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選択死  作者: 雲散無常
第十四章:飛地II
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14-4


 テオニィールの星占いは静かに始まった。

 監視塔、正式名称的にはコガシーと呼ばれるその尖塔でいつもはうるさい男が静かに上空を見つめていた。

 小さな台の上で何かの香を焚いて、その煙がそっと風に揺れている。

 本来この場にいるべきメリー防衛騎士団の団員は二人とも人目に触れない場所で大人しくしている。それぞれの弱みを握られて、今夜の役割を放棄させられているからだ。短期間で脅迫の情報を集めたウッドパック商会の手腕をほめるべきだろう。

 クロウはテオニィールが見上げる夜空を同じように見上げる。

 無数の星の瞬きがそこにはあるが、そこに何か意味を見出すことはできない。その位置や動き、光の度合いなどの関係性から世界を読み解くのだという。古くから占星術というものはあるようだが、さっぱり理解できそうになかった。

 「―――――」

 先程からテオニィールの唇から声ならぬ吐息のような何かが漏れている。

 垂らされた特殊な編み込みの前髪が、その音に合わせるように奇妙に揺れていた。薄布の上で広がった砂のような何かも勝手に動いているように見えた。

 それらを時折テオニィールの指がなぞり、複雑な文様のかたちを整えているようにも思えた。

 「……ああやって見ると本物みたいっす」

 イルルがぽつりと呟く。

 まともに占星術を見たのは初めてらしい。確かに普段の雰囲気とはまるで違って真面目だった。そういう一面があることを知っていても、目の当たりにするまでは信じられない気持ちも分かる。

 「一応、オホーラも認める技術らしいからな。何をしているのかは分からねぇが」

 分かる必要もないのだが、進捗も判別がつかないのは少し不便だ。

 いつまでもここに居座れるわけでもない。

 一応、誰も近づかない状況にはしているが、何事も予測通りにはいかないものだ。

 シリベスタやララバも塔に近づく者を警戒して周辺に控えている。ふらりと団員の同僚が塔に立ち寄るといったことも考えられる。

 「役立ってくれるならなんでもいいっす」

 イルルは塔の周囲を間断なく見張っている。

 クロウも注意は払っているが、テオニィールの占いそのものにどうしても意識が向いてしまう。

 何しろ、今回の作戦の肝はその占いの結果次第でどうなるか変わってくる。その指針を決める重要なものだ。運頼みのようで思うところがないわけではないが、世の中そうしたどうしようもないものやどうにもならないもので案外決まっていく。

 今夜の夜空は快晴というわけではない。しかし、占うのに必要十分ではあるとのことでテオニィールは気にしていなかった。

 相変わらず何をしているのか分からない占い師の動向を見つめていると、不意にその台の上で砂が宙を舞った。

 川の流れを表わすように斜めにそれらが動く。上から下ではなく、下から上へと駆け上るような砂粒の動きがまた幻想的だった。

 まるで手品のようで星占いというのもなかなかのものだと感心していると、テオニィールが急に声をかけてきた。

 「クロウ!異常事態発生だよ、何かが僕を邪魔してるっ!?」

 「どういうことだ?」

 状況がつかめない。現在のこの砂の動きは意図したものではないということだろうか。

 「説明している暇はないよ!これをどうにかしておくれ。僕の占いはまだ続いてる。途切れさせるわけにはいかないんだ」

 どうにかと言われても一体何をすればいいのか。

 思わずイルルを見やる。諜報の分野ではないが、助言はくれた。

 「……あの砂が勝手に動いてるなら、動かしてる何かをぶっ飛ばすとかそういう話っすかね?」

 「なるほど。けど、動かしてる何かってのは何だろうな……?」

 皆目見当がつかないが、とにかく浮遊している砂に直接何か働きかけてみることにする。

 テオニィールは現在、良く分からない小枝のようなものを振って儀式めいた動きで空を見上げている。何かに集中しているようで、砂の方にかまっていられないといった状況だ。自分に身の覚えのない動きがすぐ近くであるのは落ち着かないものだろう。

 この奇妙な状態をどうにかするのはクロウの役割のようだ。

 「殴ってどうにかなるのか?」

 他に何も思いつかなかったので、とりあえず砂の方に腕を振り払ってみる。

 すると、空中で流れていた砂がその動きを避けるように一瞬で形を変え、また元の流れに戻った。そこには何かの意志を感じた。

 「これは……」

 誰かが、あるいは何かが操っている。そんな印象を受けずにはいられない。

 「シッ!」

 イルルも空中の砂に向かって身体ごと飛び込んでそのかたちを崩そうとした。だが、その攻撃はやはり瞬間的に回避されて虚空を突くことになった。

 「主、何か変っす!」

 再び何かの流れに沿った動きを取る砂の群れ。そのかたちに意味があるのだろうか。

 そしてそれは、テオニィールとは無関係なものらしい。

 一体何が起きているのか。

 「遠隔でこれを行っているとして、見えていなくても可能なのか?」

 「近くに怪しい気配はないっすけど……」

 どうであれ、魔力が関係しているに違いない。魔力探知を試みてもいいが、この警戒態勢の中で今更クロウが何かを見つけられるとは思えない。

 すぐにラクシャーヌを呼び出す。

 「ふん、このけったいな状況が何かじゃと?」

 目の前の状態を見て災魔はすぐさま塔の外縁部へとてくてくと歩いてゆく。そこは窓というより完全に吹き抜けのようにくり抜かれている展望台のような箇所が多く、周囲を見渡せるような造りだった。

 当直の団員ではないので姿をさらすわけにはいかないが、今はそんなことを言っている場合ではないのかもしれない。

 ラクシャーヌはゆっくりと頭を巡らせ、やがて一点の方向でその動きを止めた。

 「……あっちに何かあるようじゃが……これは厄介そうな匂いがぷんぷんしとる。とりあえず、断ち切ってはおくがの」

 「断ち切る?」

 「魔力じゃ。おぬしのいうように遠隔魔法で何かをしてきておるからな――ふんっ!!!」

 言いながら、突然ラクシャーヌがその場で足を激しく地面に打ち付けた。

 途端、宙に浮いていた砂粒が地面に一斉に落ちる。

 「ああ、よくやってくれたよ!後もう少しこの状態を保ってくれ。いいところなんだ」

 テオニィールがすかさず安堵の声を上げるが、占いは続いているようで振り向きもしない。佳境に入っているようだ。

 「分かった。続けてくれ。こっちはどうにかする」

 と答えつつもクロウ自身は何をすればいいのかまったく分かっていなかった。

 災魔に向き直って尋ねる。

 「で、どういうことなんだ?」

 「クロウよ……丸投げとはいい度胸じゃな」

 「今は時間の方が重要だろ?俺じゃ対処しきれない可能性が高い」

 「ふむ。まぁ、それはそれで正しくはあるの。いいじゃろう、これは何らかの妨害行為だと思われる。さっきのアレが何なのかは分からぬが、おしゃべり男の占いに何か干渉しようとしていた動きには見えた。しかも、その干渉はおそらく異空間ないしはその類の尋常ならざる場所からの操作のように感じる。今もあの方角に空間の歪みがある」

 ラクシャーヌの向ける視線の先を追うが、クロウには何も分からなかった。

 「そうなのか。イルルも感じるのか?なんか空間が歪んでいるそうなんだが」

 「え?……言われてみればそうな気もするっすけど、ちょっと心許ないっす」

 「あれはかなり特殊なことは確かじゃな。わっちも初めて感じるかもしれぬ」

 「それが厄介ってことの意味か。干渉っていうことは敵対行為ってことでいいのか?相手方にとって都合が悪いってことになるが、占いを邪魔するってのはどういう話になる?結果がまだ出てもいないのにおかしくないか?」

 「わっちに聞かれても知らん!何か占われると困るって話じゃろうよ」

 災魔は問題のある方角を睨みながら、不機嫌そうに答える。

 「占われると困る?」

 「少なくともここで占うことを知っているってことではあるっすよね?あ、でも、何をしているかは知らなくて何か嫌がらせしてるだけとか?」

 イルルの意見もありそうな気はした。が、疑問も残る。

 「砂を動かして何がこっちが困るか?実際、占いの支障にはなっていたみたいだが、それを知らずにわざわざあんなことをするか?」

 「うーん、試しに色々やってみたとかっすかね……?」

 「色々というが、今はもう何もしてこなくなっておる。一体何なんじゃ?途方もないエネルギーが動いている気がする一方で、えらく限定的じゃ。制限でも受けているのかえ?」

 ラクシャーヌの表情はいつになく厳しい。戸惑い半分、警戒半分といったところか。

 「そんなに変なのか?」

 「うむ……」

 どうにも煮え切らない災魔は、不意にその手を掲げて何やら集中し始める。

 怪しい空間に何か魔法でも放つつもりなのだろうか。黙って見守ってみたものの、何の変化も起きなかった。

 やがてラクシャーヌの手が力なく下がる。

 「手応えがなくなった。まるで意図が分からん」

 誰にともなく呟く。かなり謎な状況のようだが、あまり楽観視できそうにない。

 肝心のテオニィールの星占いはまだ続いている。少なくとも途切れてはいなかった。とにかくそれは完遂させなければならない。

 「とりあえず、次の妨害がないならいい」

 「今は、じゃぞ?結局何者か分からん限り安心は出来んじゃろうて」

 「けど、分からないんだろう?」

 「まぁ、そうじゃな」

 「ならいい。この場をとりあえず無事にやりすごすのが優先事項だ。イルル、他に怪しいやつはいないな?」

 藍色の髪が縦に揺れる。

 先程の怪奇現象は完全におさまった。ラクシャーヌ曰く異様な空間がどこかにあるようだが、そこから何か仕掛けてこない限りは静観だ。

 これ以上下手に刺激するのも悪手な気がする。

 テオニィールの占いに視線を移す。

 どの程度の進捗なのだろうか。放蕩貴族に扮した服装のまま占いの儀式めいたことをしている姿はどこか滑稽に映るが、その顔はいつになく真剣だ。

 邪魔ができないのでいつ終わるとも聞けない。

 引き続き周囲を警戒する。

 ラクシャーヌはじっと気になる空間を睨んでいるが、特に変化がないと分かると途端に飽きたように欠伸をもらし、クロウの元に戻って来た。

 「妙な空間が閉じ始めた。あれが何にせよ、しばらくは平気じゃろう。また出現するようなら考えものじゃがな」

 どことなく不吉な予言めいたことを災魔は言い残していった。

 「また来るかも、か……」

 クロウにはその空間の歪みは感じられない。

 だが、その方角に何かがあったことは確からしい。明確な意図を持ってテオニィールの占いを妨害したのだろうか。あるいは単なる偶然の産物で重なったのか。

 楽観視はできないが、今夜の占いを知り得ることもまた困難なはずだ。この時、この場所そのものさえ占った結果だ。

 考えれば考えるほど奇妙だ。

 「ぬはっ!!!!」

 その時、不意にテオニィールが叫んだ。というより、盛大な息が漏れたといった感じだ。

 次いで「見えたよ」という言葉で星占いが終わったことを知る。

 どうにか一つの山場は越えたようだ。

 確実に新たな謎も増えてはいるのだが。


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