14-2
仄暗い路地の突き当り。
軽くすえた匂いが漂う場末の一角に鎮座する男がいた。
「ぐぐぐ、ぬぬぬーん」
うめくような声を上げながら、奇妙に上半身をねじっているのはテオニィールだった。
何やら真剣な顔つきで宙を見つめながら、不可解なポーズを取っている。
「……私は一体何を見させられているんだ?」
シリベスタが唖然とした口調で言うのも無理はなかった。
クロウにもうまく説明はできない。
「良く分からねえが、占いのための占いの準備らしい。ここが理想の場所だそうだ」
「意味不明っす」
「うふふふ、でも、確かに何か期待させてくれるのよね、テオさんって」
呑気に笑うララバの掌には、幾つかの石が握り込まれている。
道端に落ちているただの石ころだが、彼女にとっては協力無比な武器となる。石礫として指で弾くだけで冗談ではなく人を殺せる。
テオニィールの占いの邪魔をさせないために周囲の人払いはすんでいるが、迷い込む者や好奇心で覗こうとする者もいる。そういう輩を排除するためにララバは警戒していた。既に一人、的になった者もいて今はどこかで気絶して倒れている。
それもこれも、テオニィールの占いのためだ。
今回の作戦の肝はなぜか、あのお調子者の占いにかかっている。信じ難い話だが、道楽の賢者オホーラがそう断言していた。
曰く「並の方法では短期間では成し遂げられぬじゃろう。だが、おしゃべり男の占いによっては可能かもしれぬ。奇抜さは時に常識を凌駕する。博打ではあるが、わしの見立てでは分はそう悪くもない。あやつの不可思議な才に頼ってみるのも今回は上策になり得る」とのことだ。
テオニィールの占いに対する賢者の評価は異常に高い。それだけ特殊だということの証左でもあり、どれだけうるさく煙たがっていても仲間として参加させている所以でもある。いや、一応魔法士としても腕は悪くはないようだが、実質的にはおそらく占いの面で重用している節があった。
クロウ自身はそこまでおしゃべり男の占いに信を置いてはいないものの、何某かの力はあることは認めている。
だからこそこうして、意味不明な要望にも応えていた。
「占いのための占いというが、それはどこまでも続く詐欺の手口にも聞こえる……聞こえます」
シリベスタが不審げに眉根を寄せた。
「ああ、いつまでたっても本命の占いのための占いで稼ぐって懸念だな?気持ちはわかるが、別に金を払っているるわけじゃないし、テオニィール曰くこういうことは滅多にないらしい。来るべきとき、ふさわしい場所で占わなければならないという想定は、相当レアな状況だと」
「今回はクリティカルな状況という意味で、まさにそれよねぇ」
「ふさわしい場所、ですか……」
胡乱な目でシリベスタが周囲を見回すのも無理はない。
一般的なイメージだと、もっと厳かな場所なり神聖な儀式的なものを思い浮かべる。ところが実際は薄汚れた路地で奇妙なポーズだ。胡散臭さが半端ない。
「……早く終わることを祈ってくれ」
テオニィールのうめき声は続いている。下手に邪魔するわけにもいかないので、進捗を聞くこともできなかった。
「そもそも、どんな占いをするつもりなのですか?」
皆、それすら知らなかった。興味を持っていないからだろうが、本人が知ったら泣きそうなほど無関心だ。
よく考えるとクロウもその場に居合わせたことがあるので知っていただけだ。内心、少しだけテオニィールに同情しながら答える。
「一応専門は星占い系らしいが、不可能な時は太占をしていた」
「フトマニ……骨に傷をつけるアレか。あんなもので未来が分かるとは到底思えない……」
「占いじたい、胡散臭いっす」
散々な言われようだが、それでも占いというものがこの世に沢山存在しているのは、それなりの成果が残っているからだとオホーラが言っていた。
「……ちょっと、お掃除してきますね」
不意にララバがその姿を消した。
遅れてクロウにも、何者かの気配が近づいてきたのを感じた。
しかし、その存在感は明確で隠しているようなものではない。その手の専門家ではなく一般人の気配のように思えた。
イルルにそう感想を述べると、
「そういう風に装ってるだけっす」
即座に否定された。その違いも明確に分かるものらしい。難しい。殺意などがあれば感じ取れるが、偵察などが目的の場合はその判別はどうやっているのか。
簡単なレクチャーをイルルに受けている間に、ララバが戻って来た。
「巡回中の迷い子だったから、特にわたしたちがバレているわけじゃなかったわ」
「そうか。実際、どのくらいの確率で俺たちは現状察知されているんだ?」
「うーん、そうね……潜り込んでいるのは多分バレてるけど、特定はまだされてないってところじゃないかしら?」
「もうバレてるのか?」
うまく入り込んでいると思っていたが、何かミスがあったのだろうか。特に怪しまれているような素振りはなかったはずだ。
「ええと、そんなに深刻になる必要はないっす」
「そうそう。テリトリーに異分子が入れば気付かれるのは当たり前よ。そこからどれだけ絞られるか、その駆け引きこそが諜報活動だからね。ここには各国のそういう耳や目がいっぱい潜り込んでいるし、その中の一部に紛れている限り大丈夫よ」
無害な観光客には含まれていないが、疑惑の一団の名無しといった立ち位置辺りになるわけか。その前提は当たり前のようだ。世の中はそうした情報戦で溢れているようだ。
人間の業の深さに辟易していると、テオニィールがついに占いを開始していた。
魔獣か何かの骨に傷をつけて燃やしながら、それらを並び替えては真剣な目で何かを見出そうとしている。
傍目には狂人のような行動にも映るが、立ち昇る煙と怪しい空気に包まれて目を離せない。
何度か奇妙な行程が繰り返されたのち、ようやくテオニィールが脱力したように呟いた。
「見えた……」
クロウはその言葉で占いの終了を確信して声をかける。
「何がどうなった?」
「明後日、占うべき場所が分かったよ。とりあえず、ここは移動しよう。よくない気が溜まって来た」
いつになく真剣な様子のテオニィールに従って宿屋へ戻ることにする。
「それじゃあ、まずいかにして僕がこの結論に至ったか、前日の天才的な閃きと天啓とそれをしっかりと見逃さなかった類稀なき――」
「結論だけ頼む」
饒舌な魔法士の機先を制してクロウは割り込んだ。
テオニィールの趣味に付き合ってやりたい気持ちはあれど、今は時間が惜しい。他の面々も早く話せと無言の圧が強い。
魔法士は口をとがらせながらも、やれやれと肩をすくめて説明を始めた。
「まったく、毎度毎度この偉業に対してリスペクトが足りていないと思うよ、君たちは。まぁ、でも、今必要なのは情報だと理解しているからね。クロウの要望にはちゃんと応えよう。僕は何て言ったって良識ある大人でだからね。あはは、称賛は後でいくらでもしてくれてかまわないよ?」
既に前口上が長いのだが、これでもテオニィールは妥協しているので我慢して聞く。
ウェルヴェーヌがいれば無言で拳が飛んでいるところだろう。
「それで、占いの結果だけれど『明後日東の塔で夜明け前にすべし』という読みになったよ。時間帯からして、星読みだろうね」
「東の塔?具体的にどこなんだ、それは?」
「うん。それを確定するのは君たちに任せるよ。役割分担ってやつさ。なに、塔って分かっているんだ。この街にきっとあるんだろう?」
「塔と呼称できるものは七カ所ぐらいっす。東という方角はどこから見てっすか?」
即答するイルルの頭の中には、ブレメッシュの地図がきちんと収められているようだ。
クロウもある程度記憶したはずだが、すぐには思い浮かばない。
「ああ、それはあの占った場所を起点としてだね。ぱっと見の外見からは分からないだろうけれど、実はあの場所には古来より綿々と――」
「それなら三か所に絞れるっす。他に何か特徴はあるっすか?」
イルルが容赦なくテオニィールの言葉を遮る。
そこそこに付き合いも長くなって来ているので、あしらい方も自然だった。
「む?特徴かい?それはなかなかに難しい質問だね。そもそも塔という割り出しにもなかなか神経を使った一品でね。それ以上に何かというと厄介な特定作業をはらんでくる。決定的な輪郭というか朧げなイメージが細く背の高い建物というものだったからなんだけれど、それもまた意識を拡張した想像の延長線上で合って必ずしも……」
「細くて高いってことっすね。一番細いのは……」
「あらあら、違うわよ、イルルさん。それではダメ。塔のイメージで一番重要なのはどこかしら?」
ララバの質問にクロウたち全員が首をかしげる。
細長い、高いなどの他に何か要素があるのだろうか。
「あらあら、誰も知らないのかしら?本来、塔というのは監視のためにあるのよ?高い場所からすべてを見渡せるでしょう?」
「なるほど。なら、そういう役割を果たす場所が一番怪しいというわけか」
「……その共通意識が果たして、テオニィール殿にもあるのだろうか?」
シリベスタの鋭い指摘に、皆の視線が魔法士の方へ向く。このおしゃべり男にそういった教養はあるのか。
当人はしかし、小腹が減ったと言うので買ってきた肉串を夢中で腹に納めているところだった。
「ぼほひん?」
口いっぱいに頬張っているその姿には教養の欠片もない。
「……監視塔という意味では、メリー防衛騎士団の宿舎の近くのものが一番可能性が高いっす」
「例の私設兵の側か。だとすると、進入するのも厳しそうだな」
「でも、やるしかないのでしょう?本番の占いのための時間はどのくらい必要なのかしら?」
「ぼばばば、ほんへひらっほん?」
「とりあえず喰ってからしゃべってくれ、テオニィール」
そんなやり取りをしていると、突然訪問客が現れた。
この場所を知る者は限られている。
イルルが警戒しながらもすぐに探りを入れて相手の名を告げる。
それはこの街に潜入する際に利用したキージェン公国の貴族、ドルトーだった。
偽りの身分としてのテオニィールの出身は大陸西方の国にしてあるが、ブレメッシュを訪れるには少し遠すぎた。その違和感を緩和するためにキージェン公国の貴族と縁があるという設定にしてあり、それに伴ってキージェン経由であればより安全に中に入れるということで、ドルトーと契約関係を結んでいる。
すなわち、互いに中では不干渉、訪問時にのみ協力するというものだ。ドルトーの方でも何かブレメッシュで企んでいるようだが、その中身に興味はない。
より自然に潜入するための協力体制だ。ゆえに、今このタイミングで訪れること自体が異常だった。
あまり人前に出るのは憚られるララバは奥に引っ込み、シリベスタと俺で最初の対応をすることになった。護衛役なのでその辺はしかたない。
最終的に相手をするのはテオニィールだった。外部に対して貴族という身分は徹底する必要があるため、その辺りの役回りは徹底している。
簡単に用向きを聞き、テオニィールへと通す。
借りている宿屋はブレメッシュでは中堅どころだが、一般的には高級宿になり複数の部屋がつながった居住空間になっていた。上流貴族であれば最低限このくらいの場所に住むということだが、クロウからすれば豪勢に過ぎると感じていた。金持ちの感覚は分からない。
「やぁやぁ、ドルトー君。わざわざ訪ねて来るとは何かトラブルのようだね?なに、僕と君の仲じゃないか。たとえ契約違反だとしても気兼ねなく話してくれたまえよ!」
テオニィールは放蕩貴族よろしく振る舞っている。
その板についた擬態っぷりは見事というか、実際にはほぼ地なので驚くには値しない。このおしゃべり男の本質はまさにそのようなものだった。
「おお、心の友よ!そう言ってもらえるとありがたい!実際、私も困っているのだよ!そのためにこうして恥を忍んで我が足を運んできたのだ。違反金は払うゆえ、寛大に許してくれ」
ドルトーの方も尊大で大仰な身振りと共に、テオニィールへと近づいていきなりハグをする。
このキージェン公国の貴族はまだ30代半ばと思しき若さだが、どこか好々爺とした雰囲気を持った丸型人間で憎めないところがある。
「もちろんだとも。さぁ、とにかく一杯飲んでから話を聞こうじゃないか」
「ああ、頂こう。今の気分は赤だ。白じゃないワインを頼むよ」
貴族のやり取りというものはクロウにはまったく理解しがたいものだが、実際にこうした茶番じみた会話が普通に行われるらしい。そういう意味でも、ドルトーとテオニィールは馬が合うのは間違いない。
互いに気取り屋で大げさな人種であり、他人を辟易させる性格だ。
だからこそ、検問などには大いに役立つ。その話術は関わりたくない、早く終わらせたいと相手に思わせる程よい面倒さ、やりにくさを醸し出すのにうってつけだったからだ。この二人が揃った時のその強力さは言うまでもない。
飲み物を出したイルルが早速、意識を他に飛ばして我関せずの立場を取っているのも当然だろう。
クロウもそうしたかったが、今はドルトーの話をしっかりと聞く必要がある。
冗長な会話を繰り広げる二人の話にどうにか喰らいついていく。本当は誰かに最後にまとめて欲しいが、今はそういう人員がいないので仕方がない。
シリベスタはドルトーの護衛と話し込んでいる。おそらく、互いに貴族たちの奇妙な会話から逃げているのだろう。それはそれで情報収集だ。責めるべきことではない。
テオニィールたちの話に耳を傾ける。要点だけをつかむのが手間だ。なぜ関係ない小話やどうでもいい自慢話が差し込まれるのか。
そうして悪戦苦闘しながらドルトーのトラブルについて把握した。
ただ話を聞くだけでこれほど疲れるとは思わなかった。ここまでの道中、完全にイルルたちに任せていたのでこれほどの疲労が生まれるとは思ってもいなかった。皆が避けるのも無理はない。
とにかくやり遂げた。
事情を理解すればそれほどたいしたことではない。無駄な情報が多かっただけだ。
簡潔に言ってしまえば、ドルトーの連れてきた子犬が行方不明になったから探してくれということだ。
ペットの一匹を必至になって探す理由は、愛護精神などではなくその犬の体内には機密文書が隠されているからだという。魔法で圧縮した書類を犬に埋め込んで運ぶという手口があるらしい。要するに、ドルトーの密輸のトラブルに巻き込まれたわけだ。
手伝う義理はないとも言えるが、ここでドルトーが捕まってこちらに何らかの悪影響が出る可能性もある。放置するのも得策ではない。
一応ドルトーも地元の見聞屋に探らせてはいるが、この街の見聞屋には当然ブレメッシュ領主の息がかかっている。表向きには見聞屋ギルドでも個人でも独立しているのが前提ではあるが、そうはいっても領地内での商売である以上制限は少なからずある。密輸がバレてはいないはずだが、完全に信用もできない。そこでこちらにも要請が来たという流れだ。
とりあえず、その犬を見つけたら連絡すると約束してドルトーを帰した。
「うーん、これは単なる偶然なのか、それとも何らかの探りなのか。一体どっちなんだろうね?」
意味深なテオニィールの言葉で、そういう可能性もあることに気づかされる。
「まさか、ドルトーが裏切ったのか?」
「どうなんだろうね。あまり偶然は信じたくはないんだ、僕は。けど、不干渉を越えてまでヘルプを頼みに来たっていうのは、それほど厳しい状況なのか、あるいは……」
「街に入ってからの状況も一応探ってはいたっす。今のところ白っすね。ただ、もうちょっと掘り下げてみるっす」
「そうか。明日はその辺も含めて、塔の方の視察も必要だな」
まだまだメリエラへの道は遠そうだった。




