33、それぞれに巣食った闇
毎週月曜投稿作品です。
顔色を悪くしたディークファルトに「ディー様?」と声をかけ、どうしたのです?と言おうとしたが強い力で抱きしめられた言葉が出なくなった。
「ディー『お前は何だ!!!』」
言葉を遮るようにシルヴィアが怒声を上げた。
ディークファルトはハッとしてシルヴィアを見つめた。
苦手とする輩ではあるが、マリエルに向かって悪意をぶつけられ嫌悪感より怒りが湧いた。
「お前こそ何のつもりだ。なぜクリス兄さんに取り憑いている」
『ああ、ディークファルト殿下ようやく私に気づいてくれた』
先程の怒り顔は鳴りを潜めニコリと笑った。
そこでマリエルはディークファルトから聞いた忌まわしい出来事が起きた昔の話を思い出した。
シルヴィア・ホーキンス。
ディー様が女性嫌いに拍車をかけた事件の首謀者。
媚薬を盛った男爵令嬢。
ディー様の侍女だった人がそういった名前だったなとマリエルは思い出した。
ではこの方がそのシルヴィア・ホーキンスとして、何故クリストファー殿下の中にこの方がいたの?
「あなたは今離島の修道院でシスターとして一生そこで暮らしている身のはずです。今更ここに現れて何をするというのです」
『イーサン・シュレイム』
「諦めの悪い女はモテませんよ」
『元より見てほしい方は1人だけよ』
「では残念でしたね。ディークファルトは生涯の伴侶を得ました。あなたの出番はありません」
『あの女のことを言っているの?!』
「ええ、あなたと違い大国デュリカーナの王女様です。しかも大陸一の美姫と来れば言うことありません」
見る見るうちにシルヴィアの怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。
怒髪し髪が逆だってくる。
ちょっと待って!
その怒りの矛先が私に向いてるんですけど!!
視線が合い流石のマリエルも震えた。
『そんなの嘘よ!殿下はこの年まで独身だったのは私の刑期が終わるのを待っていたからよ!』
「おかしいですね。あなたの刑期は死ぬまで解けませんよ」
『いいえ!後2年で終わるわ!裁判長の正式な署名入りでね!』
「何だと?!」
ルーカスの驚きの声の後に、何かに気がつきイーサンが呆れて言葉にした。
「色仕掛けですか」
『何とでも言いなさい!殿下と共に歩めるなら何だってするわ!』
「・・・頭に花が咲いているあなたには申し訳ないですが、あなたに高貴な身分があってもディークファルトの花嫁にはなれませんよ」
『は?何故よ?!』
「王族の者は処女性を重んじているからです。あなたはすでに経験者でしょう」
イーサンの言葉にシルヴィアは目を見開いた。
『何?それ??』
そんなこと知らない!!と頭を振り乱し叫ぶシルヴィアの横で、初めて項垂れていたクリストファーが「シルヴィア」と言葉を発した。
その瞬間クリストファーの断片的な記憶がマリエルに流れ込んできた。
一つ一つのパネルのように場面が写っては消えていった。
強烈なイメージ。
クリストファーの中で一番印象に残ったビジョン。
ベットの中に裸の男女が一組。
若かりし頃のクリストファーとシルヴィアだ。
「クリストファー殿下あなた彼女の・・・責任を取るつもりだったのですか?」
マリエルの言葉にクリストファーは力なく笑った。
話が見えない王太子サイラスはクリストファーに問うた。
「説明しろクリス!」
兄の言葉にクリストファーは項垂れ、寂しい笑みを浮かべた。
「隠し通せるとは思っていなかった。ごめん、ごめん、シルヴィア」
『どういうことよ?』
「私は君が、ディーが好きだったことを知っていた。知っていた上で、経験のない君を抱いたんだ。処女性を重んじる王族にとってそれは強制的に相手の女性を自分のものにできる手段だったから」
「クリス、お前・・・」
ここで二人の間に何があったか理解したサイラスは眉間にシワを寄せた。
「私が寄宿学校に入っている間、君に枷をつけるためだった。でも君は処女性の意味を理解しないまま、ディーを傷つけようとした」
苦しそうに顔を歪めるクリストファーにルーカスは詰め寄った。
「学校に行く前に何故公にしなかった?!」
「私も何故しなかったのか後で後悔した。でもそれを告げればシルヴィア、君は私を恨むだろう。だってもうどう足掻こうとディーの花嫁にはなれないのだから。君には嫌われたくなかった。だから公にはしなかった、いやできなかったんだ」
弟の言い分に苛立ち、ルーカスは更に詰め寄った。
「いつだ。いつそんな関係になった!」
「私が11、シルヴィアが16。ちょうどディーが竜御殿に引っ越す少し前です」
「11?!」
早?!とルーカスが驚愕する。
「だからですか」
イーサンは納得したようにシルヴィアを見据えた。
「シルヴィア・ホーキンスが事件を起こした時ディーはもうすぐ11歳になる時でした。普通考えれば媚薬など盛るには抵抗がある年齢の子供に躊躇なく実行できたのはクリスとの関係が始まったクリスの年齢と同じだから、何も考えず行動できたということですか」
イーサンの言葉は耳に入っていないのかクリストファーの目はシルヴィアにしか向いていなかった。
「シルヴィア、寄宿学校に入っている間に君が刑に服したと聞いたときの私の気持ちがわかるかい?」
『知らないわ』
「君にとって私は何だった?」
『ディークファルト殿下の兄。であると同時に情報元ね』
「あの頃の私は君と結婚するつもりだった」
『は!寝言は寝て言ってよ?!何度も言ったはずよ、あなたとは結婚はしないって!』
「じゃあ、なんで体の関係を続けた?」
『あなたが求めたからでしょう。侍女の私に拒否権なんてないもの』
その言葉に驚愕な表情を浮かべたクリストファーは、次の瞬間悲しく顔が歪み肩を落とした。
「では最初の時も私の命令だと思ったから?」
『あなた達王族にはわからないでしょうね。下位の貴族には逆らえない事がほとんどなのよ』
汚いものでも見るような冷たい視線をクリストファーに向けた後、シルヴィアは表情を緩めディークファルトに視線を向けてきた。
『でもディークファルト様は違った』
恍惚とした表情でディークファルトを褒めたシルヴィアに、ディークファルトは冷たい声で問うた。
「どう違った?」
『あなたは理不尽な命令なんてなさらなかったわ』
シルヴィアの言葉にディークファルトは、鼻で笑った。
「それは俺がお前に興味がなかったからだ」
『え?・・・・』
「興味ある者なら俺とて願いはいくらでもある。命令できるものならしたいほどに。マリーには危ないことはさせられないし、できれば俺以外の男とは目も合わせたくないと願うほど執心している」
お前と彼女とでは比べる対象にもならない。と告げれば、シルヴィアは言葉もなく目を見開きディークファルトを見つめていた。
『もし私が未経験なら、身分が高かったら少しはわたしを見てくれましたか?』
「ないな。マリー以外の者にどんな条件を付けられても靡かん。逆を言えばマリーならどんな身分だろうと心惹かれただろう。平民であっても俺はマリーなら受け入れる」
『そんな・・・・』
ディークファルトの腕の中にいるマリエルを見て怒りをぶつけようとしたが、ディークファルトが盾となるような動き見て、怒りの矛先をクリストファーに向けた。
『クリストファー!!!』
クリストファーは罪を受け入れ、シルヴィアの行動を静かに受け止め、目を閉じた。
マリエルは咄嗟に「《結界解除》」と呟いた。
同じ結界内に2人を一緒にするのは危険と判断したからだ。
クリストファーの所に行こうとしたマリエルをディークファルトは許さなかった。
「ディー様!」
「駄目だ!」
腕の中から出さず、更に自分の檻の中に閉じ込めるように強く抱きしめたディークファルトだった。
シルヴィアの手がクリストファーの首にかかる寸前、細く長い剣が間に入りシルヴィアの動きを止めた。
シルヴィアが一歩後ろに下がった所で剣を持ったサラが、シルヴィアとクリストファーの間に入った。
「!サラ?!」
クリストファーが今までで一番動揺した姿を見て、マリエルはおや?と見やった。
「これ以上好きにはさせません」
そういってシルヴィアを見据えるサラに、顔色を悪くしたクリストファーは縛られた体制のままサラの前に出た。
「君は下がっていなさい!」
「嫌です!これ以上殿下が侮辱される所は見たくありません!」
前に出たサラをクリストファーは押しのけた。
「君に何かあったら今度こそ私は!」
「お忘れですか?私は竜騎士隊の一員で軍人です」
「それでも君は女性だ!」
二人のやり取りを見て、シルヴィアが呆けた。
『この女は?』
「クリスの婚約者だ」
王太子の言葉にシルヴィアは目を見開き、次の瞬間意地悪くフフッと笑った。
『私とどっちが大事?』
「シルヴィア・・・」
クリストファーは愕然とシルヴィアを見た。
『私が大事ならこの女を捨ててよ』
なんてことを言うの、この人!
マリエルは憤慨していたが、ディークファルトの拘束で見動きすらできなかった。
「殿下が望むなら、私は婚約破棄を受け入れます」
だがサラの口からは辛辣な言葉が出ていた。
クリストファーは目が落ちるのかというほど見開き、目に涙が浮かび始めた。
「無理だよ。今の私にはサラが必要だ」
えっ!と後ろを振り返ったサラに泣き笑いしたクリストファーはそのままシルヴィアを見た。
「17年だ。君が少しでも私を思っていてくれたならここまで囚われることもなかった」
マリエルはここでとんでもない月日が流れていることに気がついた。
17年・・・・。
私生まれてない、とショックを受けた。
「君は美しかった。急にいなくなった君の面影を求めて色んな女性と接して来たが、どの女性も私は惹かれなかった。でもサラだけは違ったんだ。君とはまったく違うのに何故か彼女だけは心惹かれたんだ」
幸せそうに微笑むクリストファーにシルヴィアは苛立った。
『私あなたのこと許した訳ではなくてよ』
シルヴィアの言葉にクリストファーはびくりと肩を揺らし黙り込んでしまった。
シルヴィアはニヤリと笑った。
『そう、今は私より彼女が大事なの。じゃあ、あなたでいいわ。クリストファーの代わりに死になさい!』
サラに飛びかかるシルヴィアに「《捕縛》」とマリエルは呟いた。
シルヴィアの両手足にキラキラとした透明な錠が繋がれ空中で見動きができなくなった。
シルヴィアはマリエルに罵声を浴びせて来たが、マリエルは憤慨していた。
この人性格悪すぎ!
とプンスコ怒っていたマリエルはシルヴィアの姿が最初の頃より薄くなっていることに気が付き、おや?ッと疑問に感じた。
もしかしてクリストファー殿下の中で美化されたシルヴィアを思うあまりにここまで具現化したけど、サラの存在で彼の中でシルヴィアとの思い出も風化してきたのか?
と、いうことはクリストファー殿下の中でシルヴィアへの思いが未練が無くなれば消えてくれる?
「どう思うイーサン」
「的を得てると思いますよ」
「だよね。じゃあ、今後の行動としてどうすればいいと思う?」
「クリストファー殿下にきっぱり未練を断ち切らせればいいのでしょう」
「出来る?」
あなたなら可能なのかしらと見れば、意思は通じたらしい。
「私がしてもよろしいので?」
「私よりは的確にできるでしょう?」
「ご指名とあらば」
「よろしくお願いします」
なにせ私見動きすらまともに出来ないので!!
ディークファルトの檻に囚われたままのマリエルに同情の眼差しを向けたイーサンはクリストファーに声をかけた。
「クリス、あなたが今一番大事にしなければいけない相手は誰です?」
「イーサン?」
急に従兄弟に話しかけられて驚いたクリストファーは意味がわからずイーサンを見合った。
「具体的なビジョンで言葉にしなさい。でなければ、いつまでもシルヴィアに囚われたままです。いつかあなたの大事なものをシルヴィアの手によって奪われるかもしれません。少なくとも今ここでサラかシルヴィアかどちらかを選びなさい」
少しずつ消えていくシルヴィアの姿に、シルヴィア自身が焦ったようだ。
『嫌よ!ディークファルト殿下!』
必死に手を伸ばそうとしているのか前のめりになってディークファルトに縋ったが、ディークファルトに一喝される。
「消えてしまえ」
こんな時でも気にするのはディークファルトなのかとクリストファーは残念に思うと同時に、これ以上生産性のない感情を持ち続けるのはナンセンスだ、と昔の淡い感情に別れを告げようと口にした。
「ごめん、シルヴィア。君を思うのはここまでだ。今までありがとう」
『嫌!ディークファルト殿下!』
こんな時でもシルヴィアが思うのは自分ではないのだ。
滑稽な話だ。
私は何に囚われていたのか。
今はもう思い出せない。
クリストファーは悲愴な表情で目を閉じた。
傍らには目に涙を溜めてクリストファーを支えるサラがいた。
ふうっとかき消されたシルヴィアを見て、無事終わった。と脱力したマリエルだった。
もちろん己の腕の檻に閉じ込めていたディークファルトは崩れ落ちるマリエルを抱き留めホッと息を吐いた。
サイラスは離島の修道院へ人を派遣し、刑期の情報など精査させるようにイーサンに言い渡し、盛大にため息を着いた。
次のUPは一週間後です。
よろしくお願いします。




