暴走列車 清水ユリ 第2部 2
アタシのカラダが、固まった…
瞬時に、固まった…
普通なら、誰か、来たのだと、思う…
が、
その誰かが、問題だ…
母が、戻ってきたのかも、しれないのだ…
あの鬼のように、怖い母が、戻ってきたかも、しれないのだ…
アタシは、ユキオの頭をヘッドロックしたまま、どうしていいか、わからず、固まった…
今、家の玄関のチャイムを鳴らしたものが、母ならば、家のカギを持っている…
だから、これから、何度、チャイムを鳴らしても、誰も、出なければ、母は、自分で、カギを取り出して、家の中に、入るだろう…
そして、アタシとユキオが、家の中にいるのが、わかれば、激怒するだろう…
なんで、さっさと、玄関に出なかったのと、言って、激怒するだろう…
ただでさえ、機嫌の悪い母の機嫌が、さらに、悪くなるだろう…
だと、すれば、出るしかない…
出るしかないのだ…
アタシが、思っていると、ユキオが、
「…どうしたの? 姉ちゃん、出ないの?…」
と、聞いてきた…
アタシは、すぐには、答えられなかった…
出るのは、わかっているが、玄関の外にいるのが、母だったら、怖い…
「…ユリ…どうして、さっさと、出ないの!…」
と、言われそうで、怖い…
さりとて、出ないのは、出ないで、また、怖い…
だから、アタシは、覚悟を決めて、出ることにした…
そのときだった…
「…姉ちゃん、早く出ないと、お母さんだとしたら、叱られるよ…」
と、ユキオが、言った…
アタシが、恐れることを、言った…
さらに、続けて、
「…お母さんが、戻ってきたら、姉ちゃんが、ボクをイジメたことを、言いつけてやる!…」
と、言った…
アタシが、もっとも、恐れていたことを、言った…
だから、それを聞いた直後に、ユキオの頭を殴った…
思わず、殴った…
あまり、考えも、せずに殴った…
それから、
「…生意気を言うんじゃないよ!…」
と、捨て台詞を吐いて、玄関に向かった…
緊張しながら、向かった…
そして、玄関のドアの中から、
「…どちらさまですか?…」
と、聞いた…
「…田中です…隣の…」
「…田中さん?…」
拍子抜けした…
てっきり、母が、戻ってきたと、思ったからだ…
アタシが、勢いよく、玄関のドアを開けると、隣の田中さんが、いた…
主婦の田中さんが、いた…
そして、
「…これ、家で、買ったものですが、多く買い過ぎちゃって…よかったら、ご家族で、食べて下さい…」
と、なにやら、菓子折りに包んだものを、アタシに差し出した…
アタシは、一瞬、悩んだが、
「…どうも、すいません…」
と、言って、もらうことにした…
断るのも、面倒だし、波風が、立ちかねない…
だから、もらうことにした…
アタシが、両手で、田中さんが、くれた、品物を、しっかりと、握ると、
「…ありがとうね…」
と、言って、ついでに、アタシの手を握った…
これは、どうして?
と、言いたいところだが、理由は、わかっている…
この田中さんの息子が、アタシを好きなのだ…
引っ越したときに、ご近所に、菓子折りを持って、挨拶回りをしたが、そのときに、アタシと母が、揃って、この田中さんの家に、行ったとき、この田中さんの息子が、唖然として、アタシと母を、見ているのが、わかった…
その息子が、唖然とする姿を見ながら、この田中さんの母が、挨拶に出て、
「…随分、おキレイな方ね…親子揃って…」
と、言った…
もちろん、お世辞ではない…
アタシも母も、ルックスは、良い…
ただ、中身が、ダメなだけだ…
しかし、初対面では、そんなこと、わかるはずもない…
見た目だけ…
見た目だけだ…
その見た目が、アタシも母も、いいから、この田中さんの息子が、ビックリして、アタシたち母子を見ていた…
たぶん、一目見て、アタシを、好きになったのだろう…
いつものことだ…
それが、アタシの噂を、聞いて、後で、ビックリする…
「…あんなひとだったの?…」
と、ビックリする…
これも、また、いつものことだ…
清水ユリ、あるあるだ…
アタシの見た目は、完璧…
母も、完璧だ…
ただ、中身が、ダメだから、そのうちにバレる…
すぐに、バレる…
それだけだ…
この田中さんは、息子のために、今、アタシの家に、やって来た…
アタシと、息子が、うまく、付き合えるように、やって来た…
アタシは、そう、見た…
アタシは、そう、睨んだ…
が、
さすがに、それを、口にするわけには、いかない…
と、思ったが、先に、この田中さんが、口にした…
「…たしか、アナタも、ウチの息子と同じ高校に、通うんだとか…同じクラスになったら、息子と仲良くして、下さいね…」
と、言ってきたからだ…
さらに、
「…いえ、同じクラスでなくても、同じ学校ですから…」
と、念を押してきた…
アタシは、ただ、
「…ハイ、わかりました…」
と、答えた…
この田中さんの息子…
何度か見たことは、あるが、オタク…
見るからに、オタクだ…
当然、アタシのタイプではない…
ただ、おそらく、この母親は、それが、わかっているから、必死…
余計に、必死なのだろう…
息子の恋の後押しに、必死なのだろう…
アタシは、そう、見た…
アタシは、そう、睨んだ…
なにしろ、アタシのウリは、ルックスだけ…
ルックス=見た目だけだからだ…
そこに惚れる男は、多い…
実に、多い…
いかに、世の中の男たちが、ひとを、見る目がないかが、わかる…
女を見る目が、ないのかが、わかる…
アタシが、そう、考えていると、
「…では、これで…」
と、言って、田中さんは、帰りかけた…
それから、帰りかけたにも、かかわらず、わざわざ、振り返って、
「…息子のことを、くれぐれも、よろしく…」
と、言って、帰った…
アタシは、ただ、
「…わかりました…」
と、だけ、答えた…
それを見た、ユキオが、玄関で、
「…姉ちゃん、あるあるだね…」
と、言って来た…
「…姉ちゃんのルックスに騙されて…」
と、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
アタシは、それを、見て、余計に、頭に来た…
思わず、ユキオに、駆け寄り、
「…生意気を言うんじゃ、ないよ…」
と、言って、思いっきり、ユキオの頭を殴った…
自分でも、ビックリするほど、うまく、ユキオの頭をヒットした…
アタシの拳が、痛くなるほど、うまく、ヒットした…
「…イテエー」
と、ユキオが、大声を出した…
そのタイミングで、母が、帰って来た…
最悪のタイミングで、帰って来た…
そして、
「…なにをしているの!…」
と、怒鳴った…
大声で、怒鳴った…
「…なにを、していると、言われても…」
アタシは、戸惑った…
拳を握ったまま、戸惑った…
が、
隣で、ユキオが、頭を抱えている…
この状況を見れば、火を見るよりも明らか…
たった今、なにが、起きたかは、火を見るよりも明らかだ…
アタシの母親は、この光景を目にするや、アタシの元に、かっとんできた…
文字通り、かっとんできた…
光より早く、かっとんできた…
それから、平手で、一発、殴った…
思いっきり、アタシを殴った…
防御の時間も、なかった…
それほど、早かった…
光より、早い、清水ゆかりの攻撃だった…
避けようがないほど、早い攻撃だった…
アタシは、それを、まともに、受けた…
脳震盪を起こすかも、しれない…
それほどの衝撃だった…
クラクラとめまいが、するほどの衝撃だった…
アタシは、思わず、その場にうずくまった…
そして、うっすらと、目を開けて、あたりの状況を見た…
そこには、母が、
「…ユキオ、大丈夫?…」
と、実に、心配そうに、ユキオの傍らにいる姿が映った…
まるで、恋人か、なにかを、溺愛するように、実に、大切な存在に寄り添うような姿だった…
アタシは、それを、見て、むかっ腹が立った…
ずばり、頭に来た…
アタシを平手で、ぶん殴り、ユキオには、まるで、長年の恋人のような態度をする…
いかに、姉弟とはいえ、あんまりではないか?
あんまりの違いではないか?
それを、思うと、涙が出てきた…
うっすらと、目に涙が、出て来た…
…この女を許すわけには、いかん!…
…この母親を許すわけには、いかん!…
アタシは、固く、心に誓った…
思いっきり、心に誓った…
そして、自分でも、深く、考えることなく、反撃した…
清水ゆかりに反撃した…
猛獣のように、平手で、襲い掛かったのだ…
が、
敵もさるもの…
アタシの行動を読んでいたらしい…
アタシの腕を、片手で、パッと掴むと、真逆にあっさりと、アタシの頬を張った…
まるで、小さな子供をぶつように、アタシの頬を張った…
これは、まるで、横綱と、十両の違い…
いや、
横綱と、幕下の違いだった…
それから、まるで、捨て台詞のように、
「…アンタの行動は、お見通しだよ!…」
と、言った…
まるで、預言者か、なにかのように、言った…
それを、聞いて、アタシは、ガクッと膝を折った…
その場で、膝を追って、床に座った…
…叶わない!…
…この女には、叶わない!…
…この母親には、叶わない!…
それを、思い知ったのだ…
あらためて、思い知ったのだ…
これが、アタシと母の違い…
清水ユカリ、40歳と、女子高生、清水ユリ、17歳の違いだった…
圧倒的な違いだった…
<続く>




