処刑人
例によって書き足し投稿。すいません。
「・・・アー」
「どうした?腹痛か?」
そんな風に真面目に聞いて来るヤフタレク達には非常に悪い気がするのだけれども、本当にまったくもって偶然だとは思いたいけれども、
「ソの牛人ってのは、デかい、オレの肩幅ぐラいある大剣ヲ持ってイる?」
何だ唐突に。
ヤフタレクはゴブリン顔を注視する。嫌な予感がした。いや、効率を考えれば素晴らしい予感なのだろうが。
「ああ、持っている。それで?」
それが?とは聞かない。曖昧の笑みを浮かべるゴブリン顔からもう事の顛末は大方読めていた。
空白の三秒を気長に待って、霧崎はようやく口を開く。
「・・・すマない。牛人は、もう、死ンでイる」
「と言うよりも、あなたが殺したんでしょーがっ‼」
叩いた。
ユルトの一撃は虎人特有の体格と筋力で、軽く小突いてもかなり効く。常識的に考えて、大蛇との戦闘で見せた超絶の体捌きを持ってすればあっさりと避けてもいいものなのに、その一撃で霧崎の体はくの字に折れて吹っ飛び、迷宮の壁に叩きつけられて驢馬に踏まれた蛙のように落下した。
「ちょ、ユルトあれは不味い」
「大して効いちゃいないわよ、ほら」
ユルトの指先で、むくりと、あたかも不死の殺人鬼の如く霧崎は起き上がった。
「・・・魔物なの?」
沈黙を保っていたアステリアからも声が上がる。日に一度喋れば会話の多いほうなのに今日は本当に珍しい。矢に掛けたアステリアの手をヤフタレクが手で遮って、慌てて止める。
「待て、待とう、お前ら。逆に考えるんだ。楽できて良かったと」
なぁ?
数秒の沈黙の後、ヤフタレクの言い分にそういえばという感じで二人も頷く。
「ソうソう」
「・・・おめーが言うな。それはともかくその死体のところに案内してくれよ。討伐の確認ぐらいはしたい」
ヤフタレクの言い分も尤もなので霧崎は低頭して迷宮を先導し始める。
と言っても、ただ来た道を引き返しているだけなのだが。
無言、無言。
迷宮で、冒険者はあまり口を利かないものらしい。あるいは、霧崎がいるからこんなにも静かなのか。出来れば前者であることを霧崎は願っておく。 それにしても少し前から、肌がひりつく様な、嫌な予感が道を進むたびに増していく。
「引キ返さなイか?」
霧崎の提案を、全員が首を横に振って却下した。
おかしい。
みんなこの殺気を、嫌な気配を感じていないのか。それとも、冒険者というのはこうやって死地に飛び込んでいくものなのか。
曲がり角が近づいてくる。霧崎の記憶が正しければ、このさきに牛人の死体があったはずである。
だが嫌な予感。されど嫌な予感。
・・・嫌な・・・・・・・・・予感?っ‼
壁!
思考など紡がずに直感的に、近づいて来る嫌な物を霧崎は転がる様に回避。背後の三人が霧崎の奇行を笑う間もなく、迷宮の赤い壁を貫いて剣先が出現する。
人の肩幅ほどもある剣幅。木目の様な模様の独特の鋼。迷宮の石壁を容易く貫く威力には、剣だけでなく持ち主の腕の良さも散見された。
ガッ、と石を斬る硬質の音が三度、剣線の閃きに斬り取られた三角の赤壁が重厚な落下音を迷宮に轟かせる。
寸毫の躊躇いもなく霧崎は突撃していた。雲の上を歩む様な柔らかな歩法は通路の向こうに見える人影の間合いを狂わせ、対応を許さず、一歩目の踏み込みと同時に抜いた太刀は、既に霧崎の頭上に掲げられている。
「チェアァッッ‼」
肌を打つ裂帛の気合い。
振りおろす一刀に左の雁金を選んだのは単なる直感だった。刀身が擦れる金切り声と刀身が伝える肉を裂く手応えは大剣の持ち主の受けが間に合ったことと、子供の肩幅ほどもある剣身を持ってしても、なお止まらない霧崎の一閃が大剣半ばまで斬り込んだ証だ。
そこで初めて霧崎は人影の全身を目の当たりにした。
逆行が伝えるシルエット。皮膚が伝える呼吸音。鼻に蒸せる頭髪の臭いは高く、太い。
ならばとっさに雁金を選んだ判断に間違いはない。肩ではなく頭に斬り込んでいれば、刀勢が足りず一寸も切り込めなかったことだろう。
殺し合いは刹那のためらいも許さずに進行する。
大剣がひねられ、霧崎の太刀が折り取られる。瞬時に抜いた「竜の爪」で、ナイフの間合い、超接近戦に踏み込む。身長差と剣の位置から狙うべきは太股内側の動脈。いままで近接での高密度な戦闘経験がないのか人影の対応はずいぶんと遅い。
人影の手が届く前に一つ、手をかわして擦り抜けるように脇の下を一つ、急所を二撃したところで、人影の頭と思わしき所に矢が突き立っているの見かけた。さらに「竜の爪」を回転させて何度も切り刻みたかったが、背後に気配。切り裂いた二つの急所から吹き出す血を避けるように霧崎は後ろへと退く。
攻勢はそこまでだった。
入れ替わる様に振るわれた虎人の斧槍はけっして甘いものでは無かったはずだが、大剣の精密な動きに流され、床に激突し虚空に火花をまき散らす。突き込まれた長剣の切っ先は、人影の手の甲で払われ明後日の方向に飛んでいった
霧崎にしたってもう迂闊には踏み込めない。人影の剣の腕は霧崎に匹敵する。得手ではないナイフ一本ではあまりに不利だ。
それでも人影は逃げた。さすがに急所を斬られて命の危機を感じたのかもしれない。大剣を盾代わりに背後に構え、唯一頭を貫いた矢を怖れて先の暗がりに逃走していく。
それを追う気力はアステリア一人を除いて誰も持っていなかった。
「あれハ、なンだ?」
迷宮に静寂が訪れて、ようやく霧崎は質問に移ることが出来た。といっても誰もその正体を答えることが出来ないようで、
「わからん、初めて見た奴だ」
ギルドにでも報告しておけば戻った時に話が聞けるかもしれない。ヤフタレクは革鎧の、丁度心臓の辺り、そこに仕込んでおいた手のひらサイズの白色金属の板を取りだす。
「おオ、すゲー。ギルドカードが白色金属トいうコとはAランクっすか」
えせゴブリンの賞賛に軽く小鼻を膨らませつつ、ヤフタレクは知り合いの職員に回線を繋いだ。数秒の呼び出し音。
『はい、こちら冒険者ギルド、何かあったか?』
対応した乱暴な口調の女声からするとメイでは無いようだ。少し肩を落としヤフタレクは報告を開始した。
迷宮の中に響く報告の声。それにしても意外だった。まさかこのギルドカードに通話機能が在るなどと、異世界の常識を引き摺る霧崎には予想もつかなかった。驚きの薄型軽量仕様、スマートフォンなぞ目じゃない。もっともそのことを傍で聞いていたユルトからは大いに笑われたが、別に悔しくなんかない。という事にしておこう。
くそ、何が頭もゴブリン並みね(笑)だ!ゴブリンは素晴らしい種族なんだぞ。そっちこそ脳味噌まで筋肉でできた虎人のくせに、とは言わない日本人の美徳。というか、口喧嘩で勝ったことなど人生において一度も無いので止めておく。
まあいい。そんなことどうでもいい。
それよりも、刀。先程の戦闘で刀身中ほどから圧し折られた切っ先を拾い上げる。いかん、涙が出てきた。
「あア、ああアあア・・・・・・」
RPGで手抜き勇者に与えられる名の様な嗚咽が漏れる。古の偉い人が大切なことは言葉にできないと言ったが正にその通りだと思う。百万言を尽くしても今のオレの心中を表せるものではない。例えどんなに優れた詩であっても言葉では足りないのだ。
振り返ってみれば、あの刀だけが霧崎を支えるものだった。少なくとも刀という日本人の深層心理の象徴が、確かに霧崎九郎の心の拠り所になっていたのである。
それが折れた。
刀身を眺めれば、ロクに手入れもできない環境で、二年間酷使し続けた傷跡が無数に残っていた。この刀の傷は霧崎の傷だ。
「・・・そんな剣が折れたところで、買い替えればいいでしょ?」
違う、と言いたい。刀は消耗品では無いのだ。
この刀という形、反りを持つ片刃の優美な武器は霧崎が生まれる前から存在した。生存のための人間の知恵が、自然からこの形を与えられた。そこに人の作為が入る余地が在ってはならない。
まず刀在りき、その後に霧崎が生まれたのだ。だから初めて刀という形を手に取った時から、そしてついこの間まで刀が先生だったのだ。そこには、人の都合のいいように変えられる要素が存在しない。
そうなのだ、刀とオレは対等なのだ。天地を同じくして生まれてきた兄弟の様なものだ。だから剣にだって心が在る。都合良く利用し利用される関係では無いのだ。
刀も天地、おれも天地。
さようなら、協力者にして決して分かり合う事の無い他者。
そしてまた、共に遊びましょう。
戦闘シーン・・・疲れました。お気に入り登録が増えてました。ありがとうございます。活力ですねやはり。そして何時の間にか一万アクセスやったー。
最後、ちょっと中二病っぽいですね。
あ、それから大剣振り回してたのが処刑人です、はい。




