暴走列車 清水ユリ 第2部 16
アタシは、力を込めたが、それとは、関係なく、迷ってしまった…
学校の中を迷ってしまった…
さっき別れた村井には、
「…清水さん、大丈夫? 一人で、教室に戻れる?…」
と、聞かれ、
「…大丈夫です…戻れます…」
と、元気よく、即答したが、迷ってしまった…
まさに、いつものパターン…
清水ユリ、あるあるだった…
アタシの十八番というか…
鉄板の展開だった…
アタシは、廊下で、迷いながら、なんとか、元の教室に、戻ろうとした…
戻ろうと、あがいた…
それゆえ、小走りに、歩き出した…
まさか、廊下を駆けるわけには、いかないからだ…
だから、小走りに、歩いた…
まるで、競歩の選手のように、歩いた…
それで、わかったのは、静かだと、いうことだった…
まるで、学校全体が、死んでいるように、静かだと、いうことだった…
例えは、悪いが、死んでいるように、活気がない…
今、この廊下を歩いていて、すれ違う生徒も皆、活気がない…
って、いうか、生気がない…
まるで、花で言えば、枯れた花だ…
アタシは、思った…
表現は、悪いが、とにかく、活力がないのだ…
これは、辛い…
正直、辛い…
アタシは、わいわいがやがやが、好き…
大勢で、騒ぐのが、好き…
バーベキューのように、大勢で、食べて、騒ぐのが、好き…
が、
これでは、真逆…
アタシの望んだ環境と真逆だ…
別に、今度の転校に対して、アタシは、変な期待を持っていなかった…
ただ、父の転勤に、伴って、転校しただけ…
それだけだった…
まあ、正直、前の学校の居心地が悪くなったのは、確か…
たしか、だ…
その結果、少々、肩身が狭くなった…
そのときに、父の転勤の話が、突然、持ち上がった…
アタシは、渡りに船とばかりに、父の転勤を賛成した…
これに父が、ホッとした…
なぜ、ホッとしたかと、言えば、アタシが、高校生だから…
高校生は、転校が、難しい…
なにしろ、今は、大学に入るのが、定番…
その大切な時期に、転校するのは、難しい…
結果、通常は、家族が、同伴しない単身赴任になりやすい…
まあ、弟のハルオが、いるが、ハルオは、まだ、小学生…
転勤の障害には、ならない…
小学生には、原則、受験はないからだ…
受験があるのは、ごく一部のひとたち…
うちの家族には、関係ない…
アタシとハルオには、関係ない…
それと、ユカリ…
母のユカリだ…
ユカリは、家族は、いつも、いっしょに、暮らすのが、一番だと言うのが、口癖…
つまりは、父の単身赴任は、嫌…
父の単身赴任は、断固、嫌と、いう立場だ…
だから、家族全員で、この小田原にやって来た…
しかし、まあ、ユカリが、父の単身赴任に、反対なのは、理由がある…
ずばり、それは、父に捨てられるのが、怖いのだ…
父はエリート…
東大出のエリートだ…
ユカリは、すでに、四十歳…
いかに、美人といえども、父以上の男を捕まえるのは、難しい…
ほぼ、不可能といっても、いい…
だから、父の単身赴任に反対した…
猛烈に反対したのだ…
そして、そんな、ユカリの姿を見ると、自分の将来の姿が、わかる…
美人のアタシの将来が、わかる…
ユカリは、何度も言うように、アタシそっくりの美人…
40歳の美人だ…
それを、見れば、自分が、40歳になれば、どんなふうになるか、わかる…
今のユカリの姿が、アタシが将来、40歳になったときの姿だからだ…
正直、ユカリは、イケてる…
アタシの母ながら、イケてると、思う…
美人だと、思う…
アタシ同様に、背は高いし、美人だ…
でも、オバサン…
言っちゃ、悪いが、オバサンだ…
20歳や30歳の美人を見れば、勝負にならない…
それは、ユカリと同年代の女や、ユカリ以上の年代の美人を見れば、ユカリは、楽勝だが、年下の美人には、勝てない…
そして、それを、ユカリは、なにより、わかっている…
だから、ユカリは、父の単身赴任を嫌がったのだ…
もし、父に女が、できたら、自分では、勝てない…
それが、わかっているから、嫌がったのだ…
そして、それが、わかっているのは、我が母ながら、賢明だと、思う…
頭が、よいと、思う…
なぜなら、それが、わからない女が、世の中に多いからだ…
例えば、四十歳になっても、二十歳のときと、同じく、男に、モテると、勘違いしている…
そんな女が、世の中に、多いからだ…
もし、仮に、二十歳のときに、自分を好きだった男が、目の前に現れれば、大抵が、幻滅する…
40歳の美人に幻滅する…
いかに、美人とはいえ、二十歳のときの、若さが、なくなっているからだ…
そして、それが、わからない女が、多い…
実に、多い…
そして、それを、ユカリが、わかるのは、アタシのおかげだと、ユカリが、言った…
自分と瓜二つのルックスのアタシを見れば、自分が、いかに、歳を取ったか、わかると、言った…
しみじみと言った…
そして、アタシとユカリを比べれば、男は、当然、アタシを取る…
ルックスが、同じならば、若いコを取る…
そう、思ったから、自分に自信が、なくなった…
まったく、自信がなくなった…
そう、笑った…
つまりは、ユカリから見れば、身近に、若いときの自分がいる…
身近に、若い頃の美人だった自分がいる…
それが、隣に並べば、どうしても、自分の歳を考える…
考えざるを得なくなる…
そういうことだ…
アタシは、そんなバカなことを、考えながら、廊下を急いだ…
自分のクラスを目指して、急いだ…
そのときだ…
偶然、見知った顔を見た…
近所に住んでいる山田の顔を見た…
同じクラスの山田の顔を見た…
それを、見て、ホッとした…
実に、ホッとした…
アタシは、この山田が、大嫌いだったが、それでも、それを、隠して、
「…山田クン、同じクラスになったね…」
と、言って、声をかけた…
この山田は、ファン…
アタシのファンだ…
それは、この山田の態度を見れば、わかる…
アタシを好きなのが、わかる…
この山田は、アタシの家の近くに住んでいる…
だから、家に入るときに、偶然、この山田が、アタシが、家に入るのを見たのだ…
それ以来、アタシが、家にいるのか、どうか、探り出した…
まだ、引っ越して、まもなくのことだったから、まだ、この高校にも、通ってなかった…
ほんの一週間ぐらい前の話だ…
山田は、顔を赤らめながら、
「…うん…」
と、小さく、呟いた…
この山田は、オタク…
誰が、見ても、オタクだ…
生粋のオタクだ…
いかにも、気が弱そうで、いつも、自分の世界に、閉じこもっていそうだ…
正直、全然、タイプでは、ない…
アタシの好きなタイプでは、ない…
しかし、今は、そんなことは、言っていられない…
教室に戻らなければ、ならないからだ…
だから、自分から、声を、かけた…
嫌々、声をかけた…
が、
それを、山田が、見抜いた…
即座に見抜いた…
「…どうしたの? 教室がわからなくなったの?…」
と、ズバリ、言い当てた…
アタシは、驚いたが、すぐに、
「…へへ…」
と、笑って、ごまかした…
これは、いつもの手…
アタシのいつもの手だ…
わからなかったり、答えたくなかったりするときに、使う、いつもの手だ…
アタシは、その手を使った…
今回も、その手を使った…
山田は、すぐに、指差して、教室を教えてくれた…
アタシが、行くべき、教室を、教えてくれた…
「…ほら、教室は、この廊下を、まっすぐ、行って、それを、右に曲がって…」
と、教えてくれた…
アタシは、山田に感謝した…
アタシの好きなタイプではないが、悪いヤツでも、ない…
そう、思ったのだ…
そして、アタシが、
「…ありがとう…」
と、言って、足早に、その場を去ろうとすると、その背中に、向かって、
「…どう? 今度のクラス?…」
と、声をかけてきた…
「…どうって、言われても…」
アタシは、振り返って、答えた…
なんて、言っていいのか、わからない…
ハッキリ、言えば、活気のない、クラス…
まるで、死んだように、活気のないクラスだ…
しかしながら、それを、口にするわけには、いかない…
それぐらいの常識はある…
それぐらいの常識は、持ち合わせている…
それを、聞いた、この山田は、
「…活気がないクラスだろ?…」
と、アタシに言った…
アタシは、ずばり、その通りだと、思ったが、まさか、それを口にするわけには、いかない…
「…静かなクラスだなと…」
と、うまく、返した…
角が立たないように、返した…
それを、聞いて、フッと、山田が、笑った…
皮肉な笑いだった…
「…でも、以前は、そうじゃなかった…もっと、活気があった…」
と、意味深に言った…
<続く>




