第七話 サルでワニを釣る
「そう遠くへは行ってないはずだ! 徹底的に探せ!」
密林の草木をかき分ける荒々しい足音と、プレイヤーたちの声がすぐ近くまで迫っていた。
(ちっ……なんて執着心だ。なんで俺たちが指名手配犯みたいに隠れ回らなきゃならないんだよ……)
前足で岩肌を強く握りしめながら、俺は背後を振り返る。
眼下の沼地を見下ろそうと身を乗り出し掛けた桃花の頭を、手で優しく押し下げた。俺たちはガルゲーターの巣窟を見下ろす、広大な岩座の頂上に身を伏せている。下からの視線に対しては完全な死角。ここでじっとしていれば、奴らはいずれ去っていくはずだ。
やがて、岩座のすぐ真下にある干上がった足場に、三人のプレイヤーが集まってきた。甲冑を固めた前衛職と、杖を構えた魔法職。その顔には長時間の捜索による色濃い疲労が滲んでいる。
「はー、歩き疲れた……。ここらで一度、スタミナ補給していかないか?」
「賛成。ガルゲーターなら肉もそこそこ高く売れるしな」
「じゃあ解体は俺がやる。お前、火を頼むぞ」
前衛の男がインベントリから取り出したのは、折りたたみ式の簡易調理台と小さな火口だった。
手際よく処理されたガルゲーターの肉が鉄板の上に並べられ、まもなくジュウジュウという刺激的な音を立て始める。
風に乗って鼻腔をくすぐる、こんがりと焦げた脂と肉の匂い。
ぐぎゅるるるる……ッ。
静寂の中、腹の音が鳴り響いた。
思わず隣を見ると、桃花が両手で自分のお腹を必死に押さえ、顔を真っ赤に染めている。
大量のスタミナを消費して俺を抱えて飛んでくれたのだ。お腹が空くのも無理はない。幸いにも、下のプレイヤーたちは肉を焼く音に夢中で、こちらの小さな音には気づいていないようだった。
「よし、スタミナも戻ったし、密林の東側を探しに行くぞ!」
「おう!」
満腹になった追手たちが装備を整え、足早に去っていくのを見届ける。
俺たちは足音を殺しながら岩座の影を滑り降り、その場から素早く離脱した。沼地のぬかるみに足跡を残せば追跡の痕跡になってしまうため、水気を避けて外周の硬い地表を迂回していく。
「それにしても、お肉いい匂いだったねぇ……」
桃花が恨めしそうに舌なめずりをしながら、自分の平らなお腹を擦っている。
「そうだな。じゃあ俺たちも、ちょっとスタミナ補給していくか」
俺は立ち止まり、黒濁した沼地の水面へと視線を向けた。
視線の先、背中の硬い鱗だけを水面上に出して漂う、巨大な影がひとつ。ガルゲーターだ。
ガルゲーターは厄介なモンスターだ。
一般的なプレイヤーが接近すると、すぐに水深のある場所へ潜り、背中側の極めて硬い皮膚を盾にして身を守る習性がある。初心者が正面から殴りかかれば、攻撃を弾かれ、武器の耐久値だけをガリガリと削られる初見殺しだ。
だが──今の俺はプレイヤーではなく、奴らにとっての格好の獲物に見えているはずだった。
「モモ、ちょっと離れててくれ」
「了解!」
俺が沼の縁へ一歩踏み出し、わざと隙を見せるように棒立ちになる。
瞬間、黒い水面が爆発した。
ザバァンッ!!
「……かかったな」
身を守るために潜るどころか、大きな顎を極限まで開き、俺を呑み込もうと巨体が空中に躍り出る。
巨大なワニが宙を舞う──その無防備な柔らかい白腹が白日の下に晒された。
踏み込み、右拳を限界まで引き絞る。
ガゴォッ!!
跳び上がってきたガルゲーターの腹部へ、下から突き上げるような渾身のカウンターパンチが叩き込まれた。
肉を穿ち、内臓を破壊する鈍い手応え。巨体は空中で一瞬停止し、そのまま放物線を描いて陸地へと叩きつけられた。
青いエフェクトの光を散らしながら、ガルゲーターがピクピクと痙攣し、やがて動かなくなる。
「ガルゲーター一本釣り、成功だな」
「おー! マキマキすごーい!」
パチパチと手を叩いて喜ぶ桃花。
だが、さっきの追手とは違い、俺たちには便利な簡易調理台も火種もない。解体ナイフ代わりに爪を振るい、入手した骨付き生肉の塊を前に、俺たちは顔を見合わせた。
「これ、どうやって焼く……?」
「私、ドラゴンだから火吐けるよ!」
胸を張り、小さなドヤ顔を決める桃花。
「ほう……やってみてくれ」
「任せて! いくよー!」
「あ、待て、ここで──」
止める間もなかった。
桃花が大きく吸い込んだ胸を膨らませ、勢いよく口を開く。
ゴォォォォォォッ!!!!
「熱っ!? あッ熱い熱い熱い!!」
視界が真っ赤な炎で埋め尽くされた。
肉どころか、肉を掲げていた俺の腕、そして全身が激しい火柱に呑み込まれる。
【火傷状態になりました】
「あっつ! あっついわ! 火力考えてくれ!?」
「ご、ごめん! 」
スリップダメージの激痛に耐えかね、俺は勢いよく横の沼地へと飛び込んだ。
バシャーン! と豪快な水柱が上がり、ジュウと音を立てて身体の煙が収まる。
ぬかるんだ泥から這い上がり、濡れ鼠ならぬ濡れ猿となった俺は、泣きそうな顔で平謝りする桃花へ溜息を吐いた。
「……よし、学習した。今度は地面に骨を突き刺して、離れた場所から焼こう」
ゴォッ……。
今度は慎重に、少しずつ火力を調整しながら炎を吹き付ける桃花。
やがて、肉の表面が香ばしい狐色に変わり、ジュワジュワと透明な脂が肉汁となってしたたり落ち始めた。
「よし、いい感じだ。いただきます」
手甲のついた指で熱々の骨を掴み、そのまま豪快に牙を立てる。
ぶつり、と歯ごたえのある弾力。
表面の香ばしい焦げ目の奥から、野生肉の濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。調味料など一切ないというのに、肉そのものの脂と味が噛むたびにじゅわりと溢れ出してきた。
「……うまい」
「どうよ、私の焼き加減は!」
「プロのシェフになれるかもな」
えっへん、と鼻を高くする桃花の姿を微笑ましく見つめながら、肉を飲み込む。
その瞬間、視界の端に爽やかな光の粒子が立ち上った。
【スタミナが回復しました】
「お……」
半分近くまで削れていたスタミナゲージが、目に見えてぐんぐんと回復していく。
かつての2Dゲーム時代にはなかった、VRMMOだからこそ実感できる味覚と満腹感。
「ごちそうさまでした! 美味しかったぁ……!」
骨の周りの肉まで綺麗に平らげた桃花が、満足そうにお腹を撫でている。
スタミナも全快し、体調は万全だ。俺は骨を投げ捨て、立ち上がった。
「さて……腹も膨れたし、行くか」
「うん! 次はどこへ向かうの?」
俺はサルツス密林のさらに東側──木々の隙間から見え隠れする、広大な平原の先へと目を向けた。
「サルツス密林を抜けた先にあるアハドンって街だ。そこを目指す」
「アハドン? どんな街だったっけ?」
「テイマーが集まる街だ」
俺の言葉に、桃花が「へえ!」と目を輝かせる。
テイマーの街。
モンスターを従魔として従えるプレイヤーたちが多く行き交う場所だ。
(テイマーの街なら、連れているモンスターが多少珍しくても目立たないはずだ。俺がモモの従魔のフリをして歩いていれば、変に怪しまれずに街の施設を使えるかもしれない……)
賞金稼ぎたちの目を盗み、追跡を完全に巻くための避難先としては格好の場所に思えた。
「よーし、出発進行ー!」
「ああ、追手が追いつく前に抜け出すぞ」
俺たちは密林のぬかるみを蹴り、テイマーの街アハドンへ向かって再び走り出した。
【モンスレ雑談スレッド Part 16】
201:名無しのスレイヤー
黒猿追跡組、サルツス密林で見失ったらしいぞ
202:名無しのスレイヤー
そこ入られちゃおしまいだわな
203:名無しのスレイヤー
でも密林の奥まで行ったんだろ?
204:名無しのスレイヤー
ガルゲーター沼まで行ったっぽい
205:名無しのスレイヤー
あそこブラックエイプも近寄らない場所じゃん
206:名無しのスレイヤー
じゃあ黒猿詰んだな。ワニに食われて死んだろ
207:名無しのスレイヤー
いや、さっきガルゲーター肉焼いて食ってたパーティーが目撃したらしい
208:名無しのスレイヤー
追跡中に料理してて草
209:名無しのスレイヤー
スタミナ回復は大事だからな
210:名無しのスレイヤー
そういやガルゲーター肉って旨い?
211:名無しのスレイヤー
普通に旨いぞ。ただ焼き方ミスると激硬になる
212:名無しのスレイヤー
俺は硬くて無理だったわ
213:名無しのスレイヤー
焼き方が悪い定期
214:名無しのスレイヤー
ところで黒猿の追跡組、まだ5万狙ってる奴いる?
215:名無しのスレイヤー
いや、今は放置された黒猿の素材拾い目的で密林入ってる奴の方が多いwww




