遭遇
初夏の山中は生命の息吹に溢れている。目の届く範囲ではまず広葉樹の緑が目に付き、ザワザワと何者かが蠢く音が聞こえてくる。
「ゴブリン十一氏族、キメラ、古代蛇、と聞くが・・・・、古代蛇は大したことが無かったな」
そう呟く、巨漢の足元には頭を両断され、焼き殺された蛇の死体が転がっていた。
巨大な蛇である。胴は大人の一抱えほどもあり、全長に至っては二十メートルを超えている。
「お・・・っ前さあ、トーレル。無駄な戦いを、いきなり始めるな」
近くの木陰で休んでいる女が心底疲れたように抗議の声を上げる。端正な顔立ちのダークエルフだった。褐色の肌は戦闘の余韻で紅潮していた。
「や、野人相手の肩慣らしに、と思ったのだが?どうだったよセレナ」
「勘弁してくれないか、もう」
休憩が済んだのか、セレナ立ち上がった。
「野人の、目撃情報はこの辺りの広葉樹林に多かった。探すぞ」
「おう、と俺が大声で叫ぶと逃げたりして」
「獣か!!」
大声で、獣避けとばかりに午前中いっぱい歩き回ったが、しかし野人の影も掴めない。痕跡なら多少は見つかるのだが、しかし歩き疲れると集中力も無くなってくる。
そんなこんなで、歩き回った二人は休憩のために河原に出ることした。
「死ぬ、いや生き返る程きつい・・・」
霧崎九郎は洞窟の前でひっくり返っていた。久々に師匠の洞窟に泊まり込んで、二日がかりの稽古をやった後なのだが疲れた。
ゴブリン師匠の稽古は、筋トレもランニングも、およそ一切の鍛えると言う事がない。その代わりに、自然な反応や、心の練磨、動作の正確性が求められる。意外なことにこれらの修行は、組み手よりも実戦性のある稽古だったりする。
例えば、心。
相手がナイフを突きつけてくれば心が揺れる。心の強張りは、そのまま体の強張りへと変わり、緊急事態に対する運動精度を絶望的に下げる。それは、生存確率的にに見て大変よろしくない。
心を水面の如く穏やかにすれば、体は自然に、無心に対処する。心身の動きは、おのずと一致し凄まじい力が出せると言う訳だ。だから、動作の正確性と、心の平静と、自然な反応は三位一体ということが最近分かって来た。まだ無駄な動きが無くならないが。
それで、心身ともに疲れた。
それ以外の感想は、今のところ二つ、進化したと楽しかった、だけだ。
そしてもう一つ、霧崎は山を下りる。もちろんたまに帰るつもりだが、一旦山を下りて、外の世界を見て回ることにした。というか、師匠がそれを薦めたのが昨夜のことであった。
理由はこの世界の言葉が話せるようになったから。
選別にゴブリン製の二胡が贈られた。昨日の夜、師匠の笛と合わせたが実にいい音で、近くのゴブリン達も集まって来たことを覚えている。
「ゆくか・・・」最後に師匠のいる洞窟に頭を下げ、二胡の入った獣皮の袋を背負うと、重さが寂しかった。とりあえず、川に向かうことにする。姿はどうしようもないが、清潔さぐらいは欲しいところだ。
「はい、という訳で川にきております」
ずいぶん低血圧な声で独り言をつぶやいて、服を脱ぐ。脱ぎ捨てる
場所は、針葉樹が多いほうの河原だ。虫よけである。
「しかし、誰も得しないだろうな、うん」
霧崎としては、美人な水の精霊が見れたらいいなと考えていたのだが、なんのことはない、水面に映ったのは髭面、乱髪の全裸男の姿だ。
時刻はいまだ、午前中と言うところか。
肌を刺すような水に飛び込み、ひたすら体を擦る。一週間ぶりの風呂だったが、垢がぼろぼろ落ちた。髪の毛も洗い、ついでに服も洗う。
この後は、服をその辺の河原の岩に掛けて、全裸な霧崎は日光浴兼昼寝で体を乾かし、時間が余ったら二胡でも弾いて暇を潰す、そんな予定だった。
服の水気を絞り、予定の全工程を終えた霧崎は一番大きい、平たい石に横になると、そのまま睡眠を開始した。
「・・・むう、」
目を覚ました霧崎が蒼天を仰ぐと、初夏の太陽はいまだに頭上にとどまって
強烈な日差しを地上の万物に浴びせていた。
「・・・くあぁ、」
心地よい山の陽気の下で、全裸の男が欠伸と伸びをかます。ついでに刀と二胡を引き寄せた。服はまだ乾いていないだろうから時間を潰す必要がある。
「さあて、どちらにするか・・・」
此処が想像力の見せ場だろうか?
ふむ、刀の場合。
「ちんちんぶらぶら、きんきんぶらぶら、だな」
人が見ていないとはいえ、その格好はあんまりだ。なんだかとても汚らしいものように思える。
「おっぱい、だと違うのだがな」
素振りの度に揺れる胸、ありだと思う。
「・・・うむ、いいんじゃないか」
再度、頷く。
それは冗談半分として、
「やはり二胡だな」
自然に囲まれた環境で、自然に帰った姿で楽器を奏でる。何とも風雅な感じで、にやっときた。背後の、針葉樹林を通る風が、霧崎の鼓膜をを優しく揺らす。
「見事だなぁ・・・」
霧崎の演奏ではあれに到底及ばないだろうが、まあ誰が聴いているもんでもないし、とリラックスした状態で霧崎は最初の音を聞いた。
「おい、トーレル。何か聞こえないか?」
この川の水音にまぎれて聴き取りずらいが、どことなく意味のある音が上流の方からダークエルフの耳に届いていた。
「俺には、分からないが何かあるのか、セレナ?」
「こっちだ」
足音を殺して、河原を上流へと遡っていくセレナの後を、多少遅れながらトーレルも付いていく。
「・・・聞こえるな、確かに」
陽気な中にも、どことなく寂しさを感じさせる旋律。竜の慟哭のような音が山々を渡っていく。
見事な旋律を邪魔しないよう気を付けながら、二人は、とうとう目的の人物まで辿り着く。
「・・・うわ」
言葉に成らない、感覚が二人を襲う。
野人なのか?否、変態なのか?
セレナが疑る様に、岩の上に座る男は、全裸で楽器を演奏していた。
「・・・いや寧ろ、あの姿だからこそ、この音が出せるのか?」
「・・・俺にはわからん、しかしセレナあれに害をなすと云うのは、」
声を小さくして、巨漢が女の耳元で囁いた。
「・・・・・・、」
「・・・セレナ?」
「・・・・・・、」
「・・・ふぅっ」
「ひゃぁ!!・・・耳に息を掛けるな!!」
うむ、とセレナの反応に満足気に巨漢は頷き、
「今のうちに捕まえようぜ?」
「む、・・・そうするか」
僅かに躊躇いをみせつつ、ダークエルフも相棒の提案に頷いて、腰から吹き矢を取りだし、手のひらの上に置く。針の先には東方のアッサシンから覚えた麻痺の毒が塗ってあった。
『飛べ』
風属性の魔法で飛翔した矢は、通常ではありえない軌道を取りながら、演奏に我を忘れる野人の死角から侵入する。
必中の一矢は狙い過たず、野人の首筋に突き立った。
「やったか?」
セレナの自信に満ちた表情で軽く顎を引く。同時に野人の身体は、大地に崩れ落ちた。
続きます。お気に入り登録が増えていました。登録してくれた人には、心の底からの感謝を捧げます。
しかし、魔法がしょぼいですねwww




