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竜の楽園  作者: 虹乃懸橋


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36/36

35、娘に特化したジル王専用ルール



毎週月曜投稿作品です。




 伯爵の電撃対面から数時間後。

 皇太子執務室でサイラスとイーサンは大量の書類を前に、格闘していた。

 サイラスは目を通した書類にオルリア国の王印を押しながら今朝のことを考えていた。


 あの騒動に後、昨夜のメンバーで朝食を摂ったのだが、その後が大変だった。


 仕事に妥協は許さないはずのディークファルトが仕事に行かない。と言い始めたのだ。

 慌てたのはルーカスでこの数日、竜殿下不在で竜絡みの案件を保留にしてきたものも少なくないので、サイラスも頭を抱えたほどだ。

 

 ディークファルトのマリエルへの執着ぶりは異常だ。

 恋をしたことがない者が、恋をするとこうも(たが)が外れるのか。


 その事を思い出し、思わず口にすればに目の前の重臣は否定してきた。

「少し違うでしょうね」

「どう違う?」


「恋というより、異性として初めて意識した。が正解でしょう」

 書類片手に机前に立っていたイーサンが言う。


「それではまるで竜ではないか」

 机上の書類から目を離し、イーサンを見上げた。


「感覚は似ていると思いますよ。もっとわかりやすく言うなら、同種族感覚ですかね」

 そこまで言うとサイラスの左隣前方にある簡易テーブルに移動した。


 サイラスはイーサンの後ろ姿を追いながら問うた。

「同種族?」

 椅子に座りサイラスを見たイーサンはデフォルトの笑みを浮かべた。


「異質に見えていた周りの女性とは違い、姫には同じものを感じている。無条件で受け入れられる。異種族は本能で相容れないですからね」

「人の人知を遥かに超えた話だな」


「ディーは感覚が鋭いのでしょう。本能を感じる能力が人よりも強いからこそ、竜と対等に渡り合えるのかもしれませんね」

「どう聞いてもディーは人より竜に近いと言われているように感じるんだが」

「感覚の話ですよ」


 サイラスは腑に落ちない。と渋い顔のまま目の前の書類に意識を戻した。


「しかし今日は姫に助けられてばかりですね」

 イーサンが書類に何か書き込みをしながら言葉を発した。

「まったくだ」


 クリストファーの1件といい、ディークファルトの駄々をあっさり解消したのはマリエルだった。


 朝食後、仕事に行かずに『マリエルに付き添い城内を案内する』と言い出したディークファルトに慌てたルーカスが制止した。


「ディー!仕事があるだろう!」

「何を。元々この4日含めて一週間はデュリカーナに行っているはずだったのです。後3日の有休を申請します」


 堂々と言い放った!

 これにはサイラスも空いた口が塞がらなかった。


「有休?!んなもんあるか!いいから仕事行くぞ!」

「い・や・で・す」

 食事もそこそこに立ち上がったルーカスは、ディークファルトの腕を掴んで押し問答を始めた。


「・・・・・」

 それまで黙っていたマリエルが朝食のスクランブルエッグを咀嚼し飲み込むと微笑んだ。


「ディー様。心細く思う私に寄り添おうとして下さるのは嬉しいのですが、お仕事を放おってまで一緒に。と言われては悲しくなります」


 取っ組み合い状態で首根っこ掴まれていたディークファルトの動きがマリエルの言葉で止まった。


「それに自分の仕事に誇りを持って一生懸命されてる殿方は格好いいですわよね」


 ウットリと微笑んだマリエルを見たディークファルトはスチャっと立ち上がると、少し目線が下になるルーカスを見て言った。


「何をされているのです。兄さん、早く現場に行きましょう」

 と悠然と部屋を出ていったのだ。


 えええええええええええ!!!!

 サイラスは狐に摘まれたような表情のまま、慌てて追いかけるルーカスを見送り、マリエルを見るとイタズラっぽい笑みを浮かべていた。


「お父様によく使った()です」

 ・・・・・・なるほど。


 姫を溺愛していたジル王もまた仕事拒否は日常茶飯事だったのだろう。

「見事だな」

「お母様仕込です」


 ニッコリ微笑むマリエルに、ここで二度目の()()()()が出てきたのである。


 今現在マリエルは例の『ディークファルトのもの!』と公然の”民族衣装”を着てサックスの案内で城内を闊歩(かっぽ)、いや歩いている。


 あの衣装・・・・。

 頭を抱えたくなるサイラスだったが、重臣の意見を聞いてみた。

「あの民族衣装どう思う?」

「ディーらしいですね」


 これは()()()()!と言っているような衣装をマリエルは抵抗もなく、虫よけになると喜々とし好んで着ていた。


「俺は大人げないと思うのだがな」

 ここで手を止めたイーサンは、鼻で大きく息を吐いた。

「1人称が()になってますよ」


 普段は皇太子然と()というサイラスも幼馴染で従兄弟のイーサンの前では普通の男に戻るようだ。


「お前と二人の時くらいいいだろう」

「甘いですよ。どこに悪い目があるかわからないのですから」


「今朝のマリエルの言葉が本当ならそれも解消されるのでは?」

「鵜呑みにしていいのですかね?」


「まあ、確かに人知を超えた力ではあるな。しかしクリスの一件はお前も目の前で見ていただろう」

「あれを見た時の私の気持ちがあなたにわかりますか?」


「みなまで言うな」

 俺はディーに殺されたくない。とサイラスは苦虫潰したような表情をした。


「それでも言わせて下さい。残念でなりません」

「・・・・」

「あれほど皇太子妃、いえ王妃然とした素質の持ち主であったとは」


「やめろイーサン」

 語尾を強めたサイラスはイーサンを静かに見つめた。


「結局は縁がなかったのだ。10年前確かに私がマリエルに会っていれば、それもあり得たかもしれないが、私はシャーロットと出逢った。私の妃はシャーロット1人だけだ」


 それにマリエルはあの能力を我々に公開したのだ。

 この国のためならその力を出し惜しみするとも思えないサイラスだった。


「・・・・そこまで言い切るなら、妃殿下に愛の1つでも囁かれたらどうです」

 イーサンの辛辣な言葉にぐっと押し黙るサイラスに、重臣はやれやれと首を横に振った。


「妊婦の不安は胎児にはよくありませんよ」

「言わねば不安にさせるものか?」


「・・・・ディーの爪の垢を煎じさせましょうか」

「やめろ!あそこまでする気はないぞ」

「じゃあ、どこまで?」


「昨日、マリエルに言われて、実行したことがあって、それは、よく()()()

 サイラスが目元を赤くしどろもどろ言う姿は珍しい。


 そういえば今朝この人艷やかだったな。とイーサンは思い出す。


 思案後、書類に目をやったまま呟いた。

「どこかで睡眠時間、確保致しましょうか?」と問えば消えそうな声で「・・・頼む」と返された。


 その後静粛な時間が訪れカリカリと書類に書き込む音だけが響いた。


 が、すぐにマリエルによって破られた。

「サイラスお義兄様!」

 どうもこのお姫様も急いでいると、ディー同様ノックせずに入室してくるらしい。


 眉間を解すように揉みながら、末弟に言い聞かせるようにマリエルに言う。


「マリエル、淑女ならノックしてゆっくり入って来なさい」

「あら、ごめんなさい」


 素を隠す必要性も感じない上に、いつもは止める侍女がいないため大暴走中のマリエルであった。


「城の中を案内していたのだろう。もう終わったのか?」

 随分早いな。と後方で控えるサックスに問えば眉を下げた。


「貴族たちの視線に、私が居たたまれなかったのですが」

 サックスの言葉にあーっと察し、サイラスとイーサンは同情の目を向けた。


 ディーのもの宣言して歩いているマリエルを無視できる者もいないだろうな。

 衣装もそうだが、容姿もずば抜けている。

 そこに王女の貫禄もあれば目を引かないわけがないのだ。


 エリージャ伯爵はディーの婚約者ができたことを知っていたが、まだ公然と宣言していない為、『あれは誰ぞ!』と騒がれるのは容易に想像がつく。


「マリエル様もマリエル様です!喧嘩を真っ向から受けてどうするのです!」

 サックスの言葉にサイラスとイーサンは目を見張ってマリエルを見た。


「喧嘩・・・買ったのか」

 頭痛がしてきた。

 サイラスは目を覆った。


「だってあの方ディー様の衣装を盗んだような言い方をして脱がせようとしたのですわよ!それもいやらしい目つきで!」


「どこの誰です」

 眉を寄せたイーサンがサックスに問う。

「サリストナ侯爵です」

「当分城の出入り禁止ですね」


 憤然と言い放つイーサンの横でサイラスはサックスに問うた。

「何と言って応戦したのだ」


「誰に向かって泥棒呼ばわりしているのか。あなたの方が余程紳士然としていないのではなくて。と」

 ん?そこまでは普通だが?


「その後、侯爵の股間に足蹴りを御見舞されまして・・・」

 同じ男として、思い出しただけで股間がキュッとする。


 真っ青なサックスにサイラスも真っ青になる。

「マリエル、いやマリーお前・・・」


「邪な感情を抱いた輩には、それが一番いいとお父様に言われていたのですが、まずかったですか?」

 悪びれる気もないようにケロリと言うマリエルを横にサックスは俯いていた。


 ジル王・・・・。

 マリエル中心ルールにサイラスはよろめいた。


「それでよろしいのですよ」

「イーサン!」

 王女の股間蹴りを許すのか?!(同じ男性として許容し兼ねる!)とサイラスが問えば当然とばかりにイーサンは頷いた。


「姫は女性です。ディーの時のように無差別に向かってくる感情を正攻法で対処したところで物理的な力でねじ伏せられるだけです。貞操の危機なんてものじゃ済まないでしょう。徹底的に打ち砕かなければネズミ式に不埒な考えを持つ者が増えますよ」


 女版ディークファルト?とサックスも驚愕な目でマリエルを見た。

 そしてサイラスも男兄弟ばかりで女性の立場を理解していなかったことに気づき神妙な面持ちになった。


「それはまずいな」

「竜御殿にいる間はいいとして、城に出入りする以上、このルールはデュリカーナ同様うちでも有効にするべきです」

「そうだな」


 しなければジル王の怒りを買うのは必至だ。

 それにディーが許さないだろう。


 これからディークファルトの婚約者として周知されれば、そこまで困ったことも起きまい。

 サイラスはそれでも前置きを置いた。


「但しマリエル。それは最終手段だ。普段から護衛がついているんだ。サックスに間に入ってもらいそれでも駄目なら実行していい」


「1人でいる時に急に来て2人になった場合は?」

「護衛がいない場合は、致し方ない。思いっきりやれ」

 ジル王ルール採用の瞬間だった。


「で、それだけでここに来たわけではあるまい」

「はい!ディー様のお義姉様方に挨拶したいのです!」


「シャーロットに?」

「シャーロット様だけではありません。ルーカスお義兄様の奥様やお子様にも会いたいです!」

 マリエルに裏がないことは見ていてわかるが。


 イーサンが口を開いた。

「なぜ今なのです?」

「ディー様がいたら、いい顔をしないような気がして・・・」

 ああ。と皆納得した。


 鬼の居ぬ間に、というやつか。

 確かにそうだ。

 ディークファルトのマリエルの執着を考えるとマリエルと誰かの面会を快く思わないだろう。


 それがたとえ女性であっても・・・。


 城の中を案内させるよりそっちが優先順位が高かったな、とサイラスも気づいた。


「それにお義姉様方は、何人も侍女を抱えていらっしゃるでしょう。そんな御所にディー様も敷居が高いかと思ってお願いもできませんし・・・」

 この姫はディーのことをよく理解している。


 女性を避けてきたディークファルトが女の御所に足を踏み入れることはない。

 尚更末弟がいないうちに面会させておいた方がスムーズに事が進むなとサイラスは思い至る。


「そうだな。会わせよう。ただルーカスの家族に会うのは後日になるだろう」

「なぜですの?」


「ルーカス一家は城の外に居を構えているのでな。すぐに会うというわけにはいかないのだ」

「なるほど。ルーカスお義兄様の()()()()ですか」


「・・・そうだ」

 本当に敏い姫様だとイーサンは笑みを深め、サイラスも感心した。


「シャーロットには話をつけておく。彼女の都合のいい時間に訪問してやってくれ」

「ありがとうございます!」


 イーサンが皇太子妃に話を持って行っている間に、マリエルは一度竜御殿に戻った。


 カーラが入れてくれた飲み物を飲もうとして固まった。

「カーラ、これはなーに?」

 黒い液体がカップの表面でユラユラ揺れている。


「コーヒーでございますよ」

「コーヒー?」

 デュリカーナでは紅茶が主流でこんな飲み物は見たことがない。


「初めてでございますか?」

「ええ!デュリカーナでは紅茶や緑茶が主流でこんな濃い色をした飲み物は初めて見たわ!」

 大興奮のマリエルである。


「ではマリエル様にはこちら良いかもしれませんね」

 と、茶色い飲み物が出された。

 微かに甘い匂いがする。


「これは?」

「ココアという飲み物です。原料はチョコと同じカカオ豆が使われております」


「チョコ!私大好きよ」

 カップに口をつけると一層甘い香りがした。

 一口飲み込むと目を大きく見開いた。


「美味しい!」

「それはよーございました」

「サックス!そちらのコーヒーとはどんな味です?」


「ココアに比べると相当苦いです」

「・・・苦いの」

 なんでそんなものをわざわざ飲むの?と顔に書いてあるマリエルにカーラとサックスは微笑んだ。


「慣れれば癖になってしまう代物です」

 サックスがコーヒーを飲む姿を好奇心丸出しで眺めているマリエルにカーラは微笑ましく見ていた。


「もちろんサックス様のようにストレートで飲まれる方もおりますが、紅茶同様ミルクや砂糖を入れて飲む方もいらっしゃいますよ」

 カーラの言葉にマリエルは思い出した。


 そういえばデュリカーナでは、紅茶に砂糖を入れずレモンだけを浮かべ飲むのが大人然であるような風習があった。

 ではオルリアでは???


「もしかしてココアは子供の飲み物?」

「そうとは限りません。大人の女性も好むものですから」


 デュリカーナの風習を話すると、2人は笑った。

「確かにコーヒーが飲めたら、褒められますね。大人になったなって」

 サックスの言葉にやっぱり!とマリエルは愕然とした。


「ディークファルト殿下も成人前に頑張って飲んでましたね」

 苦いのは苦手だが、マリエルは子供扱いされるのは嫌だった。


 少しでもディークファルトのように大人に近づきたいマリエルは身を乗り出した。

「カーラ私も飲めるようになりたいわ!」

「ええ、ええ。では少しずつ慣れていきましょうか」


 何と素直で無邪気なお姫様なのでしょう。とカーラは相貌を崩した。

「はい、お願いします!」


 そんな時だった。

 皇太子妃シャーロットから使いの者が手紙を持って現れた。


 手紙の内容は、時間が許されるならこれから部屋に来訪してほしいことが書かれていた。


 マリエルはディークファルト帰宅までの残り少ない時間で皇太子妃に会うために、すぐに支度して彼女の住まう城奥の王の間に足を向けたのだった。

 

 

 



次のUPは一週間後です。

よろしくお願いします。



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