第4話 作戦会議②
「王子に成り代わって国を乗っ取る?」
それは、ロゾ王の一人息子であるガスト王子が死亡した当日のことだった。ヴィディアが持ち帰った情報を幹部たちが整理し、今後の方針を話し合う中で、ファラクが奇想天外な策を口にした。それが、全ての始まりだった。
「正気っすか? まじで言ってます?」
テリは思わず問い返した。ふざけているわけではないと分かっている。けれど、そうであってほしいと願わずにはいられなかった。王子に成り代わるなど、普通なら真っ先に切り捨てるべき狂気の案である。
「俺が話し合いで、一度でもふざけたことがあったかよ、テリ」
「いや、それはそうすけど……」
テリは言葉に詰まった。ファラクは普段こそ適当に見えるが、会議の場で無意味なことは言わない。だからこそ厄介だった。この男が今の案を口にしたということは、少なくとも本人の中では勝ち筋が見えているということになる。
だが、それをすぐに納得できるほど、テリも単純ではない。
テリは周囲へ視線を向けた。真っ先に助け舟を求めたのはヴィディアだった。この場で自分を除けば、幹部の中で最も冷静に状況を見られる相手だと思ったからだ。しかし、ヴィディアの反応はテリの予想を大きく裏切った。
「ファラク。貴方、もしかして既に王都の情報を掴んでいるの?」
静かに口を開いたのはヴィディアだった。
さすがに話の本質を見抜くのが早い。王子に成り代わるという案は、王子が死んだという事実だけで成立するものではない。王都側の状況、王子の立場、継承の仕組み、その全てが噛み合って初めて意味を持つ。
「王都の情報? それって、今さっきヴィディアが言ってた王子の話か?」
状況を正確に理解できていないガンツが、緊張した空気を壊すように問い掛けた。
もっとも、本人にそのつもりは一切ない。ただ疑問に思ったことを、そのまま口にしているだけだ。
「それは、この辺りで一番近い村から得た話よ。王都での詳しい話は、まだ聞けていない」
「あ? どういう意味だよ」
ヴィディアの一言で、ガンツ以外の幹部は彼女の言いたいことを何となく理解した。そしてそれは、これまで黙っていたダリアの興味を引くほどの内容でもあった。
「やっぱり信用できないわ、アンタ」
ダリアの言葉が、場の空気をさらに複雑なものへ変える。
「何がだよ、ダリア」
ファラクは一瞥することなく、ヴィディアと向き合ったまま反応した。
「王都って、ここから半日はかかる場所よね? そんなところの情報を、どうしてアンタがもう知ってるのよ」
王子を守っていた護衛兵を全滅させ、城を占領してからおよそ六時間が経過している。散策隊の報告で、殺した相手が王子だと明らかになったのはつい先ほどのことだった。にもかかわらず、ファラクはその先の王都事情まで把握しているように見える。
それがなぜなのか。ダリアを筆頭に、幹部たちは狐につままれたような気分になっていた。
「はっ! なるほど、そういうことか! 分かったぜ!」
すると、何が分かったのか、ガンツが突然大声を上げた。その声が、張り詰めた空気を見事に破壊する。
「何が分かったわけ、ガンツ」
どうせ的外れなことを言うのだろう。そう思いながら、ダリアは鼻で笑って尋ねた。
「やっぱお頭はすげぇってことだよ!」
「「「は?」」」
会議が始まってから一時間弱。ここに来て初めて、幹部全員の視線がガンツへ向けられた。
「アンタ、さっきから何言って――」
「だから、すげぇってことだろ!? 普通の奴じゃ知れねぇことを、もうお頭は知ってんだからよ!」
ダリアが問い詰めようとしても、熱弁するガンツの耳には届かない。今度はダリアがテリへ助け舟を求めるように視線を向けたが、テリは静かに首を横へ振る。救援は虚しく拒否された。
それでも、ガンツの興奮は収まらない。
「今までもそうだったよな! アザゼル一家は、今じゃ五百そこらしかいねぇ小規模盗賊だってのに、千や五千いる王国軍や野盗集団を何度もぶっ飛ばしてきたんだからよぉ!」
言いたいことをただ叫んでいるだけに見える。
だが、その言葉の中に含まれていた事実を、テリもヴィディアも、そしてダリアも聞き逃さなかった。
これまでの不可思議な勝利。怪我人は出ても、死者をほとんど出さなかった圧勝劇。その決め手となったファラクの行動が、いつも明かされないこと。
そこには、何かカラクリがあるのかもしれない。
もしかすると、自分たちはまだ、ファラク・アザゼルという男の底を測りきれていないのではないか。テリとヴィディアが再び深く考え込もうとした、その前に声を上げたのは、ここまで幹部たちの反応を眺めていたファラクだった。
「ガンツ。今、一家を小規模って言ったな? 取り敢えず今日のメシは半分な」
「えっ!? い、いや、それはまじ勘弁――!」
ガンツが狼狽える。だが、その姿を最後まで見るよりも早く、ファラクはテリとヴィディアの方へ視線を移した。
「お前らも落ち着け。別に、こういうやり方は今回が初めてじゃないだろ」
「……あ?」
テリが言葉にならない声を漏らす。
「……え?」
ヴィディアも同じような反応を見せた。
二人とも、アザゼル一家が創設された頃からファラクのことを知っている。そして同時に、ファラクの父であるカイム・アザゼルのことも知っている。今の曖昧な言い方は、テリとヴィディアにとって十分すぎるほどのヒントだった。
「それとダリア」
二人の反応に戸惑っていたダリアは、不意にファラクから声を掛けられて言葉を詰まらせた。
「な、なによ」
「どんなことをしても復讐するんだろ? だったら、何をしようと黙って見てろ。お前の願いは必ず叶えてやる」
「――っ!」
ファラクの言葉に、ダリアは大きく目を見開いた。わずかに握られた小さな拳が震える。怒りなのか、驚きなのか、それとも別の感情なのかは分からない。
ダリアはしばらくファラクを睨んでいたが、やがて小さく吐き捨てる。
「……うっざ」
それだけ言って、自分の席へ腰を下ろした。
ダリアに続き、テリ、ヴィディア、ガンツも席に着く。幹部たちの視線が、静かに立ち上がるファラクへ集まった。
「安心しろ。責任もって、お前らを幸せにしてやる。アザゼル一家の頭に二言はない」
暴力で支配する者がいるなら、暴力で支配し返す。権力で支配してくる者がいるなら、権力で支配し返す。アザゼル一家がやることは、昔から何も変わらない。
「これから作戦を伝える。耳をかっぽじってよく聞けよ、お前ら」
――そして、物語は王子帰還へと戻る。




