暴走列車 清水ユリ 第2部 1
「…ユキオ…アンタ、いい加減にしな…」
アタシは、怒った…
誰に、怒ったかと、いえば、弟のユキオに、だ…
アタシは、清水ユリ…
17歳…
身長、166㎝のデカジョだ…
ナイス、バディの持ち主だ…
ルックス、ボディ、最強の女…
ただ、頭の中身が、少々足りないと、世間に、言われている(涙)…
が、
アタシに言わせれば、そんなことは、たいしたことでも、なんでもない!…
たとえ、東大や京大を出ていても、街を歩いていれば、わかるわけではない!…
顔を見れば、東大卒や京大卒と、書いてあるわけではない!…
が、
アタシは、美人だ…
ルックスには、自信がある…
にも、かかわらず、たった今、このユキオが、弟の分際で、
「…姉ちゃん…顔は、もう少し、よくなくても、いいから、中身をなんとしてよ…」
と、アタシに言ったのだ…
弟の分際で、姉のアタシに言ったのだ…
これは、許せるものではない!
断じて、許せるものではなかった…
アタシは、まず、周りを見た…
父や母が、近くに、いないか、確かめたのだ…
父は、アタシに、甘いが、母は、アタシに、厳しい…
とりわけ、母がアタシに厳しいのは、母が、アタシそっくりだからだ…
ルックスも、性格も、体型も、瓜二つ…
アタシが、これから、二十三年、歳を取ったのが、母だった…
清水ユカリ、40歳だった…
なにしろ、似ている…
性格が、似ている…
性格が、そっくりだ…
だから、マズい…
この場面を見られれば、まずい…
アタシが、弟のユキオを、イジメていると、思われるからだ…
そして、それは、事実…
事実、その通りだからだ…
だから、マズい…
実に、マズい…
弟は、優秀…
実に、優秀だ…
頭の中身は、天下一品…
もしかしたら、将来、東大に入るかも、しれない…
いや、
京大に、入るかも、しれない…
なにしろ、父が、東大出だ…
東大出のサラリーマンだ…
だから、このユキオが、東大に入っても、驚かない…
まったく、驚かない…
世間の人々が、東大に入った人間を見て、驚くのは、周囲に、東大を出た人間が、誰も、いないからだ…
この日本で、一番、頭の良い、大学を出た人間が、自分の周りに、誰一人いないからだ…
だから、驚く…
だから、物凄いと、驚く…
でも、アタシは、驚かない…
全然、驚かない…
なにしろ、父親だ…
アタシの父親だ…
血の繋がった、アタシの実の父親だからだ…
だから、驚かない…
まったく、驚かない…
まあ、アタシの見るところ、父の評価は、マジメ…
絵に描いたようなマジメな人間だ…
そのマジメな人間が、スーツを着て、毎朝、会社に出勤する…
それだけのことだ…
そして、以前、父に聞いたことが、ある…
「…東大を、出たひとって、どんな人たちなの?…」
と、聞いたことがある…
少し、考えて、父が、言ったのは、
「…マジメなひとたちだよ…みんな…」
と、言うものだった…
あまりにも、呆気ないものだった…
「…マジメじゃ、なければ、東大は、受からないよ…」
と、父は、続けた…
「…みんな、四六時中、机にかじりついて、勉強をして、東大に受かったんだよ…これは、東大だけじゃない…京大も、いっしょ…難関大に、受かったひとたちは、皆、いっしょ…」
「…だったら、お父さんは、学生時代、野球やサッカーをしなかったの?…」
と、アタシは、聞いた…
「…しなかった…これは、ボクの周りのひとたちも皆、そう、同じ…」
「…どうして、しなかったの?…」
「…勉強して、いたからだよ…」
「…勉強…」
「…今も、言ったように、学生時代は、みんな机にかじりついて、勉強ばかりしていた連中ばかりだ…野球やサッカーをしている時間は、どこにも、ないよ…」
「…そう、なんだ…」
アタシは、言った…
言ってから、ちょっと、残念だと、思った…
東大に限らず、頭のいい、大学を出た人間は、そんな人間ばかりだと、思ったからだ…
難関大を出た、人間でも、モデルになったり、俳優になったり、アナウンサーになったり、はたまた、お笑い芸人になったりするものは、いる…
いっぱい、いる…
彼ら、彼女らも、学生時代は、皆、マジメだったのだろうか?
アタシは、それを、聞いてみた…
父に、聞いてみた…
「…じゃ、お父さん、テレビに出ていて、頭のいい高校や大学を出たひとたちって、皆、学生時代は、マジメだったの?…」
と、聞いた…
「…マジメだったと、思うよ…」
と、あっさりと、父は、言った…
「…大学を出て、会社に入ったり、社会に出てから、余裕が、出て来たんだと、思うよ…」
「…余裕?…」
「…ほら、学生時代、みんな勉強しか、していない連中が、大半だろ? その反動かな…」
「…反動?…」
「…学生時代に、遊びひとつしていない連中が、大半だ…遊びに夢中になれば、東大や、兄弟は、受からない…その反動で、男は、女と付き合ったり、酒ばかり、飲んだり、ギャンブルにはまったりする…」
「…そうなんだ…」
アタシは、少しばかり、ガッカリした…
テレビで、見る、タレントさんの中で、頭のいい、大学を出ているひとたちは、大勢いる…
でも、学生時代は、父が、言うように、みんなマジメだったのだろう…
そう、思うと、ガッカリした…
テレビでは、あんなに、面白いことを、言ったり、くだらないことを、言ったりする連中が、皆、勉強ばかりする、マジメな人間だったり、するなんて…
ちょっと、ガッカリした…
しかしながら、そんな落ち込んだ表情のアタシを父は、見て、
「…ユリは、勉強なんて、しなくて、いいんだよ…」
と、アタシに言って、くれた…
「…ユリは、お母さんに似て、美人だし、背も高い…ボクには、自慢の娘だ…」
と、言ってくれた…
もちろん、お世辞では、ない…
心の底から、言ってくれた…
父は、平凡…
平凡なルックスの持ち主だ…
それに、比べ、母は、美人…
アタシそっくりの美人だ…
ただし、アタシ同様中身はない…
頭は、悪い…
だが、そんな、見た目は、いいが、頭が、悪い母が、なぜ、頭の良い父と結婚したのか?
小学生の頃は、解けない謎だったが、高校生になった、この頃は、少しばかり、わかるように、なった…
要するに、ないものねだり…
互いに自分が、ないものを、相手が、持っている…
だから、結婚したのだ…
母は、ルックスが、いいが、頭が、イマイチ…
片や、父は、頭が、いいが、ルックスは、平凡…
どこにでもいる、平凡なルックスの持ち主だ…
だから、惹かれ合った…
互いに、自分のないものを、相手が、持っているから、惹かれ合った…
そして、今も、二人が、うまくいっているのは、互いに、相手をリスペクトしているから…
リスペクト=尊敬しているからだ…
だから、頭も、ルックスも、互いに、似合わないのに、うまくいっている…
それが、アタシの見るところだ…
これが、互いに、相手をバカにしたりするようになれば、うまくいかなくなる…
例えば、父が、
「…母さんは、美人だけれども、頭の方は、さっぱりだとか…」
とか、言ったり、母は、母で、父のことを、
「…お父さんは、頭はいいかもしれないけれども、見た目は、良くないし…」
とか、相手の悪口を言い合うようなら、うまくいかない…
当たり前のことだ…
互いに、相手を尊敬している…
だから、うまく、いく…
誰もが、自分を尊敬しているか、どうか、見れば、わかる…
自分を好きか、どうかは、見れば、わかる…
だから、うまくいくのだ…
これは、人間関係の基本…
イロハのイだ…
アタシは、弟のユキオのカラダをヘッドロックで、締め上げながら、そんなことを、考えた…
考え続けた…
アタシは、つい、最近になって、この小田原に、越してきたばかりだ…
理由は、父の転勤…
父が、会社の辞令を受けて、家族もろとも、転勤した…
そういうことだ…
昨今は、会社は、家族を含めた転勤は、あまり、しないと、世間で言われているが、さにあらず…
父が勤める会社は、昔ながらの会社…
古くからある、オールド企業…
そんなことはない…
今も普通に、転勤はある…
ただし、それは、幹部だけ…
最低でも、課長以上の幹部だけだ…
大抵が、四十歳以上のオヤジだ…
昨今は、結婚していないものも、多いが、結婚しているものは、子供が、小さいひとが、多い…
だから、結婚していない独身は、家族もいないから、転勤は、気楽だし、子供が、小さいひとは、家族といっしょに、転勤するものが、大半だ…
が、
うちは、例外…
高校生にもなった娘を連れて、家族ともども、一家で、転勤するものは、いない…
滅多に、いない…
理由は、簡単…
アタシが、ちょっと、地元で、やらかしたので、地元にいるのが、やばくなった…
世間の風当たりが、厳しくなったからだ…
だから、夜逃げでは、ないが、一家で、地元から、逃げてきた…
父の転勤を理由に、一家で、東京から、逃げてきた…
それが、真相だ…
ここへ、引っ越してきた真相だ…
それゆえ、母の機嫌が悪い…
すこぶる、悪い…
母は、転勤など、したくなかったからだ…
たぶん、父も、そうだろう…
それを、受け入れたのは、ひとえに、アタシのため…
アタシの悪評が、地元で、広がったので、そこから、逃げ出すためだった…
だから、機嫌が悪い…
母の機嫌が、すこぶる、悪い…
母は、今、外出をしているから、いいが、たった今、弟のユキオをイジメているところを、見られれば、なにを言われるか、わからない…
なにを、されるか、わからない…
アタシは、今、ユキオをヘッドロックしているが、真逆に、アタシが、母にヘッドロックをされるのが、目に見えている…
それが、わかる…
実に、わかる…
そんなときだ…
アタシが、そんなバカなことを、考えているからだろうか?
ピンポンと、音が、した…
玄関のチャイムが、鳴る音がした…
<続く>




