えたヤフタレクと、アステリアの矢が駆け抜け、虎人を狙う追撃を押さえ、敵を押し込む。
「死ねぇ!」
円盾の上から伸びたヤフタレクの長剣が頭蓋の魔術印を粉砕、入れ替わりに入ったユルトの重撃が通路を横に広がるスケルトンを完全に沈黙させた。
どうやら敵を多く見積もり過ぎていたようで、それっきり追撃の気配は無い。
敵が消え、沈黙が残る通路には、ただ無数の骨が散らばっていた。
スケルトンから得られる物は何もない。手に持つ武器にまさか名刀業物の部類がある訳もないのは、いわゆる一般の兵士が粗雑な武器しか持っていないのと理由は同じだ。所詮、消耗品である。ではその身の骨が何かの素材になるかと言えばそんなことも無く、風化して脆くなった骨は肥料ぐらいにしか役に立たないが、農夫はこれを縁起が悪いと言って好まない。また、戦闘経験という意味合いでも弱過ぎて話にならず、帰って悪い癖がつくかもしれない魔物で、そういう意味では忌み嫌われているといってもいい。
「さって、どうするよ。俺としてはあの天上に空いた穴が怪しいと思うんだが?」
リーダーの言葉だがユルトとしてはあまりあの穴には入りたくない。というか、絶対何も無いだろう、スケルトンの格納庫になんて。
「何か、嫌な感じね」
「虎の直感か?」
ヤフタレクの言葉は何となくあの野人を思い出させて、嫌な気分になるが、まあ、そういうことだ。間違ってはいない。
「・・・でも、風は上の穴から来る」
アステリアが不意にそんなことを呟いた。
「どういう?」「・・・見て」
全員の視線が穴に集中したところで、アステリアの右手が上空に骨粉を投げる。
「・・・ほら」
ね?とアステリアが再度促すと、全員に納得の表情が浮かんだ。二メートル上の宙に漂う骨の粉が、そこだけ激しく渦巻いている。
「しかし、あそこだと運搬用ゴーレムが入れないな、ロープが・・・いや、なんで行く前提で話を進めてるんだ俺は?」
さてどうしたものか。三者三様に押し黙った沈黙を打ち破ったのは、聞き憶えのある男の声。
「オーい、ヤフタレク。聞こえるカ?」
ギルドカードからの野人の声だった。
まあ、実際に刀を持ったことは無いんですがね。




