決着
ようし、戦闘終了。
感じるのは圧倒的な自由。
瑠璃色の世界に身を遊ばせ、霧崎と太刀が赤の迷宮を踊り狂う。体が地上の重力から解き放たれ、霧崎はその世界で一人、高みに登っていく。
この世界の入り口に来たのは今から約五年前、木刀を振り続けて三年が経ったある夜の事だった。その日以来、霧崎はこの世界に憧れた。木刀を振り始めた当初の目的(いじめっ子を殴り殺す)などという事は、この世界に比べれば取るに足りない、鼻クソの如き事柄に過ぎない。何も思わない。何も悩まない。という訳ではないが、ただ心行くままに、形など気にせず、気持ちよく、自在に動く。
太刀の一振りで血の雨を降らせ、二振りでオークの軍列を切り裂く。
何かのリズムに乗る様に体は小刻みに左右に揺れ、理解することも敵わない剣技を振るう。『人』そのものがそこに存在した。
「化物かよ・・・」
後列のヤフタレクは、広場で知り合ったゴブリン顔の剣士に呟いた。最早、味方の加勢も敵わない。近づくもの全てを斬り殺す殺戮の化身となった男は唯一人でオークの群れを圧倒していく。神々しささえ感じさせる剣技は、血と腸のの舞台で思う存分、より一層磨かれ高みに登りつめていく。
盾を構えようが剣を構えようが、一向に構わず切り捨てる死神の前に、一匹のオークが立ちはだかった。他よりも二回りほど大きな体躯は全身いたるところに創跡がが存在し、そんじょそこらのオークとは違う歴戦の古兵といった存在感で、これまた二振りのよく使い込まれた長剣を左右の手にだらりと下げている。
「ギルウうアアッ!!」
離れて見ているタレクが気押されるほどの咆哮からすると、あれが噂に名高いオーク・ジェネラルという奴なのだろう。熟練の冒険者から見ても隙の無い体術で霧崎との間合いを詰め、重ねた双剣を左から薙ぎ払わんと振りかぶったところまではタレクも憶えている。ただその後に何が原因でああなったのかは・・・、因果関係がさっぱり理解できなかった。
霧崎がやったことは、ただ上段の剣を唐竹割りに打ち下ろしただけだ。動きの勘所を押さえられたオークは何の抵抗も出来ずに頭から腰、股間まで斬り下げられ絶命した。後で聞いたところ霧崎自身もよく覚えていないということだが、兎に角、その一合で戦の趨勢が決したことは確からしい。
大将が殺され悲鳴を上げながら逃げていくオークと、あの日の迷宮の壁の色だけが、ヤフタレクの憶えている全てだった。
一体果たして何時のころからか、自分がここにいたのか竜は知らない。ただ生まれた時から薄暗い、湿ったそして時がたつにつれ窮屈になっていく穴倉で、気付いた時には生きていた。付け加えて、この穴倉の中で竜は最強だった。高硬度の鱗に、高密度の筋肉、およそ生きる物全てに、死をもたらす爪と牙。そして万象を焼き滅ぼす炎の吐息。
むろん竜とといえども、若く弱かったころの記憶は存在する。
しかしそれは今の出来事ではない。
とうの昔に過ぎ去った古い記憶の彼方の出来事だ。その昔苦戦を強いられた大海蛇も、数の強さに恐怖を覚えた人犬も、毒に苦しめられた虫たちも今となっては雑魚同然の餌である。
この穴倉のの絶対強者として君臨する日々についぞ退屈を覚え、寝床でまどろみに身を委ねていた、そんなある日のことだった。
声が聞こえた。
最初の数日は、それでも無視を決め込んだ。だが、その時に興味をかけらも覚えなかったと言えば嘘になる。無視すること数日、鳴りやまぬ声に、威嚇し咆哮し、炎の吐息を浴びせかけた、がまだ消えない。
面白い、と竜は奮起する。どんな奴かは知らないが面を拝んで八つ裂きにして、骨も残さず喰ろうてやる。待っていろよ。
かくして、竜の旅は始まった。
声に導かれと上にあがっていく日々、見慣れた獲物の姿が消え、敵は人型が多くなった。人型は弱い。軽く小突いただけで勝手に死ぬ。それでも、十回に一回妙に手強い奴が混ざっていた。とわいえど、彼らもまた竜の体に傷一つつけることも叶わずに、体中から体液を漏らして死んでいった。少し前の、そんな獲物を喰らっているときに、また二匹の人型が現れた、そういう場面である。
まあ待て、これを食ってから相手にしてやると・・・、竜は薄闇に立つ人型に視線をくれてやる。
だが、敵は待たなかった。
目を灼くような光。そして訪れる目の利かない未知の感覚。
痛い。
何なのだ、これは。
恐怖と苦痛の混乱の中、竜は額に冷やりとしたもの感じた。
これは不味いと、本能が告げる。彼が幼竜だった頃には迷わずその直感に従っただろう。
たかが人型のと、経験が告げた。
本能と経験の鬩ぎ合いの中で、竜の体がわずかに硬直した。
生と死の分かれ目は、大抵、瞬間にかかっている。
直後、冷たいものが体を駆け抜け、くたくたと力が抜けた巨体が足下の石床に崩れ落ちた。
なんだこれは?
先程まで竜を支えていた熱が瞬く間に体から抜け落ちていく。
嗚呼、寒い。
水に中に浸かり続けた時のようで、体はもはやピクリとも動かず、竜の意識は闇に埋もれていった。
「やったか・・・」
自分と、ダークエルフの相棒以外の生命が存在しなくなった広間にトーレルの無味乾燥な言葉が落ちた。彼に言葉に応えるように、崩れ落ちた竜の巨体が数度痙攣し、やがて二度と動かぬものになる。
「セレナ・・・、いい作戦だったぜ」
ありがとう、と巨漢剣士の悲壮な声がセレナの耳を打つ。
いつもこうだった。この相棒は、強敵と生死をかけた戦いをして、相手を殺したときに喜ぶでなく、悲しそうな顔をする。まるで無二の親友を亡くしたような有様だった。
あ、やばい。
疼いた。何というか、相棒が可愛すぎる。
可愛すぎて困る。
トーレルにとって最高のコミュニケーションの代償は相手を失うことだ。先程まで濃密な時間を過ごした相手は二度と動くことなく、冷たい躯を迷宮の床に晒している。
・・・ああ、まったく。この世界は。
むにゅりと腰に柔らく暖かい感触。セレナの柔らかい体が押し当てられている。
うん、大丈夫だ。
これがあれば、俺は大丈夫だ。心の底冷えするような殺戮の夜も、セレナとなら超えて行ける。
・・・だが、あいつは耐えられるか。
火竜戦書き足すので少しお待ち下さい。→書き足しました。次回にようやく本当のギルド登録出来たらいいなあ。ご意見、感想お待ちしております。




