第6話 各国の思惑
悪政国ガラル。そんな不名誉な肩書きを背負わされた国の王が、新しく生まれ変わる。その噂が大陸中に広まったのは、旧王ロゾが崩御してから間もない頃だった。
ガラルは小国ながら、魔法を応用した武器や防具の製造に欠かせない魔晶石の発掘が盛んな国である。大陸全体に埋蔵されている魔晶石のうち、およそ四割がこの国に眠っていると言われていた。だが、先代王ロゾはその資源を多くの国へ共有しなかった。魔晶石の多くは、和親条約を締結している一つの国へ優先的に流されていた。
その国の名は、武力国家アヴェル。大陸に散らばる各国の中でも最強と謳われる騎士団を擁し、たとえ複数の国が同時に攻め寄せたとしても屈することはないとされる、まさにその名に相応しい王国だった。
そんなアヴェルから、一通の書簡がガラルへ届いた。王子帰還の儀が行われた翌日のことだった。
「アヴェルの姫が、ガラルに?」
早朝七時、王城から少し離れた場所にある王宮殿で、ファラクは朝食を摂っていた。タバフを含めた文官たちの許可を取り、これまで身の回りの世話をしていたという建前で専属の給仕にしたヴィディア。
そして、祝宴の際に目をつけた美女給仕、リオナ。その二人を王宮殿へ迎え入れてから、初めての朝だった。
「はい。何でも、王子帰還の儀に参加できなかった非礼を詫びたいそうで」
リオナが緊張した様子で告げる。ファラクは骨付きの鶏肉にかぶりつき、面倒くさそうに眉を寄せた。
「ったく、面倒くせぇな。王ってのは、そういう役目まであんのかよ」
肉を噛みちぎりながら考える。もちろん考えているのは、どう逃げ回るかについてだった。
「蹴ることはできねぇのか?」
「そ、そんなことしたら殺されちゃいますよ」
「だったら先に殺す。だよな、ヴィディア?」
「……そうね」
返ってきた声は、明らかに不機嫌だった。ファラクの専属給仕の指名は、表向きには平穏に片付いた。多少の意見や異議は出たが、そこは王の絶対決定権を使わせてもらった。予想外だったのは、ヴィディアがリオナの採用に不満を持っていたことだろう。
朝からずっと、この不貞腐れた態度を継続している。
「いくら何でも無茶ですよ、王子様。相手は大陸最強って言われてる武力国家アヴェルなんですから」
ヴィディアの様子に気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか。リオナはファラクとの会話に夢中で、そちらに触れようとする気配がまるでなかった。これが意図的だとしたら、相当な食わせ者である。
容姿以外にも何か引っかかるものがあったから採用したのだが、その勘は案外外れていないのかもしれない。
「和親条約だっけ? それを結んでるなら、断ったとしても簡単にはキレてこねぇだろ。それでも攻めてくるってなら、本当にやってやるだけだ」
プレートに乗せられた朝食を平らげ、ファラクは席を立つ。その振動で倒れかけたワイン入りの杯を、リオナが慌てて直した。そして、すぐに王宮殿を出ようとするファラクの背後を追いかけ、行き先を尋ねてくる。
だが、ファラクの中に確定した行き先などない。あるのは、今すぐ面倒事から離れたいという思いと、王としてやらなければならない最低限の仕事だけだった。
「エリナって女と会ってくる。アヴェルの件は、適当にタバフのジジイに伝えとけ」
リオナは元々、生活圏の雑務を押し付けるために雇った女だ。そういう関係になる気はない。
万が一そうなった場合、後ろで控えているヴィディアが何をしでかすか分からない。
「いいかげん機嫌直せよ。別にアイツを抱いたわけじゃねぇんだから」
「……これからも?」
「さぁ? アイツ次第じゃねぇの」
「その時はエルザを呼ぶ。うん、絶対呼ぶから」
直ったと思っていたヴィディアのこの性格。
一家を離れたせいか、再び戻りつつあるらしい。それはファラクにとって、なかなか痛い問題だった。なぜなら、このままではずっとついて来そうだからである。
「連れてきた意味、覚えてるよな?」
「ええ、覚えてる」
「専属にした以上、王城から姿を消しても王国の連中に怪しまれることはない。さっさと今の情報を一家に伝えてこい」
近況連絡の橋渡し。それが、ヴィディアに与えた重要な役目だった。この国を乗っ取るにしても、このままの体制で運営するにしても、アザゼル一家の存在は欠かせないだろう。国王としても、アザゼル一家の頭としても、あの連中を切り離すことはできない。
「分かったわ。ちなみに、もし女を作ってたら、アンタをエルザに殺してもらうから」
「だとしても、アイツをここに呼ぶなよ? こんな王族の巣窟、エルザにとっては絶好の狩場になるんだからよ」
これは冗談ではない。真面目にそうなってしまう。今回の王子成り代わり計画も、元を辿ればエルザがガストを殺したことが発端なのだ。
「じゃあ、ガンツ――は駄目か。ファラク全肯定マンのアイツを呼んでも意味ないし。だとしたら」
「もう行け」
「……絶対、早く帰ってくるから」
ヴィディアはそれだけ言い残すと、一瞬にしてファラクの前から姿を消した。
それは魔法ではない。盗賊が生き延びるために身につける体技、その術の一つだった。
「面倒くせぇのがいなくなったし、そろそろやることやるか」
ファラクはこれからすべきことを頭の中で整理しながら、王宮殿を後にした。
まずは、この国を完全に自分のものにすること。離れて暮らすアザゼル一家のこと。タバフら文官を含めた連中との関わり。
どれも無視できない問題だった。それに、噂でしか聞いていないエリナ王女と、その父であるカルロを含めた騎士団とも、まだ繋がりを持てていない。王国を運営していく立場上、使えるものは使う必要がある。たとえ薄っぺらい関係だとしても、繋がりを作っておくことに意味はある。
「――ちっ。本当に面倒だな」
リオナの話では、エリナ王女はよく庭園の花に水をやっているらしい。ならば、まずはそこから潰すとしよう。ファラクはそう考えながら、王城の門を潜った。だが、ガラル王国の運営を億劫に感じているファラクの手を煩わせる厄介事は、一つではない。和親条約を結ぶアヴェルの他にも、二つの国がガラルへ近づこうとしていた。しかし、その二国にはアヴェルとは大きく違う点が一つあった。
目的は、国交を結ぶことでも、資源を獲得することでもない。戦争によって、ガラルから全てを奪うこと。その事実に、ファラクを含めたガラル王国陣営は大きな衝撃を受けることになる。
しかしこの時、そのことに気づいている者は、まだ誰一人としていなかった。




