第8話 侵攻
「……急に何言ってんだ、お前」
これまで、エリナはどっちつかずの態度を取っているように見えた。だが、こうして正面から向き合って、ようやく分かった。
これは明らかな敵意だった。静かで、落ち着いている。けれど、先ほどの癇癪持ちの少年よりも、遥かに密度の高い殺意を帯びている。
「同じ王族――いえ、王位を継承する権利を持つ者として、問わせていただきます」
深く考えなくても、その言葉の真意は汲み取れた。満足のいく返答がなければ、代わりに自分が王になってやる。そう言っているようなものだった。分かりやすい挑発だ。そもそも、ロゾの息子にあたるガスト王子を、エリナが歓迎しているはずもない。
詰め寄るエリナに対して、ファラクは後退することも、まともに返答を返すこともしなかった。
「この国を背負って立つ覚悟があるのですか?」
それでもエリナは問い続ける。一度、ロゾ王の息子という偏見を捨て、ガストという人間そのものを測るために。
「……フッ」
しかし、その想いは。その願いは。ファラクの嘲笑と共に、無惨に砕け散った。
「知るかよ、そんなクソみてぇなもの。あるわけねぇだろ」
「――っ」
僅かに抱いていた期待。それを裏切られる形となったエリナは、強く唇を噛み締める。続くファラクの言葉を、嫌悪と共に受け止めた。
「遺書とやらで呼び出されたから、仕方なく王をやってるだけだ。国を背負う覚悟? 笑わせんな。この国が滅ぼうが、ぶっ壊れようが、知ったこっちゃねぇんだよ」
エリナが目の前にしたのは、純粋な悪だった。
それは、野盗の頭が持つ醜悪な性質そのものだ。
高潔で、民を想う彼女のような人格者が触れてしまえば、殺意を煽られることなど造作もない。
シュルクのような失態はしない。だが、王の立場にあるファラクの襟を掴み、睨みつけるその行為は、どの国においても反逆罪に該当する。
「それで? ここからどうすんだよ、お前。そのまま背負い投げでもしてみるか?」
後ろの給仕たちだけではない。周囲には兵士を含め、数人の野次馬が集まり始めていた。シュルクの時は、ファラクが黙ってさえいれば事を大きくせずに済んだ。だが、今回ばかりはそうはいかない。これからエリナが取る行動次第で、今後の運命が確定する。
「……いい加減、手を離したらどうだ、クソ女。お前の大好きな王位継承権を失うことになるぜ?」
時間にして、およそ二十秒。エリナは唇を噛み締めながら、ようやく手を離した。それでも、ファラクへ向ける視線の険しさは変わらない。
「私は認めない。認められない。貴方のような男が、この国の王になることを」
「勝手に悪だと決めつけんなよ。そもそも本当にクソ王だったら、今頃テメェもあのガキも首が繋がってねぇだろうが」
王女エリナとファラクの考えが噛み合うはずがない。それは、問答が始まる前から互いに分かっていたことだった。
それでもエリナは賭けていた。父が王になれなくとも。自分がこの国の王になれなくとも。それでも、この国が変わるかもしれない僅かな奇跡に。だが、少なくともファラクという男を知った今、エリナの胸中に、彼が統べるガラル王国が平和で豊かになる未来を描くことはできなかった。
◇◆◇
ファラクとエリナが対峙し、舌戦を交わす数時間前のこと。ガラル王国へ向けて侵攻を始めた二国のうち、一国はすでに王国領内へ侵入していた。
「あの赤い煙は何かしら」
白髪に青い瞳を持つ少女が、隣の大男へ問い掛ける。
「ありゃ敵襲の報せだな、セブン。ガラルの奴らが、国境の防衛隊を全滅させられる前に打ち上げたんだろ」
鮮血を浴びた鉞を肩に担ぐ男は、上空へ舞い上がる赤い煙の行方を追いながら答えた。
「ガラルは随分と悠長なのね。普通は敵が国境に近づいてきたら迎え撃つでしょ」
「王不在の国ってのはそんなもんだろ。なりたてのひよっこ王子じゃ、そこまで機転が利かねぇよ」
「……そういうものかしら」
蒼炎の不死鳥を象徴とする大国、アクアブルク。別称、水の国。その軍勢は一万五千の兵を率いたまま、ガラル王都へ向けて領地を北上していた。
「そういえば、反対側からアヴェルも来てるんでしょ。私たちが動いてること、気づかれてる可能性はある?」
弓を背負った少女、セブンは馬に騎乗しながら、同じく隣で進軍している戦士、ガイマンへ問い掛けた。
「気づかれてることはねぇだろうが、面倒なことになるのは確かだな。あそこはガラルと盟を交わしてる」
「そうよね。てことは、そっちも相手にしなきゃいけないわけ?」
「いや、その憂いはもう晴れてる」
ガイマンはそう言うと、懐から一枚の紙を取り出し、セブンへ渡した。
「同盟軍?」
そこに記されていたのは、隣国である貿易商業国家カリオンとの盟約だった。
「ガラルの領地は全てアクアブルクが貰い受ける。だが、鉱山資源の産出権に関してはカリオンに譲渡する。今回の侵攻は、ガラルの連中の手に余った領地と資源、そのほか諸々を全部回収しちまおうっていう、あちらさんからの呼びかけで始まった戦だ。武力の国が加勢してきたところで、こっちは兵力が足りてる」
用意周到。負ける理由は見当たらない。そう言わんばかりの説明をした後、ガイマンは自身の大胸筋を強く叩いた。
「腕が鳴るだろ? 弱い者いじめほど楽しい戦はねぇからな」
「堅気みたいな顔しておいて、意外とクズよね、アンタ」
ガラル王都襲撃戦まで、残り三日に迫る。




