第2話 作戦会議①
元々拠点にしていたフィオネ王国領地を発ち、隣国である小国ガラルへ移動したアザゼル一家が見つけた廃城。
そこは、これまでファラクたちが暮らしていたボロ小屋や洞穴とは比較にならないほど住みやすそうな場所だった。
さすがに同胞全てに個室を与えることは難しい。だが、幹部一人ひとりに部屋を用意するくらいなら造作もない。少なくとも、これまでのように雨風を凌ぐためだけの住処とは違う。
食堂だったと思われるこの部屋も、二十人程度なら余裕で入るほどの広さを誇っていた。
これほどの規模となれば、相当有力な貴族が保有していた城だと考えられる。だからこそ、先ほどダリアが殺した男の身元は気になるところだった。
もっとも、その最も重要な情報は、周辺の村や街に潜らせていた散策隊が戻るまで分からない。
今はひとまず、アザゼル一家のこれからの動きについて、ファラクと幹部を含めた五人で考えを擦り合わせていた。
「しばらくはここに住むんだろ? 村も森も近くにあるし、立地はまじで神ってる。てか、部屋割りして早く休もうぜ〜テリ」
「先に掃除だ、馬鹿ガンツ。まずは死体の山と埃まみれの部屋をどうにかすんだよ」
憧れだった城の居住権を得て浮かれているガンツとは対照的に、テリは周囲の状況を冷静に見ていた。
議論になると、いつもこの二人は衝突する。どうやら環境が変わっても、その関係までは変わらないらしい。
「今日はいいだろ!? 誰もいねぇと思って来たら、クソみてぇな数の敵兵がいやがってよ! あれ、間違いなく百はいたぞ!」
「だったらお前は、どっか邪魔にならねぇところで休んでろ。敵兵がいたなら尚更、この城は完全な廃城じゃなかったってことだ。城の中に罠の一つ仕掛けられてても不思議じゃねぇよ」
この城を拠点にする前、アザゼル一家は武装した兵士たちと一戦交えている。
大方の敵は城内にいたため、数の力で押し潰すことはできた。だが、身につけていた装備を見る限り、ファラクたちのようなならず者ではないことは明らかだった。
「たまたま居ただけだろ? あの坊ちゃん貴族が、この城に住んでたとは思えねぇしよ」
ガンツは小指で耳穴をほじりながら、面倒くさそうに言った。
「ねぇガンツ。私の前で鼻くそとか耳くそとかほじるのやめてって言ったわよね? 今度同じことやったら燃やすから」
誰かが用意したのだろう。五人が囲む木製の丸いテーブルに、ダリアが両足を乗せる。そのまま靴裏をガンツへ向けた。
「燃やすって、あの貴族みてぇにか? 元はと言えば、テメェがアイツを殺さなきゃこんな会議開く必要なかったんだぜ? 少しは反省したらどうなんだよ、ダリア!」
「汚い唾まで飛ばしてくるとか、本当に最悪。なんでアンタみたいな豚野郎が私と同格なわけ? 家畜に降格したらどう? そうしたら少しは可愛げが出るわよ?」
ファラクは内心で前言を撤回した。
テリとガンツの仲が悪いとか、そういう次元の話ではない。アザゼル一家は、根本的にまとまりがない。そもそも野盗に固い絆など生まれるはずがないのだ。
「お頭、もういいから会議を進めてください。コイツらに付き合ってると今日中にまとまらなそうだ」
ダリアとガンツの睨み合いに挟まれる中、テリが大きなため息とともに進言する。
「そうだな。お前らは取り敢えず静かにしろ。先に黙った奴から好きな部屋を選ばせてやる」
訪れる一瞬の静寂。
二人の視線がファラクへ集まり、それから互いに顔を見合わせる。次の瞬間、ガンツもダリアも大人しく黙り込んだ。
隣に座るテリは腕を組み、大きなため息を吐く。
「……馬鹿すぎだろ」
「欲に忠実なんだよ、コイツらは」
「結局、馬鹿じゃないすか」
テリが呆れたように突っ込んだ、その時だった。
木の軋む音を立てながら、部屋の扉が開かれる。最後の幹部の一人、ヴィディアが姿を現すと、部屋にいた全員の視線が一斉に向けられた。
「先ほど、近隣の村に出掛けていた散策隊が戻ったわ」
ヴィディアが持ち帰ったのは、この城に関する情報と、ダリアが殺した貴族の素性だった。どちらも今後の滞在に関わる重要な情報だ。だが、今聞くべきことは一つしかない。
「城の話はあとで聞く。まずは、あの貴族の素性を聞かせてくれ」
ファラクの言葉に、室内の空気が少しだけ重くなる。幹部たちは全員、ヴィディアの返答を待った。そして彼女は、淡々と最悪の報告を口にした。
「ダリアが殺したのは、この国の王の子息。もっと言えば、未来の王様候補だったらしいの」
ファラクが考えていた小領主の息子という線は、その一言で完全に打ち砕かれた。
「王様候補? ってことは、あのガキが王子ってことかよ!?」
ガンツが巨体を起こし、座っていた椅子を派手に倒した。
その声は、城を揺らすほど大きく部屋中に響く。事件の発端を作った当人であるダリアは、焦るどころか、むしろ薄く微笑んでいた。
「どうします、お頭。想像以上の状況らしいですが」
「焦るな、テリ。少し考える」
「そっすね。さすがに王族はやべぇ」
もはや、この城に住めるかどうかという議題以前の話だった。
王族を殺した。
それが本当なら、すぐにガラルから討伐隊が送られてくるのは時間の問題だ。アザゼル一家は少しずつ勢力を拡大してきたが、国一つを相手にできるほど強大な組織ではない。
頭という立場でなければ、今すぐこの城を放り出して逃げたいところだった。だが、それでは野盗を束ねる者としての面子は丸潰れだ。
さて、どうしたものか。
「殺せばいい」
何をどう考えればその結論に至るのか。不意に立ち上がったダリアが、当然のようにそんなことを言い出した。
「殺す? まさか国と一戦交えるってことかよ」
安直すぎる考えを一蹴すべく、テリがダリアを問い詰める。
「それ以外何があるわけ? 貴族なんかより、よっぽど腹が立つのが王族連中なんだ。ここらで私たち野盗が国一つくらい滅ぼしてやればいいんだよ」
満場一致で却下されるべき、最悪の案だった。
実行すれば、一家の全滅は限りなく高い。それでもダリアだけは、どこから湧いたのか分からない勝算を持っているようだった。
「ダリアの案は取り敢えず保留にしておくとして、どうするの、お頭。辺境の村でさえ周知されている話だから、殺されたことが広まれば王都の方はもっと大騒ぎになるわよ?」
「分かってる。だから、それも含めて考えてんだろ」
ヴィディアとテリの頭の中には、共通して二つの案が浮かんでいた。
一つ目は、ガラル領地からの撤退。
この場合、フィオネ王国へ戻るか、それとも危険を冒して国境越えを行うか、追加で選択を迫られる。前者にしても後者にしても、この城を捨てることになるため、一家の士気は大幅に下がるだろう。そもそも、敵に背を向けて逃げることに賛同するほど、アザゼル一家の連中は物分かりがよくない。
二つ目は、徹底抗戦。すなわち、ダリアの作戦を採用する形になる。
だが、その場合は全滅を視野に入れて戦うことになる。王都から距離があるため、ガラル軍本体と接触するまでに時間は稼げる。罠や防衛戦の工夫も凝らせるだろう。だが、それがどれほど頼りになるかは分からない。この城に住めなくなるかもしれないと慌てふためくガンツと、王族への殺意に取り憑かれているダリア。
その武闘派二人はさておき、高い知略と冷静な判断ができるテリとヴィディアは、すでに城を捨てた後のこと、あるいは一家が全滅する最悪の未来を想定していた。
反感は買うが、全滅の可能性は低い撤退。
あるいは、全滅覚悟で国に徹底抗戦を仕掛ける。居心地の良いこの城を拠点にし、この先も一家を守っていきたいと考える二人にとって、選ぶべき手は一つしかないように思えた。
「お頭、やっぱりここは一度撤退を――」
沈黙を貫き、思案に暮れているファラクへ先に進言したのはテリだった。しかし、あらかじめ用意していた言葉は、ファラクの一声によって掻き消される。
「なぁ、テリ。どうしてお前の頭には、撤退と抗戦の二つしか用意されてないんだ?」
「は? いや、それ以外にどんな策が……」
その瞬間、部屋にいた全員が息を呑んだ。
騒いでいたガンツとダリアも、静かに言葉の行方を待っていたテリとヴィディアも、四人の幹部が一斉にファラクを見る。
ファラクは、口元に小さく笑みを浮かべた。
「あるだろ? 特攻でも撤退でもない。命を賭けずとも、城どころか国までぶんどっちまう第三の策がよ」




