暴走列車 清水ユリ 第2部 5
アタシは、文字通り、目ん玉が、飛び出るほど、ビックリして、そのオジサンを見た…
マジマジと、見た…
そして、閃いた…
これは、使えると、閃いた…
実に、使えると、閃いた…
それゆえ、アタシは、その警官に向かって、
「…示談にします!…」
と、大きな声で、宣言した…
「…示談?…」
と、いきなり、私に言われて、その警官は、面食らった…
「…いきなり、示談と言われても、痴漢は、犯罪…なかったことには、ならないよ…お嬢さん…」
と、アタシに、言い含めるように、言った…
アタシを説得するように、言ったと、言っても、いい…
「…それぐらい、知ってますよ…」
アタシは、答えた…
「…問題は、その後です…」
「…その後って?…」
「…この手の話って、最後は、必ず、お金の話になるでしょ?…」
アタシが、言うと、警官は、驚いた…
いや、
呆れたと、言っていいのかも、しれない…
「…たしかに、お嬢さんの言う通りだけれども…」
と、言って、一呼吸置いてから、
「…お嬢さん…しっかりしているね…」
と、感想を漏らした…
あるいは、ただ、呆れたのかも、しれない…
だが、これが、アタシ…
アタシ、清水ユリだ…
最期は、金…
金だ…
世の中、金だ!…
アタシは、思った…
心の底から、思った…
それから、満面の笑みを浮かべて、その警官に、
「…でしょ!…」
と、言った…
同意を求めたのだ…
その警官は、アタシの満面の笑みを見て、
「…弱ったな…」
と、言って、頭を掻いた…
それから、
「…お嬢さん、世の中、たしかに、お金かも、しれないけれども、それを言っちゃ、おしまいよ!…」
と、言って、啖呵を切った…
アタシに、向かって、面と向かって、啖呵を切った…
まるで、映画で見た、男はつらいよの寅さんのように、アタシに向かって、啖呵を切った…
アタシが、このフーテンの寅さんを知っているのは、父の影響…
父が、昔から、テレビで、見ていたからだ…
ツタヤで、ビデオを借りて、観ていたからだ…
だから、知っている…
知っているのだ…
そして、父が、なぜ、寅さんを好きなのか?
それは、父が、寅さんと、真逆だからだ…
映画の中の寅さんと、真逆のキャラクターだからだ…
父は、エリート…
東大出のエリートだ…
だから、基本、おとなしくて、マジメなキャラクター…
映画の中の寅さんとは、真逆のキャラクター…
だから、憧れる…
寅さんに、憧れる…
寅さんの自由なキャラクターに憧れる…
それは、父にないものだからだ…
父が、できないものだからだ…
そして、それを、教えてくれたのは、母…
母のユカリだった…
母は、ついでに、
「…だから、お父さんは、私と結婚したの…」
と、打ち明けた…
のろけたと、言っても、いい…
「…お父さんと、私は、真逆のキャラクターだから、お父さんは、私に憧れたのよ…」
と、言った…
結婚した経緯を説明した…
そして、これは、納得…
納得のできる話だった…
いわゆる、ないものねだり…
自分にないものを、相手が持っている…
だから、惹かれる…
互いに、惹かれる…
父は、母のルックスに…
母は、父の頭の良さに、惹かれた…
そして、この二人が、結婚すれば、自分にないものを、手に入れることができる…
ハッキリ言えば、補完できるからだ…
自分にないものを、補完できるからだ…
アタシは、この警官の話を聞いて、そう、思った…
いや、
それを、思い出した…
それから、その警官は、
「…ねえ、警部、そう、思うでしょ?…」
と、言って、同行した、自分より、年長の警官に、同意を求めた…
アタシが、
「…世の中、金だ!…」
と、言ったのに、対して、この警官が、
「…それを、言っちゃ、おしまいよ…」
と、言ったことに、ついて、同意を求めた…
が、
その年長の警官は、すぐには、答えなかった…
それより、アタシの顔をジロジロ見た…
美人のアタシの顔を、遠慮なく、ジロジロと、見た…
…コイツ、もしかしたら、アタシに気があるのか?…
と、考えた…
…やっぱり、アタシは、美人だからな…
…このオヤジも、一目見て、アタシを好きになったのか!…
と、考えた…
色々、考えた…
これは、美人の宿命…
美人、あるある、だ…
まあ、仕方がない…
アタシが、美人だから、仕方がない…
許してやるか!
と、考えていたところ、その年長の警官が、
「…もしかして、お嬢さん、清水さんの娘さん?…」
と、いきなり、言った…
アタシの顔を見ながら、言った…
アタシは、
「…どういうことですか? アタシの名前は、さっきも、言ったように、清水ですが…」
と、聞いた…
それに対して、その年長の警官は、
「…ほら、以前…ずっと前だが、お嬢さんのお父さんの嫁さん…つまり、お嬢さんのお母さんの若い頃の写真を、見せられてね…すごい美人だった…オレも、それを、よく覚えていてね…その美人が、お嬢さんに、そっくりだったから…」
母のことだ…
ユカリのことだ…
ユカリは、アタシそっくり…
一卵性双生児ではなく、一卵性母娘と言っていいくらい、似ている…
だからか?
だから、アタシに気付いたのか?
アタシが、考えていると、最初の若い警官が、
「…先輩、このお嬢さんの父親を知っているんですか?…」
と、聞いた…
「…知っているもなにも、清水さんだよ…よく、警察に来る…」
「…警察に来る?…」
「…清水さん、警察の保守部品の会社のお偉いさんだろ?…」
「…ああ、あの清水さん…でも、あのひと、そんなに偉いんですか?…」
「…偉いんだよ…」
と、年上の警官が、指摘した…
「…でも、あの通り、腰が低いから、全然、偉く、見えない…」
「…そうなんですか?…」
「…ホントは、バリバリのエリートだから、もっと出世しても、おかしくないのに、嫁さん選びで、失敗しちまって…」
…えっ?…
…なんだって?…
…嫁さん選びに失敗?…
…どうして、失敗なんだ?…
そして、当然のことながら、後輩の警官も、それに、ついて、突っ込んだ…
「…どうして、失敗なんですか?…」
と、突っ込んで、聞いた…
「…その嫁さんは、もの凄い美人なんだよ…このお嬢さん、そっくりの…」
「…えっ? そっくり…」
「…でも、昔、悪かったらしい…で、それが、原因で、あの清水さん…バリバリのエリートなんだけけれども、同期の中では、後れをとっている…」
「…どうして、後れをとっているんですか?…」
「…清水さんの会社、警察と取引があるだろ? やっぱり、奥さんが、昔、悪かったとしれば、減点の対象になる…今回、この管区にやって来たんだって、やっぱり、それが、影響して、飛ばされたんだと、聞いている…」
「…そうだったんですか?…」
と、そこまで、言って、さすがに、マズいと、思ったのだろう…
娘のアタシの前で、親のことを、言うのは、マズいと、思ったのだろう…
だから、
「…要するに、だ…嫁さん、選びは、大切だ…顔で、選んじゃ、ダメだと、いうことだ…」
と、年長の警官がまとめた…
アタシは、驚いた…
まさか、今回の父の転勤に、母が、関係しているとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
そして、これを、知れば、母は、なんと言うだろう…
なんと思うだろう…
さすがに、これでは、母に伝えられない…
母に、伝えることが、できない…
アタシは、思った…
アタシは、思っていると、隣から、
「…あの示談の話は、どうなったんでしょうか?…」
と、おずおずと、村井が、聞いた…
アタシの胸を揉んだ、村井が、聞いた…
この村井にとっては、アタシの母など、どうでもいい…
アタシの母が、美人であろうとなかろうと、どうでも、いい…
自分が、犯した痴漢の話が、どうなるか?
それが、問題だ…
切実な問題だ…
アタシは、一言、
「…金、次第です!…」
と、答えた…
宣言したと、言っても、いい…
それから、この二人の警官に、
「…この痴漢の示談の相談って、いくら、ぐらいですか?…」
と、聞いた…
二人は、顔を見合わせた…
そして、若い警官の方が、
「…そりゃ、十万や二十万じゃ、ダメだろうけれど…」
と、答えた…
それを、受けて、年長の警官が、
「…だったら、五十万、百万って、ところかな…」
と、答えた…
それを、聞いた、それまで、押し黙っていた、駅員のひとが、
「…だったら、ネットで、調べましょう…」
と、答えて、すぐに、自分のスマホで、電車内の痴漢の相場を探した…
相場は、十万から、五十万…
悪質な場合は、百万と出た…
アタシは、それを、見て、言った…
「…百万で、手を打ちましょう…」
と、宣言した…
「…これ以上、びた一文、まけません…」
と、宣言した…
そのアタシの宣言を聞いて、村井は、
「…百万…」
と、言って、ガクッと、頭を垂れた…
「…そんな大金…」
と、言って、頭を抱えた…
アタシは、それを見て、いい気味だと、思った…
アタシに痴漢をした報いだと、思った…
正直、勝ち誇った気分だった…
<続く>




