36、王太子妃シャーロット
毎週月曜投稿作品です。
オルリア皇太子サイラス・オルリアのたった1人の正妃、シャーロット・オルリア。
結婚3年目にして待望の第一子を授かり安定期に入ったばかりの妊娠5ヶ月目の妊婦である。
オルリアの西側に位置する小国ジファーグ王国。
皇太子妃はそこの第五王女だった。
ジファーグ国の王族は子宝には恵まれたがシャーロットが生まれるまで女腹で、それまでは第一王女がジファーグ国を継ぐ予定であった。
だが第一王女が成人を過ぎた翌年、ようやく王子が誕生したことで、王位継承がずれ込み第一王女の王位継承を巡って国が混乱したと歴史では伝えられている。
それ以外でジファーグ王国について特記した箇所はなく、有名な特産品についても知られていない。
それ故ジファーグ王国は慢性的な財政難に陥っている国。
というのが歴史家の評価だった。
マリエルも大陸の情勢などを勉強してきたが、ジファーグ王国のことはその王位継承で混乱したこと以外知らない。
どんな人物だろうかとワクワクしていた。
皇太子妃に会いに行くと言った時、カーラはついて行こうとしたが、マリエルは護衛のサックスと2人で行くと伝えた。
シャーロットから渡された手紙からは悪意を感じなかったからだ。
「サックス、シャーロット様ってどんな方?」
歩きながら前方を歩くサックスに問う。
「そうですね。大変お淑やかで慎み深い方、というのが一般的なお姿かと」
「実際は?」
「あまり表に出てこない掌中の珠、ですかね」
「出てこない?」
「恥ずかしがり屋と兄さんは言ってました」
イーサンが言うのならそうなのだろう。何に自信がないのだろう?
引っ込み思案な人間にしても恥ずかしがり屋でも、何かに自信がないからそういう行動に出るものだ。
会ってみればわかるだろうか。
掌中の玉ねぇ。
サイラスお義兄様が大事になさっている妃殿下か。
うん、尚更会うのが楽しみになったわ。
オルリア城最奥の王の住居に妃殿下はいるらしい。
そこでマリエルは気がついた。
皇太子離宮ではない?
「サックス、王の間にサイラスお義兄様達は住んでるの?皇太子離宮はどうなってるの?」
「今から7年程前に王は皇太子離宮の南側にあるユリの間に住居を移されました。代わりにサイラス様がこの王の間に住まわれたのです」
「そうなのね。ユーグ王様はご顕在なのよね」
「いらっしゃるにはいらっしゃるのですが、ここ数年は政務も公務もされてませんので、姿を見れるのは殿下方だけなのです」
その言い方に悪意を感じたが、マリエルは呆然と呟いた。
「・・・・引き篭もり?」
「ええ、その通りです」
何なさってるのユーグ王。
呆れる一方でサイラスはすでに王として腕を振っているらしい。
ならばユーグ王は退位しサイラスに王位を譲ればいいものを。と思うがそう簡単には行かないのが王族だ。
どの国にも起こり得る王位継承問題。
デュリカーナはアランが采配を奮っており立場を盤石のものにしているので継承問題は皆無だが、オルリアも例外ではないのだろう。
シャーロット妃の母国であったような混乱を避けるための処置なのだろうが。
王と名乗っている以上仕事はするべきだと思うマリエルだった。
王の間の更に奥にある正妃の間に皇太子妃はいるらしい。
その扉の前に年増の侍女が立っており、こちらに気づき頭を下げて来た。
侍女の前に立ったマリエルはここでサックスと別れ1人、部屋へと入って行った。
「私はシャーロット様の乳母でシャナと申します。本日はわざわざお越し下さいましてありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ無理を聞いて下さりありがとうございます。妃殿下のお加減はいかがですか?」
「まだ悪阻があるようでして、辛そうになさっておいでです。話し相手もいないようなところでは気分転換もできておりません」
乳母の言葉に、マリエルは思わず眉が寄った。
話し相手がいない?
夫は何をしているのかと不信感がわいた。
こちらです。ともう一つの扉を開けられ戸をくぐり、中に入ったマリエルはししまった、と1人で来たことを後悔した。
室内の中にある大きな応接セットのソファにゆったりとした衣装を身に着けた女性が1人座っていた。
この方がシャーロット様ね。
派手さはないが落ち着いた雰囲気の美人である。
栗色の髪をゆるく三つ編みをし肩に流し、こちらを見つめている琥珀色の瞳が神秘的だ。
悪阻があるというのは彼女の表情を見れば一目瞭然なのだが、何この空気。
めっちゃ重いんですけど!
シャーロットの後ろに控える1人の侍女からは友好な空気を感じ自然と笑顔が溢れるのだが、問題はもう一つの奥の大きな扉。
王の部屋へと繋がっているであろう扉を背に4人の侍女達が立っているのだが、そちらからどす黒いオーラが見えていた。
一つはシャーロットに、2つはマリエルに向いていた。
初めて会った人に悪意を向けられるってどういうこと?!とマリエルは慄いていた。
「お初にお目にかかります、マリエル王女様。私はこの王城の侍女頭サマンサと申します。以後お見知りおきを」
しかもどういうことだろうか。
この部屋の主であるシャーロットを差し置いて侍女が先に挨拶してきたではないか。
マリエルの後ろに控えていたシャナは怒りでブルブル震えているようだ。
チラリとシャーロットを見れば真っ青な顔色になっている。
うーん悪阻でそうなっているのか判断が難しいが、その後ろにいる侍女の顔色が悪くなった所を見ると悪阻だけでここまで顔色が悪いわけではないようだ。
まずは自分も挨拶をしようとシャーロットに向き合おうとしたところで、また侍女頭の言葉がした。
「この度はディークファルト殿下とのご婚約者おめでとうございます」
その瞬間横に控えていた年若い二人の侍女からブワッ!と黒い霧が立ち込めた。
なるほど。
私に向いた悪意は嫉妬ですか。
それを理解した上でマリエルは王女然と凛と背筋を伸ばし侍女頭を見た。
「ありがとう」
そう答えれば二人の侍女は唇を噛み睨みつけてきた。
ここの侍女の教育はどうなってるの!!サイラスお義兄様!!!
心の中で叫んだマリエルだった。
怒りが湧いたが誰に向かって吐き出せばいいのか逡巡したが、今のこの状態を放置するのは得策でないのは一目瞭然だった。
マリエルは侍女頭に顔を向け、重たい口を開いた。
「侍女頭のサマンサ、だったかしら」
「はい、マリエル様」
「あなたこの城の中で侍女の位が一番上なのでしょう」
「そう銘々を受けております」
恭しく頭を垂れるが、マリエルは冷ややかな視線を向けて口を開いた。
「ならば節度ある態度を取るべきではなくて」
「はい?」
「言われていることに理解できないのですか」
「いえ、あの」
「ここは誰の部屋ですか?そしてあなたは誰のお世話をするためにここにいるのです」
鋭い声で糾弾すれば、態度をあたらめるかと思ったがどうもここに侍女たちはタチが悪いと感じた。
「・・・」
黙ったまま答えられない侍女頭にマリエルは更に言葉を言い放った。
「言い方を変えましょう。あなたはここにいるシャーロット様より上位の人間なのですか?」
「い、いいえ」
「ではなぜここの主であるシャーロット様より先に口を開きました」
ここで事の重大さに気がついた侍女頭は真っ青になった。
「もういいです。そこにいる侍女達は外に控えなさい」
語尾を強めて言ったマリエルの王女然な態度に皆ひれ伏し、そそくさと退出して行った。
そしてマリエルの横を通り越した4人の侍女の内心を垣間見た。
最後の侍女だけは毛色が違うようだとマリエルは微笑んだ。
「シャナ、最後に出ていった侍女の名は?」
小声で問えば「ルナです」と小声で応えてくれた。
「そうありがとう」
マリエルはその場から離れ、皇太子妃に近づくと恭しく頭を垂れた。
「シャーロット様来て早々大変失礼を致しました」
マリエルの様子に、シャーロットは立ち上がり首を横に振っていた。
「こちらこそ申し訳ありません。マリエル様に嫌な思いをさせてしまいました」
「シャーロット様は謝るようなことはされてないでしょう」
「しかし」
「それとも指示したのはシャーロット様ですか?」
少し意地悪で問えば後ろに控えていたシャナが反応した。
「違います!!」
黙っていられなかったのかシャナが目に涙を溜めて訴えるように立っていた。
「わかっています。シャーロット様の指示でないことは明白です。ですが、秩序を言い聞かせなかったのはシャーロット様の失態です」
大きく目を見張る皇太子妃にマリエルは静かに問うた。
「侍女達から何か言われたりされたのではありませんか?」
「どうしてそれを」
「ならばシャーロット様は皇太子妃としてここで誰が一番上であるか、侍女達に分からせる立場にありながら黙っていた。違いますか?」
悲痛な面持ちの皇太子妃はワッと泣き始めた。
そんな彼女の背中をさすりながらシャナが弁解した。
「その通りです。あの侍女頭はシャーロット様がここに来た時から小国の姫だと鼻で笑い、毎日毎日嫌味を言ってきたのです」
さっき侍女頭の心意ビジョンで見たまんまなので驚きもないなあ。
やっぱりね、としか思わなかった。
「侍女頭がそういう態度なので、他の侍女も真似をして」
シャナの言葉にマリエルは憤りを覚えた。
本当どうなってるの、ここの侍女の教育!!
帰ったらイーサンにでも相談しようかしら。
「わかりました。ごめんなさい。妊婦さんを興奮させてしまいましたね」
「いいえ!姫様も少しはマリエル様を見習って反省なさって下さい」
おっと、手厳しいぞ。シャナ。
「では少しシャーロット様とお話をさせてくださいませ」
人払いしたい旨を告げれば、2人はにこやかに頷いた。
「かしこまりました」
そう言って最後の2人が出て行った。
静まり返る室内の中、シャーロットは元気のない表情をマリエルに向け、オズオズといった感じで話しかけてきた。
「あのごめんなさい。こんな所をお見せして」
マリエルはシャーロットの横に座り、彼女の震える手をそっと握った。
「いいえ、ずっとお辛かったのですね」
「他に相談できる方がいなかったものですから」
夫はどこ行った?
サイラスお義兄様?!とマリエルは慄いたが表情はにこやかにしていた。
「サイラスお義兄様に相談しなかったのですか?」
「サイラス様はいつも遅くまでお仕事されてますし、大変な時に我が儘を言うのは気が引けて」
「・・・・」
何この他人行儀。
「いつも夜遅くなって帰って来られるし、朝も早くから政務があるからとお出かけになるので、いつも1人で寝て、起きても1人という状況なので」
寝た後に帰って来て、起きる前には出社って!
どこの時代の団魂世代親父並みの生活を送ってるの、サイラスお義兄様?!
いやいや団魂世代でも夫婦のコミュニケーションはちゃんと取ってますわよ!
どうなってるの皇太子夫婦!とマリエルの魂が抜けかけた。
「でも昨夜は早く帰られて驚いたのですが・・・・あの、ありがとうございます」
話が見ないぞ。
何でお礼を言われたの?
「あの、あーんって」
ああ!そこは実行なさったのね、お義兄様。
真っ赤な顔をして言うシャーロット妃はマリエルより6つ上のはずなのだが大変可愛らしい。
「私『危険な薔薇』の愛読者で好きな一節でしたので、興奮してしまって」
マーシー達が騒いでいた恋愛小説タイトルと同じだとマリエルは気づいた。
「大変うれしかったのです。マリエル様のおかげです」
「それはよかったですわ。それよりその呼び方なのですが、私のことはマリエルとお呼びください」
「ですが私は小国の姫でしかありません。マリエル様は大国デュリカーナの姫君です。呼び捨てなど」
「それです」
「え?」
「シャーロット様のことはお義姉様と呼ばせて頂きますね。確かに私はデュリカーナの人間です。ですがあなたは今現在この国、オルリアの皇太子妃です。私は第四王子の婚約者に過ぎません。どちらが上位であるかはおわかりですね」
「・・・」
眉を下げ了承しないシャーロットにマリエルが戸惑った。
「なぜ堂々と皇太子妃然となさらないのです?」
シャーロットは悲痛な面持ちで目を閉じ、逡巡後ゆっくりと瞼を開き口を開いた。
「私はおこぼれで皇太子妃になった、いわば身代わり妃ですから」
「・・・・・・・・・・・・はい?」
マリエルは言われたことが理解出来ず受けごたえが遅れた。
「うちの王家では公然の事実です。サイラス様は本来うちの第一王女、ギャレットお姉様に結婚の打診をされたのですが、オルリアの情勢が安定しないこともあり結婚の時期がずれ込み、情勢が落ち着いた頃にはジファーグの王女は私しか残っていなかったので仕方なく私と結婚されたのです」
マリエルは頬が引きつった。
掌中の珠、何処行った?!
政略結婚なんてそんなものだけど、おこぼれって何?!
どうなってますの!サイラスお義兄様?!
愛されてる実感がないから、こんなに自信がないの?!
あーん、くらいじゃ埋めようがないほど妃との距離がありまくりじゃない!
妊婦を不安にさせるなんて言語道断だわ!
やっぱりイーサンに相談を!と思った時、部屋の外が騒がしくなった。
サックスの制止する声がする?
しばらくしてバタン!と開け放たれた戸の前には、仕事に行ったはずのディークファルトが立っていた。
「ディー様?!」
悪い事をしているわけではないのに、マリエルの方がギョッとして立ち上がった。
「やっと見つけた!」
マリエルを見てニッコリ笑ったディークファルトに、マリエルは困惑顔を向けた。
「え、どうしたのです。お仕事は、キャッ!」
ズカズカと室内に入ってきたディークファルトはマリエルの前まで来ると抱き上げた。
「義姉上申し訳ないのですが、マリーは連れて行きます」
「まあ、ごめんなさい。長く引き止めてしまったかしら」
シャーロットは呆然と長身のディークファルトと抱き上げられたマリエルを見て、顔を赤くし目を細めた。
「いえ、そうではないのですが、これからマリーには竜の仕事をしてもらわねばならないので、連れて行きます」
なぬ?!竜の仕事とな?!
それは大人しく連れて行かれた方よかろう。とディークファルトの首に手を回したマリエルだった。
「それでは」
退室するディークファルトに、マリエルはハッとし止まるようお願いをしてからシャーロットを見た。
「シャーロットお義姉様。また来ますわ」
「ええ、お待ちしております」
「そこは『待ってるわ』ですわよ。お義姉様」
と笑って退室したマリエルだった。
外では急な天気の変化が起きたのか、分厚い真っ黒な雲に覆われ周囲を薄暗くし、遠くで雷が鳴り響いていた。
次のUPは一週間後です。
よろしくお願いします。




