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選択死  作者: 雲散無常
第十四章:飛地II
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14-3


 その塔には一応コガシーという名があったものの、そう呼ぶ者はほとんどいなかった。

 ただ監視塔とそう呼び習わされていた。

 それは偏にメリー防衛騎士団の宿舎の近くにあるせいだ。常日頃からブレメッシュの街を見張る要所として認識されている。

 クロウたちはそんな細長く聳え立つ塔を窓から見上げていた。

 何の変哲もない民家の一室にて、これからの計画を立てているところだ。

 「人が思ったより多いな」

 ウッドパック商会の会員の報告書によれば、宿舎には20人ほどの騎士が詰めているとのことだった。各方面にそうした宿舎があるらしい。

 塔については特筆するべきことはなく、周辺の監視目的のために定期的に人が詰めており、有事の際の鐘楼的役割も兼ねているぐらいだ。

 現状での交替の人数やおおよその時間も添えられているが、本格的に調査していたわけではないので不完全なものだという。それでも短時間でここまでまとめてくれているだけで助かる情報だ。

 「そりゃあ、トラブルが多い街だろうしね。抑制装置としての騎士団は多いんじゃないかな。わりと権限も強めみたいだよ?現場判断で殺しちゃうことも全然ありみたい。切り捨てご免ってやつだね。恐ろしき哉、恐ろしき哉」

 ふざけた口調でテオニィールがおどける。

 「貴族でも斬られるのか?」

 「さすがに上流貴族とかには手を上げないみたいだけどね。明らかにお偉いさんだったり、高級な場所では配慮するでしょ。護衛もいるしさ。よほど目が狂ってない限り、ケースバイケースで対応するはずだよ」

 「騎士と名乗ってはいるが傭兵上がりが多いと聞く。傲慢な人間をどうやって抑えるつもりなのですか?占いを行っている間だけあの塔を制圧したとしても、その後の逃走も困難だと思う、思います」

 シリベスタの懸念にイルルも同意する。

 「制圧するには詰め所も含める必要があるっす。この人数だと現実的じゃないっす」

 「うふふ、殺してもいいのならどうにかできるけどね。練度はそれほどでもないわ」

 ララバの物騒な手段は当然なしだ。騒ぎは起こせない。

 「交替要員の二人をどうにかごまかせれば、占う時間は取れる。その方法をどうにかひねり出してくれ」

 クロウ自身ではいくら考えても気絶させて監禁するぐらいの作戦しか思いつかなかった。

 最悪それでも目的は果たせるが、騎士団側に余計な不安を与えて警戒させてしまう。理想は被害にあった者だけが胸に秘めてどこにも報告しない、というような結果が望ましい。

 「潔い丸投げっすね、主」

 「適材適所を信じているだけだ。的外れな計画を実行したくはないだろう?」

 「おおよそ二人組での見張り番だから、どうとでもなるんじゃないかしら?当日の人間が分かれば、後は搦め手で黙らせればいいだけだもの」

 ララバがいつもの調子で笑う。

 決行日は定まっている。シフトが分かれば可能という話らしい。

 「当直の人間は割り出せるのか?」

 「もうすぐ情報は降りて来るはずっす」

 「……優秀だな。では、明日の夜にあの塔を貸し切らせてもらうということか」

 シリベスタが塔の方を睨む。

 最上階以外には踊り場が一つ二つあるくらいで、外から見上げても何も見えない。テオニィールはそこで星占いをするつもりのようだ。

 その結果次第で、これからクロウたちがどう動くかが決まる。

 博打のような話だが、いったいどのような方法が提示されるのか。

 「それと、例のシャンガルの行方については全然手がかりもない状態っす」

 「シャンガル?」

 「子犬の名前っす」

 「ああ、ドルトーの件か」

 キージェン公国の貴族の仕事がどうなろうと知ったことではないが、そこからこちらに悪影響が飛び火してくるのはよろしくない。

 とはいえ、探すといってもどういう手段があるのかすら分からなかった。見かけたら保護するというような消極的なものしか思いつかなかった。

 「何か特殊な探し方とかがあるのか?」

 「ブレメッシュでは野良犬の類はいないんで、ペットがいるとすれば貴族専門店とかっすね。ただ、自然に逃げられたのか、目的がバレていてさらわれたのかで大分違ってくると思うっす」

 「密輸に使っているとかって話だったな。それは有名な手段なのか?」

 少なくともクロウは聞いたことがなかった。元々密輸関係についての知識がほぼないので、その感覚はあまり当てにはならないのだが。

 「常套手段ではないと思う。私がその手の捜査に関与した経験は多くはないが、その手の話を聞いたこともなかった。聞いた限りでは複雑な魔法が絡んでいるので特殊な部類かと」

 シリベスタはニーガルハーヴェ皇国の近衛兵でそうした捜査専門ではないが、首都で働いていた経験は貴重だ。

 「複雑な魔法というか特殊な部類かもしれないわね。見つける方にも技術というか知識が必要になるもの」

 「そうか。なんにせよ、その辺をぶらついていても見つからないというわけだな。結局、情報待ちか……」

 「ん、早速って――」

 そうイルルが口を出した途端、その姿がかき消えた。

 「あらあら、どこのお馬鹿さんかしら?」

 「……ちっ。気づくのが遅すぎた」

 シリベスタも警戒態勢を取ったことから、望まない訪問者が来たのだとクロウは気づく。

 「ここがバレていたのかい?」

 「それはないと思うわ。ただ、勘のいい子が覗き見しようとしていたみたいね」

 テオニィールの言葉にララバが答えると同時に、イルルが何者かを引きずって戻って来た。浮浪者のような男だ。薄汚れた衣服が特徴的だが、それ以外に何も印象に残らない。そんな平凡な男に見えた。

 いつのまにか民家の外に出て、怪しい誰かを捕まえたらしい。

 「何者だ?」

 「分からないっす。ただ、単独で動いてたのは確かっす」

 「問答無用で連れ去って来たのですか?」

 「正しい判断よ。他の誰かに見られるわけにもいかないもの」

 「見逃すって手はなかったのかい?」

 「その結果、明日の行動に支障が出るかもしれないっす」

 「まぁ、それはそれでまずいか……結局、どこの誰なのか問い詰めなきゃってことだね?」

 テオニィールの言う通りだった。

 とりあえず、気絶している男の懐を探る。何か身分の手掛かりが分かるかもしれないと思ったが、何も持っていなかった。

 と、その時どこからかメモ書きが降ってきた。

 「……この人、この街の見聞屋みたいっす」

 ウッドパック商会の会員からの情報のようだが、あまりにも早い。というか、この場所を見張っていたのか。いや、この場所を確保したのも会員なのだから当然か。

 関係性を隠すためにほとんど顔を合わせてはいないが、本当に頼りになるバックアップだ。後で報酬は上乗せすべきだろう。

 「見聞屋ギルドの?だとしたら、まずいんじゃないかい?ブレメッシュ側にバレるってことになるよね?あるいは、もう知れ渡っていたりして?」

 「それはないっす。個人の方っすから」

 「なるほどね。それでも聞かなきゃね。ここを嗅ぎつけたのが偶然か、それとも何か他に意図があったのか。とりあえず、起こすわ」

 ララバがぐったりとした男の身体の一部をぐっと押すと、「うぎゃっ!!!?」と聞いたこともない悲鳴を上げて男が跳び上がった。

 激痛が走るツボを刺激したらしい。

 男ははっとして周囲を見回し、絶望に顔を歪めた。その反応からしてやはりただの浮浪者ではない。一瞬で自分の状況を理解したということだ。

 「やぁやぁ、見聞屋君。どうして僕らを嗅ぎまわっていたのか、洗いざらいしゃべってもらおうか。痛いのがお望みなら、ここには専門家がいるから期待してくれたまえ。ただ、こちらも暇ではないんでね。できるだけ早いコースでお願いするよ。それと、オプションで生存権もつけておくことをお薦めしておこう。うっかり苦痛で昇天ということがないようにね」

 思い切り物騒なことを言いながら、テオニィールが残虐な貴族よろしく脅しをかける。

 多少は抵抗を見せるかと思っていた男は、初手であっさりと折れた。

 見聞屋としてのプライドよりも命を大事にするタイプだったようだ。ある意味、それだけの圧を正確に感じ取れる実力者だったということかもしれない。

 イルルにやられた時点で半ば悟っていたのだろう。

 シリベスタは「見聞屋として情けない。恥を知るべきだ」と嘆いていたが、こちらにとっては都合がいい。余計な手間は必要なかった。

 その見聞屋の男オヤブの話によると、この場所を嗅ぎつけたのは偶然だったようだ。

 しかし一方で、この街に最近怪しい動きがあるという噂は聞いていて、その関連で注意を払っていたことも事実だという。

 その噂というのが領主メリエラに敵対する集団がブレメッシュに潜入して何かを企んでいるというものだった。漠然としつつも、カジャクラの森の施設を狙っているという具体的な部分もあったりで、単なる憶測ではないという意見も飛び交っているとのことだ。

 カジャクラの森というのは例の魔草精製を行っているという黒い噂がある場所でもあり、地元の人間でも近づけないだけにより疑惑が深まっている。オヤブはそうした背景を踏まえて、空き家だったはずの民家に人の気配がしたので怪しく思って調べようと思っていたという話だった。

 「……一応、話の筋は通っているように聞こえるね」

 再び目隠しや耳栓をしてオヤブ拘束した状態で、これからどうするかを話し合う。

 「こちらが潜入することはやはり露見していたようです。まだ見つかっていないとはいえ、個人の見聞屋も聞き耳を立てているとなるとより慎重な行動を心掛けねば……」

 「ふ。そんなの最初から分かっていたことさ。別に驚くことじゃない。それより、オヤブ君をどうするべきかな?完全に単独で動いていたみたいだけど、仲間がいる可能性はゼロじゃない。明日の占いが終わるまで軟禁しておくのも手だけど、かえってその間に余計な注意を引くかもしれない。個人的には脅しておけば口は閉じていてくれそうだけど、どうするんだい?」

 クロウに向けてテオニィールが両手を開いてみせる。

 シリベスタの指摘通り、警戒されていることは間違いない。分かっていたこととはいえ、こうして目の前で証明されると緊張も増す。やはり時間に余裕はない。

 「仲間についてはいないものとして考える。逆にこっちに引き込めないか?ここを当て勘で見つけただけでも悪くない能力なんだろ?地元の知恵は心強いんじゃないか?」

 「信用できるかどうかは別っすけど……主がそう言うなら、一人担当をつけてやってはみるっす」

 「頼む。テオニィールの明日の占いは絶対条件だ。時間的猶予はない。最悪足がついても決行する覚悟だ、そのつもりで準備してくれ」

 「そっちは分かったけれど、あの貴族さんの子犬さんはどうするのかしら?」

 ララバの言葉にクロウは即答する。

 「そっちは占いが終わってからでもいい。この人数であっちもこっちも手を出すのは悪手だろ」

 方針は決まった。後はやるべきことをやるだけだった。

 その具体的な方策については完全に他人任せだったが。




 オヤブは自分の頭をぺしぺしと叩きながら、どうしてこうなったのか首をひねっていた。

 個人経営の見聞屋としてそれなりの腕を自認していたが、その自信は既に粉々に打ち砕かれていた。

 未だに気配しか感じ取れない相手に、完全に支配されているような状況だ。こんな有様で一流だと嘯くやつは大バカ野郎だけだろう。

 「で、具体的におれに何をさせたいんだ?」

 「ある貴族の子犬を探している。裏工作に使われている可能性があるペットで、名はシャンガルという。この街で、後ろ暗い取引が行われる場所に心当たりは?」

 常に暗がりに身を潜めている相手は、抑揚のない声で簡潔に用件だけを言う。

 こういう輩の知り合いは少なからずいる。仕事の付き合い以上に踏み込みたくない依頼人だ。おまけに、こっちに選択肢などない。逆らうだけ損をするという関係だ。

 できるだけ速やかに取引を終わらせるのが得策だ。黙って相手の望む仕事をする。それが一番。だから、従順に動く。

 「要するに裏社会の社交場ってことだろうが……この街にそんな場所は腐るほどある。けど、まぁ、ペット同伴も許されるっていうか、それでも目立たない場所ってなると絞れはする……だとしても、専門家の紹介が限界だ。おれはそんなとこに入り込めやしないし、何かできることはねぇ」

 「場所の特定ができればいい」

 「うーん、つっても、それも専門外だ。確定はできねぇ」

 「専門家とやらならその確定ができるのか?」

 「できる、と思うが保証はできねぇよ」

 「その紹介先の人間は信用できるのか?」

 「おれにとってはな。おまえたちがそう思えるかは別問題だろ?」

 「……いいだろう。紹介しろ。その人物が使えなかったり、いらぬ真似をした場合は貴様に責任を取ってもらう。その辺りも伝えておけ。役立つ限り、正当な報酬は約束する」

 脅されての強制労働ではあっても確かに依頼料は払ってくれるようだ。

 最悪な始まりの取引相手だが、そういう意味での金払いは悪くないし、依頼人としてはマシな部類とも言える。何者か詮索さえしなければ金づると言えなくもない。一歩闇に踏み込むだけで命を落とすという危険はあるのが玉に瑕だ。

 まぁ、そういう仕事をしているんだから今更だわな……

 オヤブは知り合いを紹介することにする。

 内心で、この相手がどこの勢力なのかは何となく察してはいるものの、それを口にしたり詮索する愚はおかさない。既に一度失敗している。

 これ以上傷口を増やすことはなかった。

 むしろ、この件を糸口にこちら側につくのもアリなのではないかと思い始めてさえいた。

 ピンチはチャンスだ。個人でこの街の見聞屋で稼ぐには限界があった。最近は特に領主の暴走気味な気配が街全体を覆っている。

 勝ち馬に乗るのが商売の常套手段だ。その点で、自分が分岐点に立っている予感はあった。

 この機会に乗り換えるという選択はなしではない。

 「ちなみに、少し耳寄りな情報があるが、高く買ってくれるのかい?」

 「質と内容次第だ」

 相手も乗り気だと気づく。

 オヤブの運気はまだ終わってはいないのかもしれなかった。


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