野人の正体
適当な話の進め方のせいで、どう着地させたものか・・・。
一度村に戻ったセレナとトーレルは感動の母子再会に涙した後、村長の家にこれまでの報告に行くことにした。今後の方針と、色々と聞かなくてはならないことが存在する。
「・・・という感じだが村長さん。それにしても、野人と言うのは凄まじいですね。古代蛇の首も切り落として、・・・ここら一帯では最強クラスの生き物ではありませんか?」
「まあ、恐らくなぁ、あやつも成長したということだろうか」
しみじみと、中年の男が息を吐いた。沈黙の場を夕日が赤く染め上げる。
静寂を切り裂いたのは村長の言葉だった。
「黙ってて悪かった、野人の正体はな、恐らく俺の息子なんだよ」
「・・・どういう、ことですか?」
セレナの詰問に茶を一杯飲んで、それから男は言葉を紡いだ。
「二年前、ここら一帯を一匹の古代蛇が荒らしまわっていたと話したよな。
「俺の息子は馬鹿でよう。その一月前に俺に剣の稽古で勝てるようになったことで、増長したのかな、刀を持って斬りに行った訳だ。その日以来帰ってこない。でも野人が刀を持っているんだぜ?期待しちまうだろ?」
なぁ?という男の問いにセレナも隣に座る巨漢も頷く。
「なるほど、それで無傷と言う訳か?御主人、その息子の剣の腕は?」
「あんたの足元にも及ばない程度だよトーレルさん」
「では、・・・剣に呑まれたな。古代蛇の鱗はそう簡単には切れんと、聞いたぞ」
「トーレル、お前・・・」
黙れ、と珍しくトーレルが声を大きくする。
記憶にあるのは、同門の剣士たち。稽古中に負のチャンネルが開き、剣に取りこまれ操れ、最後は仲間内で始末をつけた最悪が想起される。
「下手をしたら、狂戦士になっている可能性もある。そうなれば殺さないと止まらん」
「・・・殺すのか?」
「うむ、・・・・・・まあ可能性は低いとみているが」
巨漢の言葉に、村長は安堵の表情を浮かべる。セレナも別の意味で、大きく息を吐いたところで、話も一区切りついて、その日は解散となった。
これはどういうことだろうか?
仰向けに寝転がる霧崎九郎の上に肌も露わな妖艶なる美女がのっている。
これは、恐らく夢だ。こんな山奥に自分以外の人間がいるわけがない。
そう理性は美女の存在を否定するが、しかし腹には妙にリアルな柔らかさと温かさの感触が存在する。
夢だ、夢だと煩悶する間に下半身のほうは、既に臨界点に達しつつあった。
「こらえろ、こらえるんだ!」
ここは異世界、のさらに人里離れた山の中。ここで放てば、朝起きていたころには、死んでいるということもあり得る。
灼熱する霧崎の下半身が臨界点を超え、「白き生命の片割れ(ハーフ・リビング・スノーホワイト)」の超威力を開放しようと言う時に、頬の冷たい感触に叩き起こされた。
「・・・はっ」
眼を覚ましてみればそこは、昨夜、刀を振り回していた場所で、我を忘れて稽古に励むうちに力尽きて眠っていたようだ。その証拠に何本もの輪切りにされた木が転がり、寝転がった大地は草が千切れ、踏み荒らされていた。
寝ぼけ眼で「あの、・・・美女は?」と探ってみれば、刀を持たない左手が、裸の腹を撫でまわしていたようである。
とんだオチだった。羞恥心のあまり、その場でもうやたらめったらに刀を振り回し、般若心経を五回唱えたあたりで息が切れ始め、ようやく心が平静を取り戻した。
「むう・・・、溜まっているんだろうか?」
阿保なことを考えながら、霧崎は洞窟に戻り、残り火を大きくして猪肉を焼く。付け合わせは昨日の余りの岩茸で消化を助けることにした。と言っても昨日の今日だから、余り有難味が無いというか、美味く無いというか。
「・・・師匠のところに行く日だったか、今日は」
まあ、いいだろう。たとえその日で無くとも、間違えたならば怒られて帰ってくれば良い。
「土産には・・・、猪はきついかな」
師匠もかなりの高齢だ。肉類は負担になる。
という弟子の優しさで、今回の土産は岩茸と川魚に決定した。洞窟の奥から釣竿と岩茸の入った籠をを持ちだして川に向かう。刀を持つのは言わずもがなである。
霧崎の生活する洞窟から、北に約一時間。林立する広葉樹の森を抜け、針葉樹に切り替わる辺りに、ゴブリン師匠の暮らす洞窟はある。針葉樹は臭いが強く蟲の類を寄せ付けない。だから、やはり霧崎の暮らす洞窟も針葉樹林の中にある。
その一方で虫がいないということは、即ち、それらを餌にする鳥、小動物も存在しないと云うことで、そこには、生態系が無い。
理屈であり、道理だ。
ところがそういう場所では、やはり食料の確保に難儀する訳で、広葉樹の森を彷徨っていたところ、ゴブリンと人間が遭遇したという訳だ。
出会って数秒で戦闘開始、霧崎は瞬く間に制圧された。刀を持った霧崎対、目の見えない老ゴブリン。体格と武器の差は如何ともしがたく思われたが、ゴブリンが動いたと思ったときには視界が上下左右に二転三転して、気が付けば霧崎は組伏せられていた。
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
そのあと紆余曲折、色々あって弟子入りした後は、ゴブリン流格闘術、ナイフ術、楽器の演奏から動物の解体まで色々と学ばせてもらってきた。
まあ、刀の扱いに関してはなにも教わらなかったが、そこは卓抜した師匠との稽古と度重なる実戦で磨かれていったというところだろう。
そして、階伝の山刀(竜の爪製)を貰ったのが半月前で、これが久しぶりの訪問と稽古になるのだが。
それにしても、異世界で最初に霧崎を受け入れてくれたのが人間ではなくゴブリン―異種族だったとことは、どことなく人間というものの底を見た気がした。
まあ、師匠に言わせれば、お前はどことなく顔がゴブリンに似ている云々、だから親近感が湧くのう、と、つまり人外の顔だと遠まわしに言われ若干、霧崎が落ち込んだことをここに記しておく。
それにしても魚の釣れない日であった。魚影は見えると云うのに、霧崎にはまったくどうしてかは、とんと見当がつかないのだが、今日に限って餌に触れる感触さえ、まったくと言っていいほど存在しない。
それでも何とか耐えようと思ったが、しかし、そんなことには欠片の楽しさが付随せず、霧崎の精神衛生上余り宜しくないので止めにして、方法を変えて挑むことにした。
竿を其処らへんの岩に立てかけ、この季節にいつも持ち歩いている、腰の袋から銛の穂先を取りだす。材料は去年の今頃に、不意を打って殺したキメラが喰らっていたと思われる、鹿っぽい獣の様なモノの角で二時間かけて石で研いで作り上げた逸品である。予備は、後一本存在する。
「竜の爪」で手頃な木の枝を払い、さらに削って加工すると、穂先を装着して簡易な銛の完成だった。
もはや、台所のぼろ雑布と見分けがつかないぐらい擦り減った袴をたくしあげ、靴を脱ぎにかかる、(地下足袋は二カ月でダメになった。こんな物でもいつか役に立つ、と取っておいたら、珍品と言うことでゴブリン達と商談が成立し、ゴブリン靴と黒曜石のナイフのオマケ付きで交換してもらった。お互いにいい取引だったと思う)
その前に、川上の天気を確認する。
雲なし、虹なし、いい天気だった。
では、と靴を脱いだ霧崎は水面を乱さないよう静かに川の中に入った。膝下までしか無い水深は、初夏だと云うのにいまだに冷たく肌を刺す。
クヒヒと厭らしく笑う自分の顔が水面に映り自己嫌悪、水なんて嫌いだ。
とにかく、銛の方は調子がよかったようで、五分で八匹の魚をを上げることが出来た。これなら師匠と分けても丁度いいので、エラからしなりのある枝を通して担ぐ。
季節は初夏、師匠の洞窟までは急いだ方が良さそうだった。
そろそろ主人公を見つけて貰わないとなぁ




