第5話 夜会への雑用係
第5話 夜会への雑用係
朝から屋敷は落ち着かない空気に包まれていた。咲良は井戸で汲んできた水を台所へ運び、焼きたての丸パンを籠へ並べる手伝いを終えると、まだ湯気の立つ野菜のスープを急いで口へ運んだ。窓際には洗い終えた白いテーブルクロスが風に揺れ、庭では庭師たちが色とりどりの花を馬車へ積み込んでいる。今夜は貴族たちが集まる花の夜会が開かれ、静江と百合も招待されていた。
百合は淡い桃色の絹のドレスを鏡の前で何度も整え、金色の髪飾りを何度も付け替えていた。静江は香油を百合の肩へ少しずつ塗りながら、「今日は一番美しい娘だと思われなさい」と何度も言い聞かせる。その隣で咲良は生成り色の質素なワンピースに白い前掛けを結び直し、花籠や荷物をまとめて馬車へ運んでいた。
「咲良、その籠もお願い。」
「はい、お任せください。」
咲良は笑顔で頷くと、両腕いっぱいに花籠を抱えた。重さで指先が赤くなっても歩く速さは変わらず、こぼれ落ちそうな花びらを一枚ずつ拾い上げながら丁寧に積み直していく。その様子を見ていた若い使用人は、小さく息をついていた表情をゆるめ、一緒に荷物を持ち上げ始めた。
夜会の会場は大きな庭園に囲まれた館だった。甘いバラの香りと焼きたての肉料理の匂いが風に乗って漂い、噴水の周りでは色鮮やかな花々が夜風に揺れている。咲良は客席へ向かうことはなく、厨房と庭を何度も往復しながら皿を運び、空いた籠を片づけ、庭師が落とした小さな剪定ばさみまで拾って歩いた。
「この花、とてもきれいですね。」
庭師へそう声を掛けると、年老いた庭師は照れくさそうに帽子を取り、
「ありがとう。三年かけて育てた花なんだ。」
と嬉しそうに笑った。
厨房では料理人たちが忙しく鍋をかき混ぜ、焼きたての鶏肉へ香草を散らしていた。咲良は空いた皿を静かに重ね、床へ落ちたパンくずを布で拭き取ると、湯気の立つ鍋へ目を向けて微笑む。料理人は汗を拭いながら首を傾げた。
「こんなに忙しいのに、よく笑っていられるね。」
「皆さんのお手伝いができてうれしいです。」
その一言に、料理人は思わず声を上げて笑い、隣で皿を磨いていた若い使用人も肩の力を抜いた。
夜が更けるにつれ、庭園には笑顔が少しずつ増えていった。花を飾る庭師も、料理を運ぶ使用人も、最後には互いに「ありがとう」と声を掛け合うようになっている。咲良は荷物を抱え直しながら、その様子を静かに見つめ、胸元にしまってある小さな帳面へ帰ったら今日の出来事を書こうと思った。
「今日は、たくさんの人と笑顔になれました。」
その言葉を心の中でそっとつぶやきながら、咲良はもう一度花籠を抱え、夜風の吹く庭園へ歩き出した。




