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女神のデバッグ  作者: 円地仁愛
第三章
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28. 強制リセットとハイタッチ


巨大なシャッターをくぐると、そこは開けた空間だった。


北欧家具チェーン『KAGÜ』の自動物流倉庫。 無人で稼働する無数のコンベアラインや梱包用の巨大なロボットアームが立ち並び、実証実験用の『次世代ラボ』が併設された最新鋭の施設だ。


「――よし。これで解消だ」


言いながら黒川がエンターキーを叩く。

停止していたコンベアが駆動音を立てて動き出し、現場担当者たちが一斉に胸を撫で下ろした。


「原因は……Web担当者の無茶な一括インポートですね。次から気をつけてください」


佐藤が控えめに念押しする中、黒川は「じゃあ、俺たちはこれで」と早々に背を向けた。


「──待ってくれ、黒川さん!」


そこに響いた切羽詰まった声に、黒川と佐藤はピタリと足を止めた。(またか…)とげんなりした顔を見合わせる。


すかさず血相を変えた現場責任者が駆け寄り、ガシッと黒川の腕を掴んだ。


「こっちを……! 次世代ラボの『第3アーム』を見てくれ! エラーを吐いて動かないんだ!」


「アームの停止はハード側のインターロックですよ! 俺たちの管轄外です、メーカーを呼んでください!」


「わ、わかってる……でもメーカーの保守は明日にならないと来られないんだ! ラボの研究発表は明後日で……この工場の未来がかかってるんだ! 頼むよ、なんとかしてくれ!」


必死の形相で責任者が食い下がる。黒川は数秒の沈黙の後、根負けしたようにガシガシと頭を掻きむしった。


「……っあー、クソッ! 俺はシステム屋ですよ。勝手にいじって基板が焼け焦げても文句言わないでくださいよ!」


「あ、ああ! もちろんだ!ありがとう!」


黒川が制御盤を開け、むき出しの基板を睨む。複雑な配線と明滅するランプの中に、異常を示す赤い光が張り付いていた。


(……こいつは……厄介だな)


黒川が顔をしかめたその時、スッと、隣に結衣が立った。

タブレットを見ながら淡々と口を開く。


「第3アームの通信スタックがパンクしています。過剰なデータ供給により安全装置が作動したのでしょう」


「ああ……物理ロックされてる。これじゃ、外からシステム的にリセットを叩くこともできねぇな」


「滞留中のパケットは、すでに私が仮想キューへバイパスしました。ロックさえ外れれば、適正レートで流し直せます」


黒川は目を見開き――すぐに、不敵な笑みを浮かべた。


「……コイツのメーカーは大和重工だ。昔、別の現場で同型のポンコツが止まった時、メーカーの保守を締め上げて『強制リセット』のやり方を吐かせたことがある。基板の裏に、緊急保守用のテストピンがあるはずだ」


黒川はネクタイを乱暴に緩めると、背後に立つ佐藤へ手を突き出した。


「佐藤! マイナスドライバー寄こせ!」

「は、はいっ!」


佐藤からドライバーをひったくるように受け取ると、黒川は再び基板を鋭く睨んだ。


「――やるか。ここのテストピンを短絡させて、強制リセットをかける。芽上、お前はポートを監視して、再起動がかかったら一気にデータを流し込め」


「お待ちください。通電中の短絡は基板を焼損するリスクがあります。非合理的です」


「つっても、じゃあどうすんだよ? 電源落としてからじゃ意味がねぇだろ」


結衣は、黒川の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「私が上位システムから、第3アームへの給電を『0.1秒』だけ遮断します。主電源が落ち、論理回路の電圧が完全に落ちきる前の数十ミリ秒の猶予を狙って、短絡させるのです」


「……は?」


「す、数十ミリ秒!? め、芽上さん、そんな神業みたいな……!」

呆気に取られる黒川の横で、佐藤が裏返った声を上げる。


「……数十ミリ秒? 冗談だろ。人間の感覚で合わせられるわけがねぇ。少しでもズレたらアウトだろーが」


「ズレません。私があなたのタイミングに合わせますから。――カウントをどうぞ 」


結衣はキーボードに指を添えると、黒川を見つめた。

その澄んだ瞳に、迷いは微塵もない。

たった一人で現場を背負い続けてきた黒川にとって、隣に立つその存在は、何よりも心強かった。


「……ったく。どうなっても知らねぇぞ」


黒川は短く息を吐くと、ドライバーを握り直し、基板の奥深く――テストピンの数ミリ手前でピタリと構えた。


「……ッ、行くぞ! …… 3、2、1 」


黒川がドライバーを突き立てる、その1ミリ秒前。


ターン!

結衣がエンターキーを強打し、給電を遮断した。


バチッ!と小さな火花が散り、一瞬だけ基板が沈黙する。コンデンサの電力が尽きるより早く、結衣が再びエンターを叩き込んだ。 退避していた注文データが、淀みないリズムで機械へと流し込まれていく。


ピピッ、と。基板の赤いエラーランプが消え、軽快な動作音と共に緑色のランプが点灯した。

――直後、巨大なロボットアームが、重厚な駆動音を立てて再び動き始める。



「うおおお!! 動いた!!」


アームの駆動音を掻き消すように、倉庫に作業員たちの歓声が響き渡った。


「すげぇ、さすが黒川さんだ!」「助かりました、次も頼んます!!」

興奮したように作業員たちがハイタッチの手を差し出す。黒川は苦笑しつつ応じ、パンッ、パンッ!と小気味いい音を響かせた。


そして、そのまま輪を抜け出すと、少し離れた場所にいる結衣の前に歩み寄り、油で汚れた右手を無言で差し出した。


「……?」

結衣が小首を傾げる。


「――手ぇ、出せ。一緒に戦ったんだ、お前も輪に入れ」


意図を察し、結衣はおそるおそる右手を上げた。

黒川が軽くパンッと掌を合わせると、結衣の掌にその衝撃と――じんわりした熱が広がっていく。


不思議そうに見上げる結衣に向かい、黒川は少しだけ口元を緩めた。


――あの『数十ミリ秒』が、ドンピシャだったかどうかはわからない。

単に、運が良かっただけと考える方が自然だろう。

それでも、一人で腹括るよりはるかにマシだった。だから―――。



「ありがとな。――頼りにしてるぜ、女神サマ」


照れ隠しのような労いの言葉に、結衣は手の中の熱を確かめるように、小さく頷いた。



その様子を後ろで見ていた佐藤が心の中でツッコむ。

(な、なんかいい雰囲気……じゃなくて! 無茶しすぎです、勘弁してください……!!)





夕方。


KAGÜの現場から戻った三人は、油とホコリにまみれた姿のまま、開発二課のオフィスへと足を踏み入れた。


「あー、疲れた……。佐々木課長、現場は復旧させ――」


報告をしかけた黒川の言葉が途切れる。様子が明らかにおかしい。


フロアの中央には巨大なホワイトボードが鎮座し、カラフルな付箋がビッシリと貼られている。それを囲む二課の若手たちは、一様にお洒落なカフェのカップを手にし、ひどく浮き足立った空気を放っていた。


「……なんだ、こりゃ……?」


黒川が顔をしかめた、その時。若手たちの中心から、愛想のいい笑みを浮かべて振り返ったのは――森田愛莉だった。


「あら。黒川さん、それに芽上さん」


愛莉が二人を見つめ、クスッと笑う。

「――ようこそ、『クロスアテナ・プロジェクト』へ♡」


怪訝な顔を見せる黒川と、無表情で愛莉を見つめ返す結衣。 彼らが守ってきたこの場所に、一番厄介な存在が足を踏み入れていた。






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