37、洗礼と光明
こちらは月曜日投稿作品です。
空からポツポツと雨が降り始め、窓に水滴がつき始め時間と共にその量も一気に増えて来ていた。
ディークファルトに抱っこされたまま、王妃の間を出たところでマリエルはディークファルトを覗き込んだ。
後ろの方で慌てて追いかけてくるサックスが見えたが、マリエルはディークファルトに話しかけた。
「ところでディー様、お仕事はどうされたのです?」
「もう終わった」
機嫌良く答えたディークファルトだったが、流石のマリエルも疑った。
「本当に?」
まだお昼すぎですわよ?と困惑顔を婚約者に向ければ、サックスが回り込み立ちふさがった。
「お前!今のこの時間は竜の渓谷に見回りに行ってる時間だろう!何でここにいる?!」
竜の渓谷。
竜の聖地と言われる竜の楽園。
そこに行かずに本当ディー様何してますの?と凝視すれば、蕩けるような笑みを向けられた。
相変わらず色気だだ漏れのディークファルトにこの笑みはよくない!
情操教育上よろしくない!ような気がする!
だってまたドキドキしてきたもの!!!
「渓谷には行って来たのだが、竜達に追い返されたのだ。姫は何処だ、何故一緒ではないのかとね」
そこまで言われてマリエルも思い出した。
「そういえば昨日、私皆に会いに行くって言いましたね」
「そうなんだ。だからこれから一緒に渓谷に行こう」
「本当ですか?!」
嬉しさのあまり抱きつこうとした時、ガツっとディークファルトの肩に手が置かれた。
「そんなわけにはいくか!」
そう言って阻止したのは、今朝から激怒顔しか見ていないルーカスだった。
今の言い方だと行っては駄目なの?と、今にも泣きそうなマリエルにルーカスは慌てた。
「そんな顔するなマリエル!今日は駄目だという意味で明日には連れてってやる!」
「なぜ今からでは駄目なのです?」
ムスッとした表情でマリエルが聞けば、マーカスも眉を下げた、
「俺やディーは渓谷の見回りがあるから会議に遅れて行くことは許されているが終わったのなら今日はすぐにでも定例会議に出席せねばならないのだ」
「・・・・」
マリエルは眉を下げ”理不尽”と書かれた顔をルーカスに向ければグッと一瞬黙ったが憮然とする。
「それに風向きが変わって雷雨が来る。今もかなり雨が降り始めているそんな天気の中、マリエルを渓谷に連れて行くのか?」
ディークファルトに向けたその言葉は、2人を思い留ませるには十分だった。
「残念だ」
ディークファルトの嘆息混じりの言葉は心底残念がっていた。
私も大変残念です。己、雷め!!
「わかったら会議だ」
ルーカスはズイっと弟を下から覗き込み凄んだ。
ディークファルトは渋々マリエルを降ろすとギュッと抱きしめた。
「すぐ終わらせて来るからカーラと一緒に御殿で待っててくれ」
「はい、お待ちしております」
マリエルが微笑めば、ディークファルトの顔が近づいて来た。
が、ルーカスに首根っこ捕まれたディークファルトは会議室の方向であろう廊下の方へ引きずられて行く。
「そういうことは帰ってやれ」
「欲求不満ですか兄さん?」
「TPOと羞恥心の話をしてるんだ!」
そうですね。
TPOと羞恥心は私も必要と思います。ええ、切実に。
「心配せずともうちは円満だ!心配するなら兄上のところだろう」
最後の言葉小さかったけれど、マリエルにも聞こえた。
やっぱり皇太子夫婦はうまく行っていない。
それ以前に問題だらけの事情にマリエルが頭を抱える。
イーサンに相談しよう!
とマリエルが心に決めたところでルーカスがディークファルトに渋い顔を向けた。
「この会議でお前も婚約者が決まったことを報告するんだろう。呑気に構えていたら上位貴族が帰っちまうぞ」
そうだった!と驚愕な顔つきになったディークファルトはルーカスの腕から抜け、「先に行きます!」と猛ダッシュして行った。
置いて行かれたルーカスは「俺、今日こんなことばっかりだ!」とこちらも猛ダッシュで追いかけて行った。
「何かあいつ面倒くせー」
そう呟いたサックスにマリエルは「すみません」と小さくなった。
◆
イーサン・シュレイムは追加の会議資料を取りに皇太子の執務室にいた。
軽いノックが聞こえ、入るようの促すと戸が開いた先で表情の硬いマリエルが立っていた。
後方には弟の姿を見て、姫に何かあったわけではないらしいとデフォルトの笑みを浮かべた。
「どうされました?皇太子妃殿下に会われたのでしょう」
イーサンの言葉にツカツカと歩み寄り、不必要な程に近づいたマリエルは小声でありながら力強い声で質問を投げかけた。
「シャーロット様はお飾り妃ですの?」
嫌悪感丸出しのマリエルが冗談を言っているようには見えない。
イーサンはサックスを見て、開けっ放しの扉を早急に閉めさせた。
「どういう意味です、マリエル姫」
「そのままの意味です。シャーロット様本人が自分はおこぼれで妃になった、いわば身代わり花嫁だと言われたのです」
「馬鹿な。誰がそんなデマを?」
「事実ではないと?ですがシャーロット様のお国では公然の事実として認識されているそうですわ」
大きく目を見開いたイーサンはチッと舌打ちした。
皇太子側と妃側で相違があるのは一目瞭然だった。
「イーサン忙しいのはわかるのですが、これから勉強会を開いて頂けるかしら」
「勉強会・・・ですか、いいでしょう。丁度いい。サラ嬢もお呼びしましょう」
それはいい案だとマリエルも両手を合わせ、後ろにいる護衛のサックスに体ごと向き直った。
「彼女は今どこにいるか知っていますか?」
マリエルの言葉にサックスがげんなりしながら答えた。
「あいつ性懲りもなく仕事に来たんですよ。まだ駐屯地にいると思います」
「では呼んで来て下さい。勉強会は3階の一番南の応接室でしましょうか」
イーサンの言葉にサックスは頷くと部屋を出て行った。
イーサンとマリエルも南に位置する応接室へ向かうべく皇太子の執務室を出た時にマリエルは「後、もう一つ」と言葉を置いた。
「ここの侍女教育はどうなっているの?」
執務室の鍵をかけていたイーサンがマリエルを見た。
「問題がありましたか?」
カチリと音がし、イーサンは鍵がかかったことを一度確かめ頷いたが、隣にいたマリエルは憤慨!と憤った。
「大アリよ!妃イジメが公然と行われてたわよ!」
マリエルの小声の抗議にさすがのイーサンも笑みがなくなった。
「首謀者は?」
「氷山の一角かもしれないけど、一旦は今あそこに行かせてる侍女を皆、外して」
「辞めさせる、ではなく?」
「侍女頭が筆頭なのよ」
!!!!
「それは看過できませんね」
応接室へと歩を進めたイーサンの後を追うマリエルはイーサンの横顔を見た。
「今、うちから(オルリア王家側)は4人お世話をさせていたはずです」
イーサンの言葉にマリエルは頷いた。
「その4人にはさっき会ったわよ」
「皆同罪でしたか?」
「侍女頭が率先してやってるから他の侍女も真似をしているとシャナは言っていたわね」
「シャナ、乳母君ですね」
「ええ、相談できるような心許せる人も居らず気分など優れるはずもないとも言ってたわ」
イーサンは歩を止め、片手を悲痛に歪んだ顔を覆った。
「言い訳もできません。オルリアは王妃様もお亡くなりになり、姫もいない事から城を切り盛りする方がいなかったが故に、侍女のことは全権限を侍女頭に任せていたのが仇になりましたね」
やはり男には男社会があるように女には女の世界がある。
本来は城を預かる王妃が侍女を取りまとめ管理するが、ここにはその女主人が長い間不在だったことが今回のことを引き起こしたようだ。
カーラがいれば状況も違っただろうが、ディークファルトに付きっ切りでこちらまで意識が回らなかったのだろう。
『男性は細かいことまで気が回りませんから、その為に私達女性がいるのですよ』
母アンジェリカが言っていたことを思い出したマリエルだった。
「ではすべて外しましょう。その上でカーラには侍女教育の方で時間を作ってもらうようにしましょう」
「あ、そうそう。1人毛色の違う方がいたわ。彼女は立場をきちんとわきまえていたわ」
「誰かわかりますか?」
「ルナという侍女よ」
この姫さんは話が早い。
イーサンは笑みを深めた。
「例えば」
廊下を歩いていた最中、イーサンの言葉にマリエルは顔を上げた。
「ここから応接室までの移動中に出逢った侍女の良し悪しはわかりますか?」
「シャーロット様に対しての感情を読み取れってこと?出来なくはないけど、結構疲れるのよ、こういう作業」
「貸し一つでどうです」
「・・・イーサンに対して?それともサイラスお義兄様に?」
「両方です」
それは魅力的ねぇ。
この2人の貸しは大きい。
アランお兄様も最初が肝心って常々言ってたし、貸しを作っておきましょう。
「いいわ、乗った」
マリエルは了承の言葉を呟いた。
移動中出会う女性たちとすれ違う際にマリエルは評価していく
「×、、、×、、、大×、、、△」
微妙な表現をしたマリエルにイーサンは思わず突っ込んだ。
「△ってなんです?」
「妃殿下に対して悪い考えもないけど、興味もないみたい」
「それは侍女として×です」
「妃殿下への感情優先でしょう。細かいことまで、思いながら見ると頭がふらついてくるわ」
弱り顔になったマリエルを見て流石のイーサンも注文が多かったかと眉を下げた。
「それは失礼しました。続けて下さい」
「OK。×、、、×、、、、、、、×」
姫に言葉にイーサンは皇太子妃がいかにこの城の侍女に受け入れられていないのか痛感し目の前が真っ暗になった。
「あら?」
マリエルが庭先にあるドーム状の温室ガラスで覆われたテラスに目を向け立ち止まった。
雨足が強まりテラスの中もまともに見れない程の強さで降り始めていた。
「どうされました?」
顔の判別はつかなかったが、テラスの中には数人の女性が優雅にお茶をしていた。
「あそこにいる方々は誰ですの?」
「この時間あそこにいるのは赤の騎士団の奥方達ですね」
オルリアには黒、青、赤、黄と4つの騎士団が存在する。
王族を守る黒の竜騎士団。
後は貴族階級で色分けされている。
上位貴族が青、下位貴族が赤、平民が黄となっていた。
赤ということは下位貴族の奥方達ということね。
「あそこにいる方々には悪意をもつ方は1人もいないわ」
「本当ですか?」
イーサンは驚きマリエルを一旦見た後、雨で視界が悪くなった先にあるドーム状の温室を凝視した。
「間違いないわ!ねえ、赤の騎士団の中には(お金に)切実な方もいらっしゃるかもしれないわ。妃殿下の相談相手としてでもいいわ。侍女を募ってみたらどうかしら?」
「なるほど既婚者の婦人方を・・・ですか。いいですね」
さっそく応募をかける手配を致しましょうと、手元の手帳に記した。
光明が見えてきたとイーサンは細く微笑んだ。
程なく目的の応接室に着き、マリエルはサラが来るまでどうしようかとウロウロしていると、室内でお茶の準備を始めたイーサンの動作を見ていた。
上位貴族の令息なのに器用だなと感心していると、廊下が騒がしくなりイーサンと顔を見合わせた。
未婚のマリエルを気遣い、少し開けられていた戸がバタンと勢いよく戸が開いた先には、朝とは違いシックではあるけれど華やかなドレスを身にまとったサラがそこにはいた。
だたその表情は硬く眉間にシワが寄って美しい顔立ちを残念なものにしていた。
「どうしましたサラ嬢」
あまりの険しい表情のサラに思わずイーサンが聞けば、弱った言葉が返ってきた。
「どうにかして下さい」
どうにかって何に、と問う前に入室してきた人物の行動で明らかになった。
「サラ!どうして逃げるの?!」
入室してきたのはクリストファーだった。
何事?!と2人が様子を見ていると、クリストファーはサラを腕の中に入れようと腕を伸ばし、サラはそれを回避する為に逃げ惑う。
応接セットの回りをグルグルグルと回る2人にかけられる言葉が見当たらない。
クリストファー様ってこんな方なの?とイーサンを見れば、こちらは魂が抜けかかる程、項垂れていた。
「何で逃げるのさ!」
「これから妃教育の一貫で勉強会です。お引き取りを!」
「それならお別れの抱擁を!」
「人前です!辞めてください!!」
うーん、抱擁・・・・。
さっき私もディー様にされたけど、ディー様はスマートにされてたのに、これはどうしたことか?
もしかしてサラ様、ツンデレ?
そこにシルヴィアの呪縛から開放されたクリストファーの愛が全開になって持て余し気味になったのかしら??
遅れて入室して来たサックスの顔色も相当悪かった。
「サックス、これはどうしたことです」
イーサンの言葉にげんなり顔のサックスが片手で顔を覆った。
「今朝からずっとこの調子らしいのです。駐屯地も大騒ぎですよ。クリストファー殿下の変わりように皆引いていますよ」
「あれですかね。今まで分散していた感情が呪縛から逃れたことで、本来の一つのものに相当拘るクリスに戻り、サラ嬢に一点集中的に感情が溢れたのですかね」
末恐ろしい言葉を今聞いたような気がする。
分散→一点集中?
「極端」
マリエルの言葉にサラが反応する。
「いきなり全開で来られてもこちらも戸惑います!」
真っ赤な顔のサラを見て、そりゃそうだよね。と納得するマリエルの横でイーサンが口を開いた。
「クリス、あなた定例会議はどうしました」
「・・・・」
バツが悪そうに動きを止めたクリストファーにイーサンは嘆息した。
「こんなところで油を売っていていいのですか?先程会議であなたとサラ嬢の結婚の異議申し立てが他の貴族から出ていましたよ」
え?!
そこいるすべての人間がイーサンを見やった。
「あなたのこれまでの行いを見て、サラ嬢になんの感情も持たない殿下に我が娘をと性懲りもなく薦めようと躍起になった貴族がいましてね。サイラス殿下も応戦しておりますが、当の本人がここにいては覆っても知りませんよ」
イーサンの言い分に真っ青な顔になったクリストファーは、サラの肩に手を置き「すぐ戻る!」と出て行った。
「ここにも面倒くせーのが増えた」
サックスの呟きが聞こえ、マリエルは苦笑いしか向けられなかった。
「サックス申し訳ないのですが、この資料を会議中のサイラス殿下に渡して下さい。私は手が離せなくなったので、会議は以後欠席する旨を伝えて下さい」
「はい」
イーサンから書類を預かり出ていくサックスを見送った後、静粛の中、残った3人から盛大な嘆息がそれぞれから響いた。
次回は来週月曜日UP予定です。
よろしくお願いします。




