暴走列車 清水ユリ 第2部 9
アタシが、そんなことを、考えていると、
「…さあ、行きましょう…」
と、伊藤が、言った…
副校長の伊藤が、言った…
アタシは、いきなり、言われたので、
「…行く? どこへ、行くんですか?…」
と、聞いた…
間の抜けた質問をした…
「…それは、当然、アナタのクラスですよ…」
と、伊藤は、当然のことを、言った…
「…当たり前でしょ?…ほかに行くところが、ありますか?…」
そう、言われると、ぐうの音も出なかった…
当たり前だった…
この伊藤の言うように、当たり前だった…
アタシは、伊藤の後に、従って、歩いた…
小柄な伊藤の後に従って歩いた…
しかし、おかしな学校だ…
アタシは、伊藤の後を歩きながら、思った…
身の危険を感じるところまでは、いかないが、おかしな学校だ…
あらためて、そう、思った…
だが、まあ、おかしな学校だが、身の危険を感じないのが、いい…
正確に言えば、この学校の教師の村井にアタシの乳を揉まれたわけだが、それは、たいしたことではない…
別に減るものでもなんでもないし、アタシは、他人が、思うほど、そんなこと、気にしちゃいない…
全然、気にしちゃいない…
問題なのは、乳を揉んだのが、オヤジだと、いうことだ…
イケメンでは、ないと、いうことだ…
アタシのタイプのイケメンなら、全然、OK…
乳を揉んでも、全然、OKだ…
だが、まあ、これは、誰でも、そうだろう…
誰でも、同じだろう…
自分の好きな人間なら、OK…
嫌いな人間なら、NGだ…
まして、自分の父親と同世代だったり、それ以上の年齢のオヤジだったら、むかつく…
アタシの乳を揉むなんて、許せん!
断じて、許せん!
当たり前だった…
しかも、アタシの乳を揉んだ、村井は、小柄だった…
この伊藤と同じ、小柄なオヤジだった…
昔、母が、言ったことがある…
アタシそっくりの見た目の母が、言ったことがある…
小柄な男は、大柄な女に憧れると、言ったことがある…
言われてみれば、アタシも覚えがある…
中学や、前の高校でも、アタシを好きな男の中には、小柄な男がいた…
背の低い男がいた…
それを、母のユカリに話すと、
「…ないものねだりだよ…」
と、一言。
「…ないものねだりって、なに?…」
と、アタシが、ユカリに聞くと、
「…自分にないものを、相手に求めること…背の低い男が、ユリみたいに、背の高い女に憧れたり、真逆に、背の高い男が、背の低い女に憧れたり…」
と、答えた。
だが、背の高い男が、背の低い女に憧れる気持ちが、わからない…
さっぱり、わからない…
「…どうして、背の高い男が、背の低い女に憧れるの?…」
と、ユカリに、聞いた…
「…かわいいと、思うんだよ…お相撲さんを、見て見な…結婚する女は、案外、小柄な女が、多いよ…」
と、ユカリが、言った…
それは、知らなかった…
初めて、聞いた…
「…それに、これは、笑っちゃうけれども、男も女も、ルックスが、それほどでもないひとに、限って、美女やイケメンに憧れるひとが、多いよ…」
と、言った…
アタシは、即座に、
「…それは、無理!…」
と、言ったが、ユカリは、
「…無理じゃない!…」
と、即座に反論した…
アタシは、ビックリして、
「…どうして、無理じゃないの?…」
と、聞くと、
「…お父さんは、決して、イケメンじゃないでしょ…」
と、ユカリが、答えた…
アタシは、それを、聞いて、たしかに、イケメンじゃないと、納得した…
でも、頭がいい…
東大を出るほど、頭がいい…
だから、アタシは、それを、言ってやった…
「…でも、お父さんは、頭がいいし…」
と、言ってやった…
それを、聞いたユカリが、ニヤッと笑った…
我が意を得たりとばかりに、ニヤッと、笑った…
「…そうよ…私は、お父さんの頭の良さに憧れたの…私は、アンタと、同じで、勉強が、嫌いだったから…」
と、即答した…
それから、続けて、
「…つまり、交換…」
と、言った…
「…交換? なに、それ?…」
「…男も女も、ルックスに自信が、ないひとは、ルックス以外の武器があれば、いい…お父さんのように、頭が良かったり、お金持ちだったり、マンガを描いて、売れるような才能があったり…要するに、ルックス以外で、他人様が、憧れるものがあれば、いい…」
ユカリが、説明した…
「…まあ、でも、全然、そうじゃなくて、美女と野獣じゃないけれども、結婚するカップルは、大勢いるし、本当のところは、わからない…」
「…美女と野獣? …どうして、結婚したのかな?…」
「…それは、わからない…ただ、結婚は、なにより、相性があるからね…」
「…相性?…」
「…いくら、頭が良かったり、ルックスが良かったりしても、いっしょにいても、話が合わなかったり、つまらなかったりしたら、ダメでしょ?…」
「…」
「…なにより、気が合うこと…私は、お父さんとは、頭が、天と地ほども違うけれども、気が合った…話があった…だから、結婚した…」
ユカリが説明した…
アタシが、納得のする説明をした…
そして、そんなことを、考えていると、目当てのクラスに着いた…
アタシの行く、クラスに着いた…
副校長の伊藤が先に、教室に入った…
「…失礼します…」
と、伊藤が言って、教室に入った…
その後に、アタシが、続いた…
「…今日、このクラスに転校してきた、清水ユリさんです…諸事情があって、少し、遅れてしまいました…皆さん、仲良くして下さい…」
と、伊藤が、簡単な紹介をした…
次いで、アタシに、紹介を促した…
自己紹介を促した…
「…それでは、清水さんからも、簡単な自己紹介を、お願いします…」
と、振られた…
アタシは、早口で、
「…今日、この学校に転校してきた、清水ユリです…皆さん、よろしくお願いします…」
と、言って、頭を下げた…
そして、頭を下げながら、反応を窺った…
この教室の生徒たちの反応を窺った…
どんな反応をするのか、窺った…
普通なら、アタシを初めて、見た、人間は、男女限らず、
「…おー、美人だな…」
とか、
「…背が、高くて、キレイだな…」
とか、言う声が、聞こえてくる…
が、
その反応が、ない…
まったく、ないわけでは、ないが、反応が、薄い…
小さな声で、
「…おー…」
と、言うぐらいで、反応が、薄い…
そして、やはり、小さな声で、
「…へー、キレイね…」
と、いう女の声も、聞こえた…
が、
声が、小さい…
アタシは、自分で言うのも、なんだが、もっと、驚かれる存在だ…
「…おーっ!…」
と、驚かれる存在だ…
スターじゃないが、もっと、驚かれる存在だ…
だから、これは、おかしい…
実に、おかしいと、思って、クラスの生徒を見た…
転校の挨拶をして、頭を下げた…
その後、頭を上げながら、生徒を見た…
すばやく、見た…
すると、驚きの光景が、広がっていた…
生徒の大半が、アタシではなく、スマホを見ていた…
自分のスマホを、見ていた…
授業中にも、かかわらず、だ…
これには、驚いた…
これには、仰天した…
まさか、アタシを見ずに、スマホを見ているとは、仰天した…
これでは、アタシが、わからない…
美人のアタシをアピールできない…
そう、思った…
心の底から、そう、思った…
が、
そう、考えながらも、気付いた…
絶対、見ていないわけじゃない、だろうと、気付いた…
教室のドアが開き、アタシが入ってきた時点で、
「…なんだろう?…」
と、思うのが、自然だ…
普通に、考えて、自然だ…
そして、アタシを見て、反応を示さないのは、アタシに興味がないからだ…
美人のアタシに興味がないからだ…
そう、思った…
そう、気付いた…
そして、そう、気付いたときに、アタシの目に、知っている顔が、飛び込んで来た…
近所に住む、山田の顔だ…
オタクの山田の顔だ…
いかにも、気が弱そうな山田の顔だ…
…コイツ、同じクラスだったのか!…
まずは、そう、思った…
そして、次に、
…コイツが、アタシの顔を、クラスの連中にばらしたな…
と、気付いた…
このオタクの山田が、たぶん、事前に、アタシの顔を、クラスの連中に知らせた…
…そういえば、コイツは、以前、コソコソと、アタシの姿を撮影したことがあったな…
と、思い出した…
あのときは、ただ、オタクだから、アタシに面と向かって、話すことができないから、遠くから、アタシの姿を、スマホで、撮影していたんだと、思った…
が、
たぶん、それだけではない…
その映像を、このクラスの連中に見せたに違いない…
だから、驚かない…
美人のアタシの姿を見ても、驚かない…
すでに、アタシを知っていたからだ…
実物ではない、アタシを知っていたからだ…
だから、驚かない…
アタシは、そう、見た…
アタシは、そう、睨んだ…
そして、そんなことを、考えていると、教師が、
「…これは、美人さんですね…」
と、突然、言った…
アタシにとっては、当たり前のことを、言った…
<続く>




