第九話 メタチルスライム運搬狩り
「モモが俺の前を歩いてくれないと怪しまれるだろ」
「で、でもメタチル鉱山とかどこにあるか分からないよ~」
「とりあえず、街の外まで出てくれればいいから」
アハドンの東門を抜けると、なだらかな丘陵地帯の向こうに荒々しい岩肌を晒す山並みが見えてきた。
身を縮こまらせ、桃花の半歩後ろをトボトボとついていく。従魔を連れた竜人の少女という構図のおかげで、誰も俺を懸賞金5万ゴールドのモンスターだとは疑っていない。
山道を進むにつれ、周囲の人の密度が跳ね上がっていった。
「でも、すごい人だかりだね」
「そりゃあ経験値もゴールドも稼げるんだ、皆こぞって行くに決まってるだろ」
「大丈夫? 私たちの分も残ってる?」
「安心しろって、あいつらそう簡単には絶滅しないから」
辿り着いたメタチル鉱山の入口は、まるで休日テーマパークの入場待ちのような大混雑だった。
「あれを倒すんだね?」
桃花が指さす先──ゴツゴツとした岩場の上を、銀色に光るぶよぶよとした物体が、青虫のような緩慢さで這いずっていた。
メタチルスライム。
近くにいた大剣を担いだ前衛プレイヤーが、威勢よく斬りつける。
ガンッ!
鈍い金属音が響き、スライムの表面に浅く白い傷がつくだけ。頭上に浮かんだ赤文字の数値は──【1】。
続いて後衛の術士が放った火炎球が直撃するが、炎はスライムの銀色の皮膜に吸い込まれるように掻き消えた。ダメージ表示すら出ない。
「すごい、まったく効いてないね」
「まあな、あいつは物理ダメージを全て1にする上、魔法ダメージは全部無効にする」
「そんなすごいモンスター倒せるの?」
「まあ何回か攻撃加えてればいつかは倒せる」
俺は岩場へ歩み寄ると、足元で蠢く銀色の固まりを両腕でガバッと抱え上げた。
ひんやりとした重みが腕に伝わる。餅のように柔らかいが、表面は独特のぬめりと金属的な弾力がある。一匹、二匹、三匹……。
「それでマキマキ、そんなにスライム抱えてどうするの?」
「運ぶ」
「……何匹?」
「十匹くらい」
「そんなに持てるの!?」
「こいつらほとんど動かないからな」
両腕に抱えきれないほどの銀色の塊をタワーのように積み上げ、俺は悠々と歩き出した。周りのプレイヤーたちが「なんだあいつ……」「スライム抱えてどこ行くんだ?」と呆れ顔で道を開ける。
「今ここで倒す?」
「こんなところで倒したらハイエナにラスヒ取られるぞ。こういうのは捕まえておいてじっくり倒すんだ。ほらモモもいっぱい捕まえてこい」
「了解!」
移動速度が極端に遅く、反撃能力も皆無なメタチルスライムだからこそ成り立つ、この狩場では定番の効率的な狩り方である。
◇
鉱山から少し離れた、静かな森の木陰。
両腕に抱えていたスライムたちを、地面へどさどさと降ろす。
「よし、始めるからよーく見とけよ」
両腕を前方に突き出し、鋭い爪を交差させる。
体幹を軸に、コマのように身体を高速回転させた。
──物理ダメージが全て『1』固定なら、威力の高さなど意味をなさない。一撃の重さを捨てる代わりに、圧倒的な攻撃回数で削り切ればいい。
ガガガガガガガガガガガッ!!
森の静寂を切り裂き、工事現場のグラインダーのような激しい金属打撃音が木霊した。
【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】【1】──!
視界を埋め尽くす大量の『1』の乱舞。
回転の遠心力と鋭利な爪による怒涛の連続多段攻撃。銀色の被膜が激しい火花を散らし、スライムの体力を一瞬でミリ単位まで削り取っていく。
「い、痛そう……それ腕大丈夫なの?」
「思った以上にヒリヒリするな」
爪の先が少し擦り減り、腕に不快な痺れが残る。だが効果は劇的だ。
最後の一撃で弾け飛んだメタチルスライムが、大量の輝くゴールドと透明な鉱物素材、そして膨大な経験値のエフェクトへと弾けて消えた。
すぐさま次のスライムへ同じ回転攻撃を叩き込む。二匹、三匹。
その時、脳内に無機質なシステムアナウンスが響いた。
【レベルが上限値の30に到達しました】
回転を止め、己の掌を見つめる。
「レベルの上限が30? なんだこのシステム」
プレイヤーであればレベル上限など存在しないはずだ。逃亡生活の中で急速に成長してきた俺のステータスだが、ここで明確な壁にぶつかった。種族的な限界なのか、それともエラー個体ゆえのバグなのか……。
「もうマキマキレベル30行ったの? すごいね」
「これ以上俺が狩っても意味ないからな。HP1だけ残しておくからモモがラスヒをとってくれ」
「おっけ! ありがとうね!」
残ったスライムに一瞬だけ回転爪を浴びせ、ギリギリの体力を残して叩き伏せる。そこへ桃花が小さな短剣を突き刺し、最後の一撃を奪っていった。
ザシュッ!
大量の経験値が桃花に吸い込まれ、彼女の身体が柔らかな光に包まれる。
「あ、レベル上がったー!」
その時、茂みの奥からカサリと葉の擦れる音が聞こえた。
人影が一つ、姿を現す。背中に弓を背負ったエルフの女性プレイヤー。そして、その足元には──俺と同じ漆黒の毛並みを持つ、一匹のブラックエイプが従っていた。
激しい打撃音に引き寄せられてきたのだろう。
俺は即座に桃花の前へと立ち塞がり、全身の毛を逆立てて低く唸った。
(弓持ちの遠距離アタッカーか……ハイエナ狙いなら厄介だな)
「わ、別に邪魔しようとしてるわけじゃないんです!」
慌てて両手を挙げてみせるエルフの女性。
「えーっと? どちらさまですか」
言葉の通じない俺に代わり、桃花が一歩前に出て問いかけた。
「すごい音が聞こえたので、気になってしまって……それにしてもあなたのブラックエイプ、すごい攻撃技をお持ちなんですね!? どこで教えられたんですか?」
「えーっと? マキマキあの攻撃何?」
桃花が振り返り、こっそり聞いてくる。
「あれは双剣系の攻撃技の双刃風雷独楽だな。ただの猿真似だが」
「はい! ええとそうじん? ふうらいごま、という技です!」
「プレイヤー用の技を!? 頭のいいブラックエイプなんですね!」
「そうなんです! マキマキ頭いいんですよ! この前も数学教えてもらったんですよ」
「……すう、がく?」
エルフの女性がポカンと口を開けた。俺は思わず前脚で額を押さえそうになる。
なぜただの野良猿が数学を教えていることになっているんだ。滅茶苦茶すぎるだろ。
「あ、ああ、ええと……お姉さんのブラックエイプはどんな技をお使いになるんですか?」
冷や汗をかきながら、桃花が強引に話題を逸らした。
「リゾットでいいわ。この子は黒子。そうねえ、泥投げと爪攻撃、あと雄たけびも使えるわ」
「リゾットさん! よろしくお願いします! 私、モモっていいます!」
「モモさんね、よろしく。その子はマキマキちゃんって言うのね」
「はい!」
「それにしても……プレイヤーの技を覚えるブラックエイプ……私も黒子に弓を教えてみようかしら」
「わあ! いいですね!」
リゾットと楽しそうに笑い合う桃花。
すると、リゾットの傍らにいたブラックエイプ──黒子が、俺の方へと近寄ってきた。
「ウキキッ、ウキキキ!」
親しげに胸を叩き、何かを語りかけてくる。
(……悪い。お前が何を言っているのか、俺には全く分からん)
同じ種族の姿をしていても、俺の中身は生身の人間だ。モンスターの言語など理解できるはずもない。俺は引きつった顔で、フッと鼻で笑いながら軽く首を傾げておいた。適当な愛想笑いだ。
「ねえモモさん、いい機会だしフレンドにならない? マキマキちゃんの出会いとか話したいことが沢山あるわ!」
「あ、はい! お願いします!」
手際よくメニュー操作を行い、フレンド申請を交わす二人。
「それじゃあまた今度ねー!」
リゾットは爽やかに手を振ると、黒子を連れて森の奥へと去っていった。
その姿が完全に消えたのを見届け、俺はガシガシと頭を掻きむしった。
「それにしても数学ってなんだよ」
「ご、ごめん! ミスった!」
へへっと首をすくめて謝る桃花に、俺はハァと大きな溜め息をついた。
「まあいいや、残りのスライムも片付けるぞ」
「あいあいさー!」
◇
【モンスレ雑談スレッド Part 17】
101:名無しのスレイヤー
メタチル鉱山、人多すぎワロタ
102:名無しのスレイヤー
あそこ今めちゃくちゃ混んでるぞ
103:名無しのスレイヤー
金策効率いいからな
104:名無しのスレイヤー
メタチル運搬してる奴多すぎて草
105:名無しのスレイヤー
知らん奴から見たらシュールだよな
銀色のスライム抱えて走るプレイヤー
106:名無しのスレイヤー
あれ知らない奴は普通に攻撃してハイエナにラスヒ取られるんだよな
107:名無しのスレイヤー
メタチルは運んでから殺す
これ基本




