第7話 言葉は人を照らす
第7話 言葉は人を照らす
夜会の始まる頃、庭園には色とりどりの花が咲き、夕暮れの風が甘いバラの香りを運んでいた。咲良は朝露をまとったような淡い水色のドレスに身を包み、髪には白い小花を一輪だけ飾って静かに会場へ足を踏み入れる。厨房では料理人たちが焼きたてのパンを籠へ並べ、香ばしい肉料理の匂いが廊下まで漂っていたが、咲良は配膳を手伝う若い使用人が重そうに皿を運んでいる姿に気づくと、自分の裾を少し持ち上げて歩み寄った。
「少しお持ちしましょうか。」
使用人は驚いた顔をしたあと、小さく頭を下げた。咲良は銀の皿を一緒に運びながら、「今日のお料理、とてもおいしそうですね」と笑顔で話しかける。料理人は照れくさそうに帽子を押さえ、「朝から何度も味を見直したんです」と頬をゆるめた。その様子を見ていた庭師も、胸に差していた剪定ばさみをそっとしまい、「花も今日はうれしそうだ」と独り言のようにつぶやく。咲良が通り過ぎるたび、会場には小さな笑顔が一つ、また一つと増えていった。
離れた場所からその光景を見つめていた蓮は、胸の奥が静かにほどけていくような感覚を覚えていた。豪華な宝石を身につけた令嬢は大勢いたが、料理人へ礼を言い、給仕へ微笑み、庭師へ頭を下げる人はほとんどいない。人は美しい服に目を奪われるものだと思っていた蓮は、自分の考えが少しずつ変わっていくのを感じながら、自然と咲良の前へ歩み寄った。
「一曲、踊っていただけますか。」
咲良は驚いたように目を丸くしたあと、両手でドレスの裾を軽くつまみ、丁寧に一礼した。
「はい。喜んで。」
音楽が流れ始めると、二人はゆっくりと広間を回る。窓の外には丸い月が昇り、磨き上げられた床へ淡い光が映っていた。蓮はぎこちなく手を差し出したが、咲良は歩幅を合わせるように優しく微笑み、ときおり「大丈夫ですよ」と小さく声を掛ける。その一言だけで肩の力が抜け、蓮はいつの間にか自然に足を運んでいた。
「君といると、不思議と世界が明るく見える。」
咲良は少し照れたように視線を落とし、それから月明かりの差し込む窓辺へ目を向けた。
「きっと言葉が光を連れてきてくれるからです。私もたくさんの方の優しい言葉に助けられて、今日ここに立っています。」
蓮はその言葉を胸の中で静かに繰り返した。夜会が終わる頃、使用人たちは余ったパンを包んで持ち帰る支度をし、庭師は花壇へ水をまいていた。蓮は帰り際、誰もいない回廊でふと口元を緩め、自分から笑っていることに初めて気づいた。その笑顔を見上げるように、一羽の雀が夜空を横切り、静かな羽音だけを残して飛び去っていった。




