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01. 女神が会社にやってきた


横浜の一等地にそびえ立つオフィスビル。

その静まり返った廊下に、一人の美しい女性が佇んでいる。


陶器のような白い肌と、一糸乱れぬ完璧なスーツ姿。

女神もかくやという美貌の主は、扉の前で物理演算を展開していた。


(材質密度、音響伝達率……)

(湿度45%、気圧1013hPa(ヘクトパスカル)……空間補正係数0.00238……)


――――カチリ。


13時30分00秒。

壁に掛けられたデジタル時計の数字が切り替わる。

その瞬間――――。


カッと、彼女は目を見開き、扉に向かって中指の関節を突き出した。


(最適解は―― 打力4.5N(ニュートン)。接触時間0.02秒!!)



――コォーン、コォーン、コォーン……


白磁のような指先から繰り出されたそのノックは、神聖な儀式の如く、荘厳で澄み切った音色を響かせた。



これは、一柱の女神が人間界に降り立ち、デスマーチの現場に救済と混沌をもたらす物語。その開戦の鐘が、今、高らかに響き渡った――。





「ぶ、部長! いきなり面接って…!どういうことですか!?」


横浜にあるIT企業、デジタル・ハーモニー社。 その本社ビルの一角にある狭い面接室に、悲鳴のような声が響いた。


声の主は、開発二課の中堅エンジニア、佐藤健太だ。彼は乱れたネクタイを直すのも忘れ、血相を変えて面接室へと飛び込んできた。


「中途採用があるなんて聞いてないですよ! それに今、『Zシステム』がエラー吐いてて大変なんです! 現場を抜けられる状況じゃ……」


佐藤の猛抗議に対し、対面に座る男――人事部長の野村は、虚ろな目で虚空を見つめていた。


「こちらも『エラー』で炎上中だ。すまないが協力を頼むよ」


「は、はい……!? 人事部が……エラー対応ですか?」


「そうだ。採用管理システムに突如としてアポイントが出現した。応募者は既に受付を済ませ、こちらに向かっている。断れば我が社の信用に関わる、やるしかないんだ……!」


「ええっ!? そんな馬鹿な……!」

絶句する佐藤。


「そ、それにしたって……なんで僕が!? 課長か黒川さんを呼んでくださいよ……! 」


野村が小さく首を振る。


「これは『採用』ではない。我々のミッションは『無難に収める』ことだ。つまり……適任者は君だよ、佐藤くん」


「ひ、ひどい……! 僕にも、現場が――」

佐藤がなおも言い募った、その時。


――コォーン、コォーン、コォーン……


澄み切った音色、心地良いリズム。 決して大きくないノック音が、佐藤の声を完全に掻き消し、会議室に響き渡った。


佐藤は口を開けたまま固まり、野村はボールペンを握りしめて息を呑んだ。

シン……と、静寂が落ちる。


「……ど、どうぞ」

野村が震える声を絞り出すと、キィと、ドアが静かに開いた。


「失礼いたします」


鼓膜を震わせる美しい声。

恐る恐る振り返り――佐藤は息を呑んだ。


そこには、一人の女性が立っていた。

どこか浮世離れした黄金比の美貌と、スキのない佇まい。


オフィスの薄暗い蛍光灯の下で、彼女の周りだけLEDで照らされているかのような……圧倒的な『異物感』が、そこにはあった。


ポカンと彼女を見つめる佐藤に、野村が掠れた声で耳打ちする。


「……佐藤くん。席に」

「は、はいっ!」


我に返った佐藤は、慌てて面接官の席へと滑り込んだ。

野村が震える手で履歴書を手に取る。


「どうぞ、貴女も席へ。中途採用希望の……ええと」

芽上めがみです」


(……め、『女神』……?)


佐藤が目を瞬かせる中、彼女は静かに一礼した。

髪の一筋の乱れもなく、再び前を向く。 それは、美しさを通り越した、空恐ろしいほど完璧な所作だった。


「で、では、芽上さん……志望動機を教えていただけますか?」

「はい。私が、御社を志望いたしましたのは―――」


彼女は、澄み渡った瞳で、迷いなく言い放った。


「『宇宙の調和』を実現するためです」


「「…………はい?」」


佐藤と野村の声が、綺麗に重なった。二人を見据えて、彼女の瞳が鋭く光る。


(……5.2秒もの応答遅延。人間(かれら)のバグは、想定よりも深刻ですね)


二の句を告げずにいる面接官たち。

彼らを注意深く観察しながら、彼女は少し前の「記憶」へと思考を遡らせる。


――そもそもなぜ、「女神」である自分が、こんな辺境の星で人間のふりをして面接など受けているのか。


事の発端は、わずか15分前の――あの白亜(はくあ)の宮殿での出来事だった。



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