麦茶
夏の雰囲気を感じる頃から、いつも冷蔵庫に常備されていた…茶色いお茶。
香ばしくて、キンと冷えている、夏のお茶。
冷たいのが当たり前の、ゴクゴクと飲み干せる、夏に相応しいお茶…それが、麦茶。
夏、うちに遊びに来た友達に麦茶を出してあげると、いつも美味しいねと言われた。
濃い目のうちの麦茶は、氷をたっぷり入れたグラスに注ぐとちょうどよく薄くなった。
うちは、炒った麦を買ってきて、薬缶で煮だして麦茶を作っていた。
近所で週二回やっている朝市に来ていたお茶屋さんが、炒りたてのプクプクとした麦を格安で売っていたのだ。
とある年の、夏休み。
朝から蝉獲りに夢中になり喉がカラカラになっていた私は、つい…、冷蔵庫にあった麦茶を飲み干してしまった。
無くなってしまったからには、作らねばならない。
飲み干したまま放置して叱られるのは、得策ではない。
麦茶を作る事は、難しいことではなかった。
2リットルの薬缶に水を入れ、沸騰したのを確認したら大きな茶こし網をセットし、計量カップ山盛り1杯分の麦を入れ、茶色く色づくまで煮込む。
十二分に煮だせたら、たらいに水を張って薬缶を冷やし、湯気が立たなくなった頃に麦ごと茶こしを取る。
温かい麦茶をプラスチック製のポットに入れて、冷蔵庫のサイドポケットの定位置に置く。
沸かした麦茶は、ポットに移し替えなければいけない。2リットルの薬缶で沸かして、2リットルの容器に入れるのだが、その時はなぜだか少し余ってしまった。
のちのち判明するのは、私が2リットルの薬缶と思っていたのは2.2リットルの薬缶だったということだ。つまり、少しお湯を少なめに沸かすという工夫が必要だったのである。
そんなわけで、コップ一杯分の麦茶が余ってしまった。
作ったものを捨てるなど、とんでもないことである。
これは飲み干さねばなるまい…、使命感が生まれた。
ほんのりぬるい麦茶をコップにうつし、こくりと飲んだ時の…違和感。
いつも冷たいやつが、生ぬるい。
いつも冷たさを与えてくれるものが、熱を帯びている。
冷たいのが当たり前すぎて、一瞬、脳が混乱した。
なんだか、いけないものを飲んでしまったような感じがして…若干テンションが下がった。
次に麦茶を作ることになった時、今度は熱々の状態で飲んでみたらどうだろうと思い至った。
たらいで冷やす前に、薬缶から湯のみに熱々の麦茶を注いで…真夏のクソ暑い時期に、セミの合唱をバックコーラスにして、一口、飲んでみた。
明らかな違和感は否めない。
だがしかし…香りがいい。
麦茶の一番いいところがバッチリ前に出ているような気がする。
どういう訳か、私は熱々の麦茶が…好きになってしまったのだ。
……今でも私は時折、炒った麦を煮だして麦茶を作る。
あの時の衝撃は、どれほど年月が経とうとも忘れることができない。
どれほど飲みやすい冷たい麦茶を飲もうと、飲みにくくて手間のかかる煮だした麦茶が恋しくなる瞬間がある。
熱々の麦茶の香りを全身全霊で求めてしまう私が、ここにいるのだ!!
―――だってあたし、めっちゃ美味しいもんね~!
スゥと香りを吸い込み、ふうふうと熱を飛ばして、そっと茶色いお茶を啜った…その瞬間。
ミンミンと鳴く蝉の合唱を背負った女子が、麦わら帽子で真夏の日差しを遮りながら…こちらをふり返るのだ。
小麦色に日焼けした、みつあみの女子が…ニカッと笑いかけるのだ。
春であろうと、夏であろうと、秋であろうと、冬であろうと。
カンカン照りの真夏の日差しを受けて燦燦と輝く、とびきり元気な…真夏そのものの女子が、私と邂逅してくれるのだ。
年がら年中、夏を身近にしている私は、本場の夏もわりと好きだ。
今年も冷たい麦茶をガブガブと飲みながら、熱々の麦茶も飲むはずだ。
どの麦茶が美味いだの、この麦茶はなってないだの、スゴイ麦茶が発売されただの…色んな感想を持って、少女に会いに行くはずだ。
―――またね~!
元気にバイバイしてくれるから、またを求めて…私は嬉々としながら湯を沸かすのだ。




