02. 面接の作法(プロトコル)は履修済みです
「――ユイシアよ。何をしておる?」
その声に、ユイシアは動きを止めた。眼下に浮かぶ青い星――地球へかざしていた手を下ろすことなく、顔を上げる。
視線の先には、万物の主である最高神。しかし彼女の瞳には、敬意よりも「作業を中断された」ことへの不満がわずかに混じっていた。
「――デバッグです」
「でばっぐ?」
聞き慣れない言葉に、全知全能の創造主たる彼が首を傾げる。だがユイシアは構わず続けた。
「人間界のノイズが激増し、宇宙の調和が乱れているのです。原因は彼らが作った不完全な社会システム……。よって」
ユイシアの指先に、強大な修正プログラム(神の光)が帯電する。
「私の完璧な論理で、彼らの文明ごと上書き保存しようかと」
「ならぬ! それではディストピアまっしぐらではないか!」
慌てて手を押さえつける最高神に、ユイシアは不満げに小首を傾げた。
「なにか問題が? エラーだらけの自由より、管理された幸福こそが最適解です」
最高神はあごひげを撫で、やれやれと溜息をついた。
「お主は……ゼロイチが過ぎる。少し勉強が必要なようじゃの」
「勉強、ですか?」
「うむ。人間界に降り立ち、彼らを理解するのじゃ。――不完全な彼らが織りなす社会。それが、新たな調和の指針となろう」
絶対的な威厳を湛えた瞳が、ユイシアを見据える。彼女はわずかに眉をひそめ――やがて、無表情に首を垂れた。
「……かしこまりました」
「研修先は……そうじゃな。ここがよかろう。『デジタル・ハーモニー社』。日本という国の『あいてー企業』じゃ」
最高神が指し示した先は、遥か下界、青い海に囲まれた島国だった。
「どれ、面接予約はワシがしておこう。時刻は13時30分。氏名は、芽上結衣。……よし、完了じゃ!」
「……めがみ、ゆい……? お言葉ですが、それは余りに――」
「女神バレは禁止じゃぞ。人間として振る舞うように! では、行ってまいれ!」
最高神の言葉と共に意識が霧散し――。
次に目を開いた時、彼女は人間界……デジタル・ハーモニー社本社ビルの表玄関に降り立っていた。
いつの間にか握らされていた「マイナカード」に視線を落とす。
『氏名:芽上 結衣 女性 26歳』
女神ユイシア……改め、芽上結衣はそれをじっと見つめ――やがて、ポツリと呟いた。
「……余りに……安直すぎます。最高神様……」
◇
(ですが、最高神様の命は絶対……。『人間』に成り切らなければ )
現在時刻、13時35分。 回想から意識を戻した結衣は、改めて目の前の男たちに向き直った。
(『面接』の定型質問は習得済みです。何ら問題はありません)
「あ、あの……もう少し具体的にお願いします。弊社で、どのような業務を希望されているのですか?」
野村が必死に笑顔を貼りつけ、面接の体裁を取り繕おうと試みる。 結衣は淀みなく答えた。
「『人間』の行動原理の解明、およびそのバグの修正です」
「……そ、それは……ええと……。つ、つまり、エンジニア志望ということでよろしいですか?」
人事部長としての意地を総動員して歩み寄ろうとする野村。結衣は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、深く頷いた。
「はい、問題ありません」
「それは良かっ――」
「万物の秩序と論理の調律、それが私の使命です。御社の言葉を借りるなら、宇宙という巨大なシステムの保守・運用、ならびにバグの修正と言い換え可能。――つまり、エンジニアです」
野村の笑顔が完全に凍りつく。物理的な距離はわずか数メートルだが、両者の間には銀河ほどの隔たりがあった。
佐藤は、戦慄する野村に助け舟を出そうと、震える口を開いた。
「……あの、えっと……特技を教えてください。 履歴書には『最適化』とありますが、これはコードの最適化ということですか?」
「いいえ。コードに限らず森羅万象の最適化が得意です」
「し、しん…? ……ぐ、具体的には……?」
ゴクリ、と佐藤が喉を鳴らす。結衣は真顔で佐藤を見つめ、次に野村へと視線を移した。
その瞳が、青く光ったように見えたのは、佐藤の錯覚だっただろうか。
「具体的には――野村様、胃壁が荒れていらっしゃいます。現在の、胃液のpH値は1.2……。中和しましょうか?」
野村は反射的に、ポケットに忍ばせた胃薬の瓶を握りしめた。
――こいつはヤバい。目が本気だ。
野村の頭の中では、長年の人事勘がグワングワンとかつてないほどの警鐘を打ち鳴らしていた。




