逃走
「というわけで、捕まえてきたのだが」
「おお、さすが本職は違うな」
何処かで誰かが話をしているらしい。他にも老若男女を問わ無い様々な声が、無意味な音の洪水になって、広場に満ちていた。そんな中で、霧崎の意識は常時ハッキリとしていた。あの河原で二胡を演奏している最中に、不意に体が動かなくなった。
異世界を侮ったつもりは無かったが、流石は、と言うべきか。何が起こるか分からない。今は既に、麻痺は解けている。ただ、両手両足を縄で拘束され、身動き一つ出来なかった。
「ふむ、ひどい髭だな。剃って顔を・・・」村長らしき男が、霧崎の顔を掴む。中年だと言うのに凄まじい力だった。
「ガあああぁぁあ!!」
「・・・生きがいいな。おい、俺が抑えている間に髭を剃れ」
抵抗虚しく、というか、ろくに身動きできない霧崎の髭がダークエルフっぽいお姉さんに剃られていく。確か俺を捕まえた二人のうちの一人で、もう一人の巨漢の方は、少し離れたところで剣の手入れをしていた。
完全に剃り終わったのか、女が離れると今度は村長の顔が目の前に来た。自分を棚に上げる様で悪いが、気持ち悪い、くそ、さっきのお姉さんに変更 を強く希望する。
そんな霧崎の思いは、当然無視して村長は確かめるように顔を撫でまわす。
「どうですか、貴方の息子ですか?」
「いや、違う。俺の息子は、もっと人間な顔立ちだ」
女の問いに対する村長の答えを、霧崎は憮然とした表情で受け取った。
「ではこれは?」ダークエルフの女の疑問に、
「好きにしろ・・・。刀の試し切りにしてもいいぞ」
村長は最早どうでもいいといった表情で返事をし、背を向ける。そして自分の家に戻っていった。それ以外の村人たちは未だ、事の成り行きを面白そうに見守っている。退屈な辺境の村に湧いた珍事。驚異、野人の実態と冒険者の実力二時間スペシャルと言う感じなのだろう。
入れ替わりに巨漢の剣士が、こちらに来た。剣士の手には刃渡り三尺の見慣れた、もとい既に霧崎の身体の一部と化した愛刀が握られている。
村長の言う通りだとしたら、かなり不味い事態だった。
巨漢の佇まいを見れば、ゴブリン師匠に匹敵するか少し下ぐらいの使い手だと推測が立つ。対して霧崎は四肢の自由が存在しない。凡百の剣士が相手ならこの状態でも何とかなるが、これは無理だ。詰んでいる。
「一つ、聞きたい」
巨漢が気楽な様子で話しかけてくる。余裕の表情は、ただ単に現状に対する自信だけではなく、この男は常にこういう態度なのだろう。
「二年前に、古代蛇を殺ったのはお前か?」
言われてみれば殺った覚えがあるが、それがこの男に関係あるというのだろうか?とりあえず頷いておく。
「・・・そうか」
霧崎の答えに満足したのか、巨漢は子供の様な笑みを浮かべ、
「ならば良し」
音も無く鞘から刀を引き抜いた。
さてどうするか。今、間違い無く霧崎は詰んだ。江戸風に言うなら土壇場。
ゆっくりと、刀は巨漢の頭上に引き上げられていく。岩を割るパフォーマンスも、鉄を斬る演武でもない。その単純な動作の底知れなさに、霧崎の背中に鳥肌が立つ。
おれは、死ぬらしい。異世界で、しかも全裸の緊縛状態という間抜けの二乗を晒したような形で。
それだけは、勘弁願いたいと思う。
腹が据わった。この一刀を避けて、縄を切らせ女を人質に取り逃げる。
明確な将来図を頭の中で辿る。巨漢の剣に縄を斬らせ、ダークエルフ女を人質にとって逃げる将来図だ。それを実行するために必要なことは何か?自然と霧崎の体はその在り様を微妙に変える。
二年の野生生活と、ゴブリン師匠の下で磨かれた生存本能の発露。
所謂、自然体。
巨漢の剣の軌道は、何かに勘ずいたのか霧崎の想像とはわずかに異な軌道をたどる。しかし霧崎は、その未来を既に先取りしている!!
懺、と手足の縄が断ち切られる。その音を耳にした霧崎の体は、女の背後に回り込み、その細頸に腕を掛けていた。
「ウごくnあ!!動ケばへシ折る」
霧崎の喉からゴブリン訛りのトェルン語が、朗々と広場に木霊した。
くそ、本来は・・・っ、・・・もう仕方がない。
我事において後悔せず、だ。
「そコの娘!!」とっさに指名した娘には何処かデジャブを憶えたが、今はそんなことはどうでもいい事だ。
「え、私ですか?」
「そウだ、ソ処の巨漢剣士ハ武器を下ろしテ、ソの武器を娘に渡セ、ムすめハ、俺のとコろに持っテこイ」
恐る恐る娘が近づくも、巨漢の剣を下げる気が見えない。
「トーレル!!」女の一喝が広場を支配した。
「・・・セレナ、しかし」
どうやら巨漢の名はトーレルで、ダークエルフの方はセレナさんと言う名前のようだ。
「いいから言う通りにしろ、多分野人は本気だ!!」
霧崎の見立てでは、セレナの方が状況判断が速そうだ。それに加えて、物分かりもいい。相棒の女の言葉に決心がついたのか、巨漢も武器を収め、娘に渡す。
「・・・行け」
巨漢の圧力に弾かれたように、娘は霧崎の方に辿り着いた。
「渡せ、」
言葉と同時に、空いた左手を見せ、娘から刀を受け取ると抜刀。女の首筋に突き付ける、尋ねる。
「セレナは動クな、俺の服やらナンやらはアるか?」
ダークエルフは優美な曲線の顎を縦に振り、質問に肯定の意を表した。
「でハ娘、ソこの巨漢を縛り上げてオけ、そしてオレの荷物を持ってまたこちらに来い、村人共、下手に動けバ女ノ首が飛ぶゾ。」
言葉の剣先で村人を牽制しておくが、まだ動こうとする奴がいるので、さらに言葉を連ねて警告をする。
「オレは一向に構ワない。だが、相棒を失っタそこの巨漢は暴れるゾ。さて、ソれでオレの剣ト、ト―れルの剣で何人死ぬか。試す気はナいヨな?」
我ながら卑劣すぎる気もしたが、生き残るためと霧崎は自分を納得させる。
そうこうしている内に巨漢を縛り上げた娘が、霧崎のの装備を持ってきた。
「二胡モ、ナイフも無事か。よし、娘。ソこのダークエルフを後ろ手に縛レ」
娘は押し黙って霧崎の指示に従った。
セレナを縛り終えたの事を確認して、霧崎も手早く服を着る。『竜の爪』を脇差の様に刀の鞘の横に差し、二胡の入った革袋を背負うと、いつもの重心が安心となって霧崎の身体に甦った。
「サて、セレナさん洞窟マで、来て貰おウか」
「断る、もう私には人質としての価値は・・・」
「あー、あー、ウるさい、来なければ・・・、ソうだナ。コノ娘を殺す」
「・・・わかった」
「先導シロ、道はオレが示す」
言って霧崎は、ダークエルフに刀を突き付けたまま先導させる。
村娘ではなく、このダークエルフを選んだのはそれなりに訳があった。
まず、村人の感情を煽らない。
次に、この世界のことをよく知ってそう。
最後に、話せば分かりそうだったからだ。
決して、霧崎の好みや、エロい事をしようなどと考えたわけでは無い。
書き足し投稿と言う形が不味いですよねやはり。一人の方が消えてしまいました(泣)。かなり寂しいです。
今回一番書いていて楽しかった。




