03. パケ詰まりも胃酸もデバッグします
「の、野村部長……。いったい、どうしたら……」
「……お引き取り願おう。これは我々の手に負える人材ではない」
野村が面接を打ち切ろうとした、その時。
佐藤が持ち込んでいた業務用のノートPCから、突如としてけたたましい警報音が鳴り響いた。
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「な、なんだね!?何が起こった!?」
「『Zシステム』の死活監視アラートです!! なんだ……!?CPU使用率が、計測不能(N/A)!?」
画面を埋め尽くす、毒々しいほどに真っ赤なエラーログ。さらに佐藤の胸ポケットで、社用スマホが狂ったように震えだした。
―― ピリリリリリリッ!!!
焦った佐藤が反射的に通話ボタンを押した瞬間、鼓膜を破らんばかりの怒号が飛び出した。
『おい佐藤ッ!! 何してやがるっ!?!?』
「ひっ、く、黒川さん!?」
『アラートは見たな!? トラフィックがパンクした! DDoSなんて次元じゃねぇ、未知の攻撃……いや、サイバーテロだ!!』
「サ、サイバーテロぉおお!? 」
『今すぐ戻れ!!『X-CORE』に侵食される前に、物理遮断する!! ケーブルを引っこ抜くぞ!! 』
「野村部長、すみません!! 俺、戻らないと……ッ!!」
真っ青な顔の野村。ノートPCを取り落としそうになる佐藤。
パニック寸前の面接室で、結衣だけが静かに眉をひそめていた。
(……これは、最高神様の力の波動……。天界からの情報操作に人間界のネットワークが耐えられなかったのでしょう)
全知全能の至高の存在が、人間界の狭い回線に無理やり割り込んだ副作用。神が招いた災厄だ。
ならば、それを直すのは女神としての責務に他ならない。
「失礼します」
「え?」
結衣はスッと佐藤を押しのけ、キーボードに手を置いた。
「――私が、調律しましょう」
次の瞬間、佐藤は己の目を疑った。
スタタタタッタタッタッタタタタッ!!
それはタイピングではない。まるでピアノの超絶技巧演奏だ。
十本の指が残像となり、打鍵音が重なって一つの重厚な「旋律」になる。
「ぶ、部外者が、なにを!?」
「待ってください! 今、下手にいじると何が起きるか……!」
野村と佐藤が真っ青になって叫ぶが、結衣の耳には届かない。
彼女瞳の奥で、青く美しい光が瞬く。その視界は、モニターの文字ではなく、システムを流れる光の奔流を捉えていた。
(――見えました。……これでは、蛇口に滝を流し込むようなものです)
ゲートウェイの入り口で、処理しきれない神のデータが巨大な津波となって、後続の通信を押し潰している。
結衣の指が激しく踊り、やがて決定的なキーへと伸びる。
『おい佐藤!? 聞こえてんのか! 今すぐ……』
「今ですッ!」
――ッターン!
エンターキーを叩く音が、鋭く響き渡った。
一瞬の静寂。ファンの回転音が止まる。
直後、赤く染まっていた画面が、波紋が広がるように、一斉に美しい緑色の文字列へと書き換わっていく。
『SYSTEM: ALL GREEN』
「完了です」
結衣は涼しい顔で振り返った。
「……い、いま……何を……?」
「パケットのヘッダに、『宇宙真理の一端』―― いえ、プロトコル違反のメタデータが内包されていました。ゲートウェイのバッファが飽和し通信不能になっていたため、キーストロークを介して電気信号を打ち消し、経路を確保したのです」
「「……はい?」」
佐藤と野村が、魂の抜けたような声でハモる。
結衣は小首を傾げ、一瞬後、もっともらしく頷くと、うすい微笑みを浮かべた。
「要するに……『パケ詰まり』です。巨大なデータが入口を塞いでいました。取り除きましたので、もう流れます」
「……パケ詰まり……? いや、でも……」
佐藤の手がだらりと下がる。
『……なんだ……!? パケットが……消えた……!?』
佐藤のスマホのスピーカーから、黒川の驚愕した声が響いた。
呆然とする人間たちに、彼女は慈愛に満ちた――反論の余地を封殺する、完璧な微笑みを向けた。
「では、面接の続きを。――――――次のご質問をどうぞ」
野村部長は、震える手で胸ポケットからネーム印を取り出した。
迷いを振り払うように振りかぶり、力いっぱい履歴書に叩きつける。
―――ダンッ!!
「……採用ッ!!!」
「ええっ!? 部長、正気ですか!?」
「いいんだ佐藤くん! 腹は括った。私が――この私が、全責任を取る!」
野村は充血した目で叫んだ。
「もはや我が社は断崖絶壁……。ここから救い出してくれるなら、相手が神だろうが悪魔だろうが構わん。私は、貴女という可能性に賭ける!」
「承知いたしました。デジタル・ハーモニー社の一員として尽力いたします」
結衣は静かに立ち上がり、野村へ右手を差し出した。
野村が躊躇いがちにその手を握った、その瞬間。
――ズアッ!!
「……っ!?」
掌から、温かく鋭い「衝撃」が突き抜けた。
驚きに目を見開く野村の前で、結衣は左右対称の完璧な微笑を浮かべ、小さく囁いた。
「――微力ながら、あなた方を『真理』へと導きましょう」
呆然と立ち尽くす佐藤の前で、規格外の女神の入社が決定した瞬間だった。
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