第八話 テイマーの街アハドン
サルツス密林の鬱蒼とした樹海を抜けると、視界が一気にひらけた。
目の前に聳え立つのは、高々と積み上げられた頑強な石壁と、その上を巡回する甲冑姿の衛兵たち。どこまでも広がる街道の先には、城壁都市がその威容を誇っている。
テイマーの街──アハドン。
城門の前には、様々なモンスターを伴ったプレイヤーたちが長蛇の列を作っていた。
「……あれがアハドンか」
「うわぁ……! すごい、お城みたい……!」
桃色の翼を小さく羽ばたかせ、目を輝かせる桃花。
俺はその半歩後ろへと身を引いた。少し頭を下げ、手甲のついた腕を前で小さく丸める。
意識的に距離を取り、従順な従魔のポーズをとる。
俺がスレイヤー登録を拒否されたエラー個体である以上、正体が露見すれば即座に討伐対象へ逆戻りだ。ましてや今は、頭に五万ゴールドの懸賞金まで賭けられている。
(頼むから、ただの野良猿として通り抜けさせてくれよ……)
手甲に嫌な汗が滲む。
門の前に立つ衛兵NPCが、じろりと俺へ鋭い視線を向けた。背筋を凍りつかせ、息を殺す。
「テイムモンスターをお連れの方ですね。アハドンへようこそ!」
「あ、はい! どうもー!」
桃花が平然と手を振ると、衛兵は俺を一瞥しただけで、何事もなかったかのように次のプレイヤーへ視線を移した。
(……ふぅ、助かった)
肺底の空気を小さく吐き出し、胸を撫で下ろす。
「マキマキ、ちゃんと大人しくできて偉いねー!」
「お前な……俺を犬か何かだと思ってないか?」
「だって今のマキマキ、完全に私のペットだったよ?」
「ペットじゃなくて従魔だ。……まあ、通れたからいいけどよ」
門をくぐり、一歩足を踏み入れた街の中は、想像を遥かに超える混沌と活気に満ちあふれていた。
通りを行き交うプレイヤーの肩には色鮮やかな小型鳥。
後ろを重厚な足取りで追う巨大な白狼。
頭上を優雅に旋回するミニチュアドラゴン。
中には、二メートルを超える巨躯のアイアンゴーレムを連れて歩く剛腕のテイマーまで存在する。
「すごい……! モンスターがいっぱいいるよ、マキマキ!」
「ああ……これなら紛れ込めるな」
サルツス密林で捕獲したブラックエイプを、そのままテイムモンスターとして引き連れている初心者プレイヤーの姿もちらほら見受けられた。俺とほとんどグラフィックの変わらない個体が、飼い主の後ろをうろうろと歩いている。
これなら、俺が普通に歩いていても誰も違和感を抱かない。
「それでマキマキ、これからどこ行くの?」
「うーん……そうだな」
身を寄せ合い、小声で話していると──後ろから甲高い声が割り込んできた。
「テイムモンスターを連れているそこの竜のお嬢さん! テイマーズアリーナの興味はありませんか」
振り返ると、黒いシルクハットに燕尾服を纏った、マジシャンのような男が立っていた。手に持ったステッキを回しながら、胡散臭い笑みを浮かべている。
「テイマーズアリーナ?」
男がステッキをくるりと回すと、その先端からパンッという音と共に華やかな紙吹雪が舞い散った。
「ご自慢の従魔を戦わせ、テイマーの頂点を競う一大バトルイベント! 優勝者にはなんと……優勝賞金10万ゴールドが贈られます!」
「10万!? 10万ゴールド!?」
桃花が肩を揺らし、身を乗り出した。
「マキマキ! 出ようよ、10万だって!」
「俺はパスだ。もっと別にやることがある」
「ははっ仲の良いテイマーさんだ心が通じ合っておりますな」
男はそう言って朗らかに笑ってみせたが、その目はまったく笑っていなかった。
男の耳には、俺の声など「ウキキ」という野蛮な鳴き声にしか聞こえていないはずだ。一人で猿の鳴き声とうなずき合い、真剣に会話を成立させている桃花の姿──それを、男はまるで頭の可哀想な狂人でも見るかのように、底冷えする蔑みの視線で見下ろしていた。
眉根が自然と寄る。
第一、10万ゴールド程度、俺の知っている金策ならすぐに集まるはずだ。今作で通用するかはまだ未検証だが……。
俺は男が手に持っていた、大会の詳細が書かれている紙へぐっと顔を近づけた。
「うわっ……!?」
泥と煤で黒く汚れた俺の巨顔が迫った瞬間、男はあからさまに不快感を顔に出し、引きつった手つきで紙をひょいと引っ込めた。これ以上、自分の綺麗な案内用紙を汚されたくないとでも言いたげな手つきだ。
「興味がおありでしたら受付までどうぞ~」
男は蔑むような投げやりな捨て台詞を残すと、翻すようにして足早に立ち去ってしまった。
「行っちゃった……。あ、『心が通じ合ってる』だって! 褒められちゃったね、マキマキ!」
「……そうだな」
「それでさ、さっきチラシをすごい顔で睨みつけてたけど、何か面白いことでも書いてあったの?」
桃花が首を傾げる。俺は丸めたチラシの端を爪で指し示した。
「……優勝予想投票の枠があったんだよ」
「優勝予想?」
「平たく言えば、賭けだな」
「えぇ……私、そういうギャンブルって嫌いなんだけど……」
桃花が露骨に眉をひそめ、唇を尖らせる。
「これを使えば、10万以上稼げるぞ」
「ほんと!?」
さっきまでの嫌悪感はどこへやら、桃花の瞳が瞬時に爛々と輝き出した。
「……やけに食いつきがいいな。お前、今所持金いくら残ってるんだ?」
「え? えーっとね……」
桃花が自分のステータスウィンドウを呼び出し、指先で操作する。
画面を凝視したまま、彼女の動きがピタリと止まった。
「……うーんと、700ゴールド……かな?」
「……」
俺は手甲で覆われた自分の額を、そっと押さえた。
「……ガキのお小遣いかよ」
「仕方ないでしょー!! 途中の街で防具買ったり、回復ポーション買ったりしたんだから! で、どれくらい稼げるの!?」
「……700ゴールドはあまりにも予想外すぎた。運が良くても、その倍率じゃ7万ゴールドくらいが限界だな」
「えー! 7万!? すごいじゃん大金だよ!?」
小躍りする桃花を他所に、俺はチラシに記載された『人気順位表』を再度脳内で反芻した。
第一人気:レッドドラゴン
第二人気:アイアンゴーレム
第三人気:ブラックウルフ
プレイヤー同士の戦いならともかく、従魔同士のオートバトルはステータスの数値が勝敗を分けるのだ。
元手700ゴールドでも、正しく張れば一瞬で跳ね上がる。
だが──。
(他人のモンスターに賭けて終わらせるより……)
チラシの端に書かれた参加費500ゴールドの文字。
もし、俺自身がモモの従魔としてアリーナにエントリーし、圧倒的な下馬評を覆して優勝したらどうなる?
優勝賞金10万ゴールド。
さらに、自分自身に大穴として金を賭けておけば──その儲けは数十万ゴールドへと跳ね上がる。
「……よし」
俺は拳を固く握りしめた。
「レベル上げも兼ねて、一回外に出て金策と調整をするぞ」
「えっ!? マキマキ、アリーナに参加する気になったの!?」
「まだ参加するとは言ってない。ただ……一山当てる準備をするだけだ」
「わぁっ! よくわかんないけど一がんばろう! えいえいおー!」
「おー」
桃花が突き出した小さな拳に、俺は手甲のついた大きな拳を軽く打ち合わせた。




