暴走列車 清水ユリ 第2部 3
アタシが、今、やって来た地は、神奈川県の小田原というところ…
神奈川県の西の端だ…
この小田原出身の有名人といえば、柳沢慎吾…
芸能界で、唯一、無二の存在だ…
要するに、替えの効かない、存在…
圧倒的な存在力がある…
それと、同じように、アタシも、存在力があると言いたいところだが、そんなことは、ない…
アタシの場合は、ただ、ルックスが、良いだけ…
それだけだからだ…
他に、取り柄は、ない…
この小田原に、父の転勤が、決まったのは、いわば、武士の温情…
父は、転勤には、なったが、この小田原から、東京は、近い…
新幹線では、ひとっ飛び…
いわゆる、通勤圏内だ…
だから、温情なのだ…
会社の温情なのだ…
父を転勤させたが、東京から、それほど、遠いところではない…
真逆に言えば、近いから、さほど、父から、不満は、出ない…
それを、考えてのことだろう…
つまりは、父に、配慮した…
父の将来に配慮したということだろう…
父は、母と同い年ではない…
数歳上だ…
すでに、40歳半ばに達している…
そうなれば、おのずから、将来は、わかるのだろう…
会社での将来は、わかるのだろう…
偉くなるか、偉くならないか、わかるのだろう…
課長止まりか…
部長止まりか…
それ以上か、わかるのだろう…
アタシの父は、どこまで、偉くなるのか、さっぱりわからないが、東大を出ている…
だから、ある程度のポジションには、つけるのだろう…
父は、家では、会社の話をあまりしない…
会社と、家庭を分けるタイプ…
家庭に、会社の話を持ち込むのが、嫌なのだろう…
家庭に、会社=仕事の話を持ち込めば、家庭もまた、仕事の延長になる…
それが、嫌なのだろう…
家庭は、家庭…
仕事は、仕事と、ビシッと分けるタイプ…
そして、私は、そんな父が、好きだ…
そんな父を尊敬している…
まあ、母が、弟のユキオをべったり、可愛がっているから、自然と、アタシは、父親に、べったりとなる…
父親に、なつく…
父は、父で、アタシを可愛がる…
アタシを溺愛する…
まあ、父親というものは、大抵が、娘を可愛がるものだ…
息子ではなく、娘を可愛がるものだ…
だから、よく世間では、父親にとって、娘は、永遠の恋人というひともいるが、それは、あながち、的外れとも、思えない…
血が繋がっているから、よけいに、可愛い…
そういうことだ…
それに、アタシの場合は、自分でいうのも、なんだが、ルックスが、いい…
ルックス=見た目がいい…
それだから、アタシが、幼い頃に、父が、アタシといっしょにいると、見知らぬひとから、
「…随分、かわいい、お嬢ちゃんね…」
とか、
「…きっと、そのコ、将来、美人になるよ…」
とか、言われて、鼻高々だったそうだ…
ちょうど、美人で有名な佐々木希の、幼い頃を、想像してみれば、いい…
幼い佐々木希を連れた父親は、きっと、通りすがりの人々から、
「…かわいい子供ね…」
とか、
「…将来が、楽しみな美人さんね…」
とか、言われたはずだ…
アタシもそれと、同じ…
同じだ…
ちなみに、頭の中身も、同じ…
アタシも佐々木希と同じく、頭が、たいして、良くはない…
ただ、やはり、佐々木希は、あれほど、成功しているのだから、バカでは、ないのだろう…
勉強は、あまりできなかったのかも、しれないが、バカではなかったろう…
バカなら、芸能界は、生き残れないからだ…
勉強ができる頭の良さとは、違う、頭の良さが、あるのだろう…
勉強と仕事は、違う…
勉強が、できるものが、皆、社会で成功すれば、社会で成功した人間は、皆、東大だらけになってしまう…
京大だらけになってしまう…
ところが、そんなことはない…
まったくない…
それで、学校の成績と社会での、成功は、関係がないことが、わかる…
ただ、関係がないといっても、まったく関係がないわけではない…
父が勤める会社のように、古くからある会社は、余計に、そう…
どうしても、学歴偏重になりがち…
父が入社したのも、その会社にすでに、東大出身者が、いっぱいいたから…
それだから、安心して、入社したと、父は、言ったことがある…
父は、家庭では、あまり、仕事の話は、しないが、まったくしないわけではない…
だから、聞いたことがある…
たしかに、父が言うように、まったく、自分の知らないひとたちがいる会社に入るのは、勇気がいるだろう…
父は、今の会社に大学の先輩が、入っていたんで、その縁で、今の会社を選んだと言っていた…
なんでも、大学のサークルの先輩がいたそうだ…
それゆえ、入社した…
ハッキリ、言って、父は、東大出だから、就職は、引く手あまただったらしい…
それでも、今の会社を選んだのは、それが、理由だと、告白した…
それになりより、会社は選ぶことができるが、仕事や、同僚は選ぶことができない…
それを入社して、思い知ったそうだ…
それは、言われてみれば、わかる…
アタシも、高校や、大学は選ぶことができるが、その高校や大学に、どんなひとがいるのか、わからない…
アタシと気の合う仲間ができるか、できないか、入ってみなければ、わからないからだ…
それと、同じだ…
仕事は、ひとりでやるものではない…
誰かと、いっしょにやるものだ…
それが、自分と気が合わないひとといっしょにやったり、ずるいひとといっしょにやったりするのは、辛いだろう…
まあ、学校の場合は、それは、ない…
学校の主体は、あくまで、勉強…
勉強は、基本、ひとりで、学ぶものだからだ…
たとえ、クラスで、大勢で、学んでいても、結局は、自分ひとり…
勉強が、できるか、できないか、だからだ…
それが、仕事だと、変わる…
例えば、スーパーの品出しひとつやるのでも、誰かに、指示されて、やったりする…
要するに仲間だ…
その仲間と、仲が悪ければ、仕事が、やりづらい…
なにより、その職場が、嫌になる…
だから、仕事を辞める…
学校ではないのだから、辞めるのは、簡単…
スーパーのパートやアルバイトなら、辞めるのは、簡単だからだ…
もっとも、これは、母から、聞いた話…
アタシは、まともに、バイトもしたことがない…
それは、父が、嫌うからだ…
アルバイトをすることを、嫌うからだ…
父が、言うには、学生時代ぐらいは、働かなくても、いいじゃないか?
どうせ、学校を卒業すれば、嫌でも、働くようになる…
せめて、学生時代ぐらいは、働かなくても、いいじゃないか?
そう、言っていたからだ…
もちろん、これは、高校だから…
大学は、また、別格…
話が、変わる…
それを、聞いた母は、
「…まったく、お父さんは、ユリには、甘いんだから…」
と、ため息をついた…
母は、きっと、アタシが、バイトをしても、しなくても、まったく、気にしないタイプ…
でも、父が、常にアタシを庇う…あるいは、養護するから、つい、そんな愚痴をこぼす…
だが、母は、父には、なにひとつ、文句を言えない…
父に惚れているからだ…
父に、心底、惚れているからだ…
なにより、アタシと母は、似ている…
誰もが、母娘と思うほど、似ている…
アタシを、見て、小さい頃から、
「…あら、お嬢ちゃん、お母さんに似て、美人ね…」
と、言われてきたからだ…
そして、父もまた、アタシに、
「…ユリは、お母さんの若い頃に、ますます似てきているな…」
と、口癖のように、言う…
だから、怒れない…
母は、父を怒れない…
父が、アタシを溺愛するのは、自分の若い頃に、似ているからと言われれば、怒れない…
それほど、自分を好きだと、言っているのと、同じだからだ…
だから、母は、父に怒れない…
母が、父に言うのは、いつも、
「…お父さんは、ユリに甘いんだから…」
と、言うぐらい…
それ以上のことは、言わないし、言えない…
まあ、もしかしたら、それは、父も、わかっているのかも、しれない…
アタシを可愛がることは、若い頃の母を可愛がることと、同じだからだ…
自分の若い頃、そっくりの娘を可愛がる姿を、見れば、母は、なにも、言えない…
だから、もしかしたら、父は戦略家なのかも、しれない…
と、家庭の話は、このへんで、終わり…
ここからが、本番だ…
アタシが、今度、やって来た高校…
これが、また、なんとも、言えない高校だった…
いわゆる私立高校なのだが、元は、底辺高…
でも、今は、東大とまでは、言えないが、早稲田や慶応に行く、人間も、稀にいる…
だったら、偏差値が高い高校なのかと、言えば、これも、違う…
どう違うかと、言えば、一部の人間が、そうと、言うのが、正しい…
つまりは、プロ野球でいう、一軍と二軍…
数少ない、厳選した、少数の一軍のひとたちがいて、その他、圧倒的多数の、その他、二軍のひとたちがいる…
そういう学校だ…
なんのことは、ない…
高校の授業料無償化が、始まる前から、子供の少子化に悩んだ高校が、打ち出した政策…
それが、一軍の創設だった…
地域のみならず、全国から、頭の良い子供を集める…
そして、その子供たちには、授業の無償化だけではなく、生活費も、支給する…
いわば、まる抱え…
生徒の生活を、まる抱えだ…
だから、頭が、良くても、家庭に、お金がない、学生たちの駆け込み場になる…
それで、学校の名前を上げる…
地域で、有名になる…
全国で、有名になる…
そういうことだ…
でも、まあ、これは、どこでも、やっている…
甲子園に出る常連校の高校の学校や、箱根駅伝に出る大学のほとんどは、そう…
言葉は、悪いが、生徒をお金で、釣る…
とりわけ、おかしいのは、大学でなく、高校…
箱根駅伝に出る大学は、日本全国の高校から、来るのは、わかるが、甲子園に出るのは、高校だから、地元の中学出身かと、思えば、違う…
これも、大学同様、日本全国から、集める…
日本全国から、野球の才能のある子供を集める…
だから、強くなる…
甲子園に出場する常連校になる…
それと、同じだ…
それと、同じように、要するに、アタシの通う高校も、同じで、金で、優秀な生徒を集めて、有名になり、その後、それが、うまく、好循環して、そこに通う生徒全員が、優れた頭脳の持ち主ばかりになることを、狙っているのだろう…
だが、まあ、今のところは、そんなことは、夢物語…
見果てぬ夢物語だ…
その証拠に、一軍は、一クラスのみ…
他は、全員二軍だ…
そして、当たり前だが、一軍の生徒と二軍の生徒の交流は、ほぼ皆無…
なにもない…
まあ、頭が違うのだから、仕方がない…
そして、肝心なのは、どうして、そんな優秀な一群の生徒を集めるお金があるのか?
それが、アタシが、今回、転校できたわけでも、ある…
簡単に転校できたわけでもある…
つまりは、お金…
アタシのような頭の生徒を引き受けることで、法外な支援金を要求する…
寄付金という名前の支援金を要求する…
まあ、問題がある子供の親は、それを、断れない…
だから、金を出す…
言葉は、悪いが、他に、行き場のない生徒を集めて、その金で、一部の優秀な生徒を囲い込む…
いわゆる、甲子園出場常連校や箱根駅伝常連出場校、あるあるだ…
が、
アタシは、そのおかげで、あっさりと転校できた…
だから、感謝しかない…
この制度に感謝しかないのだ…
<続く>




