迷宮で
ようやく、真面目な話が始まります。
オリハルコンの城壁の中に、後に赤の迷宮と呼ばれる大規模な地下建造物が見つかったのはそう過去の事ではない。
当時発見された入り口は十ヶ所。
それぞれの壁の色から赤、青、白と名付けられた迷宮は後にそれぞれが独立するものではなく、繋がっているものだと国の調査によって明らかになった。
国の記録には第十五回調査隊の事と記されているだろう。
冒険者、今ではそんな呼び名が使われるようになった、当時は傭兵ともっと率直に呼ばれていた彼らが、迷宮に関わる様になったのもその頃の話である。道の迷宮で貴重な古代遺物を集めることは、国益に繋がるとは言えども、迷宮の魔物たちを相手に正規軍の相次ぐ被害に頭を悩ませる当時の将軍の判断が傭兵の採用を認めたのだ。
国の重要事項に、部外者を参加させることへの賛否は一旦置いておくとしよう。
かくして、冒険者の天下が始まった。わずか五十年で迷宮の上に街が造られ、土小人とドアーフ達によって縦横に掘られた抜け穴からは尽きること無く魔物が侵入してくる。広大すぎる迷宮は今なお余白を多く残し、今後百年は埋め尽くせないだろうと云うのが冒険者ギルドの公式見解である。そして、迷宮の余白を探索するフロントランナー的冒険者の数は今のところギルドが確認する限りでは百十人。
街に侵入しようとする魔物を討伐し、いつか迷宮に眠る宝を掘り当て、見つかったならば、その金で一生を安楽に過ごす。
そんな冒険者の生き方に同意してヤフタレクが迷宮に潜ったのは十五の時で、あれから十年たって中堅程度のギルドで言うA級の冒険者に成っていた。財宝は一度も見つかっていない。ギルドから下される魔物の討伐依頼と、幾つかの個人的な依頼をこなして日々をそれなりに過ごしている。財宝のある深部に潜るにはまだ圧倒的に腕が足りていないのだ。
さらには、最初の頃から組んでいた腕利きのクランが死んだのは痛かった。孤独を好むくせに妙に面倒見のいい男で、よくランク下の冒険者たちに頼まれて組んで潜っていた。しかしその面倒見の良さが仇になったのか。先日のオーク討伐の際、彼は西の火竜を押さえにいって、死体も帰ってきていない。
・・・畜生が。
空中を浮遊する魔術光源の淡い光を頼りにヤフタレクは赤の迷宮五層を走る。魔物に追われている今は、そんな、刹那に立ち現れ消えていく思考の時間すら惜しい。
「タレク、足が落ちて来ているよ!」
背後からの女の叱声。猛獣のような深い響きの声が迷宮を反響する。声は虎人族の長槍士ユルトから放たれたものだった。ヤフタレクとユルトの間を走るのは、静かな目をした金髪の少女。五年前に遭った時は年端もいかない少女で、今もまだ少女だろう。始めて合ったときにアステリアと名乗ってそれ以来、一言も話さない。
「角だ!角で迎え撃つぞ。クソ、あの大蛇野郎!」言い捨てて、背後に這いずる鱗の音に怯えながら奥の角を右に飛び込む。
・・・前に、
人がいた。恐らくは冒険者。どこかで見た憶えがあるが、それはともかく咄嗟の遭遇をかわしようが無いとみたヤフタレクは両腕を身体の前に持っていき衝撃に備えるも、蜃気楼を掴むが如く人影に感触はなく、続いて飛び込んできた後続の二人に奥に押し込まれる。
幽霊か?一瞬そんなことも考えたが、這いずる鱗と石床の擦過音に気を散らされる。
一呼吸。二呼吸。三度目の呼気を吐き終わったところで地の利を確認。ドアーフが掘った横道なのか通常のものより縦横の幅が狭いが、ユルトの斧槍を振るうスペースは十分に存在する。作戦は決まった。全力の一撃の叩き込むために左手の盾を投げ捨て腰の鞘から長剣を抜く。先日のオーク討伐で、オーク・ジェネラルから回収した逸品。少し長めの刃を脇に構える。狙うのは刺突、助走から全体重を乗せた一撃。
「初撃は俺。動きを止めたところで、ユルト頼む」
「わかったわ」
次第に近付く擦過音は、何重もの金属を擦りあわせた様な音でヤフタレクの不安を煽る。
流石に大蛇もこちらの殺気に気付いたのかゆっくりと窺う様な前進に変わった。
まだか。焦る心を落ち着かせ、ゆっくりとした呼吸で機を待つ。通路の方は覗かずに革鎧越しに伝わる振動と、聴覚で相手を探る。こうなったら焦った方の負けだ。
そう思ったら相手は痺れを切らしたらしい。振動を感知。しかし違和感。ぱっと角を見ると消えたはずの角ですれ違った男がいた。
はぁ!?
全員の顔に浮かんだ表情は多分そんな感じだろう。
部分鎧に見覚えのあるこの地方では珍しい曲刀。記憶のピースが埋まる直前、空裂音をたてた大蛇の牙が男のいる場所を喰い破る。巨体の生み出す突進の慣性力は当然急に止められるはずもなく、壁に激突した蛇の頭が盛大な音を立て迷宮を揺らす。これでくたばってくれてないか、ヤフタレク以下全員がそんなこと願ったが勿論それは希望的観測に過ぎず、全身を柔軟に使って衝撃を逃がした蛇の頭が、ゆっくりと細かな石の薄片を振るい落としてこちらを向いく。
機を逃した。
今、この一瞬こそがヤフタレク達の賭けるべき攻勢の機会だったというのに。
戦場での生死は一瞬が分かれ道だ。
だ から振り返った蛇がこちらを向いた時、ヤフタレクの景色は本当に停止した。目を瞑る余裕なんて欠片も無く、瞬きの間に大蛇のアギトが自分の体を両断し背後の仲間を引き千切る、怖気の走る様な未来がリアルに経験された。
ああ、
剣を振るう最後の足掻きどころか声を発する暇も無い。呼吸も、細胞も止まったような時間が目の前を横切っていく。
これが、死ぬということか。
そんな死の淵で得た悟りはしかし、次に生かす機会など訪れるはずもなく・・・。
チン、と涼やかな鍔鳴りの音が死すべき未来を払いのける。
一抱えもある首を真っ二つに断たれ、大きすぎる蛇の頭が音も無く迷宮の床に落下する。主を失ってなお生を諦めない胴体が、血の噴水で迷宮の壁を赤く染め上げながら痙攣を続けるもやがてそれも止まり、静寂が訪れる。
「・・・あア、ところデ此処はドこなンだ?」
返り血にまみれた迷宮の奥で頭を掻く男の、そんな、惚けた一声。
「「・・・!」」
ゴブリン訛りのトウルン語に、瞬時に反応したユルトの斧槍が向けられる。アステリアに引き絞られた矢の先端は正確に男の眉間を捉えて、放たれる機会を窺っていた。
「待て!」
抜き遅れた剣を鞘の中に収めながら、ヤフタレクは手で二人を制する。
思いだした。あの日の赤い迷宮で、狂ったように何者も寄せ付けず、一人、オークを切り刻んでいた、こいつは・・・、確か・・・、ええっと・・・?
「・・・名前、なんつったっけ?」
聴きなれない発音のせいでどうやら忘れてしまったらしい。
すいません。改変前の六本足のアイテムポーチに関しては次の話しで出します。久々に書くことにのめれました。ていうか主人公の物理的な窮地が欲しいですね、そろそろ。




