14-1
地方都市ブレメッシュ。
大陸でも有数の一大歓楽都市であるこの地は、ニーガルハーヴェ皇国領土の飛地で、元は王侯貴族のための避暑地に過ぎなかった。
すぐ側にミカダルワ湖があり、北方面にはハグルスト王国、広大な湖水を挟んだ向こうにはライリカ帝国領がある。
地理的には中央二大国に隣接しているとも言える場所で緊張感が高いはずだが、逆にそれを強みにして何人でも受け入れる土壌にもなっていた。
特産もなく軍事施設にも適さない土地柄もあって放置される傾向にあるその場所で、娯楽に振り切った生存戦略でブレメッシュは一躍その名を上げた。
領主の名はメリエラ=ドープ=ニーガルハーヴェ。直系に近い皇族分家筋の長女だ。
五年ほど前に皇族殺しの容疑で裁判にかけられたが無罪放免になったという曰く付きの美女だった。そのせいもあって皇族の腫れもの扱いとなって飛地であるブレメッシュに左遷された。だが、こうして今は独立都市のような一国一城の主になっているのだからたいしたものではある。
街を行き交う人々の熱は高く、通りは活気で溢れている。
歓楽系が多くやや怪しい雰囲気が強いものの、それだけに留まらない交易商人などの店や行商人による露店売りが所狭しと並んでいた。見世物小屋や大道芸人たちも自由に活動できることから、昼夜問わずにすべてが賑やかで華やかな彩に満ちている。
もちろん、そんな大通りとは別に狭い小道や裏通りに一度足を踏み入れれば、そちらはそちらでまた町の様相はがらりと変わる。華やかさよりも怪しさが倍増する狭い通路には、裏商店街のような胡散臭い店が立ち並び、違法性のありそうな商品がずらりと軒先から顔を覗かせている。裏道とはいえ、堂々と売っている辺り、暗黙の了解で町側も不問にしているということだろう。
歓楽都市の名にふさわしく、そうしたごった煮の混沌さもまた魅力の一つになっていると思われる。
「……想像以上に何でもありな町みたいだな」
クロウは窓からそんな雑多な通りを見下ろしていた。
「うふふ、管理できないから放置しているだけじゃないかしらん?」
ふんわりとした声で答えたのは、ララバだ。
今回のブレメッシュ潜入班の一人として抜擢されたウッドパック商会でも指折りの戦闘力を持つ会員だった。クロウと同じく黒髪だったが、その色艶には大分違いがあった。手入れの差だろうか。
「同業者っぽいのが多くて、どこまでが町側の『目』なのか分からないっす」
イルルは部屋の中を先程まで探っていたが、何もないと判断してベッドに腰かけていた。
「そんなにいたのか?」
怪しい人間が多すぎてクロウには目星をつけるのは困難そうだ。自分もブレメッシュ側からしたらその一人なになるのが皮肉でしかないが。
「そうねぇ、三分の一くらいはカタギじゃなさそうだったわね」
「そんなに?」
「単に怪しいだけの人も含めたらっす。ここに来るような客は半数がまともじゃないんで、当然っすね」
「あははは、それを当然というのは早計というものだね、イルル君。この僕のようにまともな人だってちゃんといるのさ。ちょっとお茶目なところがあるだけでね」
バチンと気色の悪いウインクをするのはテオニィールだ。
派手さだけを強調した悪趣味な服に身を固めた姿は、ある国の上級貴族の放蕩息子といういかにもな印象を与えてはいるが、その側近としての立場のクロウたちとしては頭も目も痛い。確かにこの歓楽都市にはふさわしい役割ではあるものの、四六時中このおしゃべり男と一緒にいなければならないストレスは既に飽和状態に近かった。
「部屋の中では大人しくしている約束だろ、テオニィール」
「これくらいはいいじゃないか!?僕がここまで来るのにどれだけ不当な言論統制を受けてきたのか、逐一読み上げさせるつもりかい?だいたい、ここでの僕は君たちの――」
「もう黙るっす」
イルルがその口を布で塞ぐ。ともすれば過剰な制圧方法に見えるが、自称宮廷魔法士にはこのくらいの対処で丁度いい。どこまでも調子に乗るタイプであることは周知の事実だった。
「あらあら、かわいそうにね」
まったくそんな風には思えない口調で、ララバがテオニィールを見て微笑む。
「……本当にその男が役に立つのですか?」
部屋の扉前でひっそりと佇んでいたシリベスタが不審気に問う。表面上はテオニィールの従者という立場なので初めから不満げな態度ではあったが、その疑惑は未だに払しょくされるどころか増しているようだった。気持ちはわかる、とクロウは苦笑せざるを得ない。
普段のテオニィールは面倒くさい、うるさい、近寄りたくないというような類の人物だ。今回のような潜入にはまったく不向きであるとしか思えない。
それでも彼が今回のメンバーに抜擢されたのは、オホーラの要望によるものだった。
かの賢者も認めているテオニィールの占いこそが今回の肝になる可能性があるという話で、ブレメッシュでの偽装身分にもぴったりだというのが理由だった。
オホーラを疑ってはいないが前回の意味不明な占いのこともあってクロウ自身は少し不信感を募らせてはいたものの、結局はその案を採用した。魔法士はいた方がいいというのは分かっている。テオニィールの魔法士としての腕はそれなりで悪くはない。それ以上にやかましいので忌避されているだけだった。
「賢者の助言だからな。最終的にはどこかで役立つだろうよ……」
「んーあーんー(既にここに宿泊できている時点で役立っているじゃないか)!」
何か抗議の声を上げているテオニィールを無視して、クロウもシリベスタを改めて見る。
「お前もよくついてきたな。ここを無事終えたとしても、大分制限がつくのに」
「姫様のためだ。それ以上に優先すべきことなどない。いえ、ないです」
エルカージャ皇女の近衛騎士長は即答した。見上げた忠臣だが、クロウにはその手の主従関係があまり理解できない。
今回の作戦にあたって色々とクロウたちの秘密も見聞きすることになるが、それら一切を秘匿することを条件にシリベスタは参加している。それは主であるエルカージャに対しても適用されるのだが、それでも彼女はこの任務がニーガルハーヴェ皇国ひいては第一皇女のためになると信じて迷わなかった。
エルカージャの依頼ということもあって、何が何でも参加するという強い意志を持っていた。ベリオス側としても、ニーガルハーヴェ皇国の証人がいた方が後々に役立つと考えて参加を許可した。
この少数精鋭(?)が今回のメンバーのすべてだ。たった五人にラクシャーヌを含めた勢力で果たしてこの街の領主を排除できるのか。
一応既にウッドパック商会の諜報員による情報網はブレメッシュの中に出来上がっているので、サポート要員を含めればもう少し人数はいる。足りているかと言えばNOだろうが、じゃあ何人いればいいと言われて答えられる者もいないはずだ。結局のところ、その時の手持ちでどうにかするだけだ。
「何にせよ、ここからは時間との勝負だ。長く居座るつもりはない。情報を精査、狙える時があれば狙って離脱。単純な骨子だ」
「そのすべてが臨機応変でということなければ、素直にうなずけるのですが……」
胡乱な目でシリベスタが見て来る。
作戦が行き当たりばったりだと来る前から非難はされていたが、他に何ともしようがない。
商会が調べて出てきた証拠はすべて、ブレメッシュ領主のメリエラが完全な黒で暴走しているという証拠しか出てこなかった。
ベリオスの町を襲うように指示し、魔草を栽培して好き勝手に売り、近隣の村で暴れるならず者を容認して放置していた。形ばかりの偽装工作はあったが、それらは完全に隠蔽されていたわけでもない。あまりに杜撰な情報管理、バレてもかまわないという姿勢が見て取れた。
そうであるのに、その真意についてはまったく漏れ聞こえてこない。
でたらめのようでいて肝心な部分については煙に巻いている。分析班の推測では、当然メリエラの背後に何者かの意思があるというもの。だが、その黒幕の影は一切不明。もちろん有力なのはライリカ帝国だと推理はできるがその傍証すらない状態という不可思議な状況だった。
「話し合いの余地があるなら、どっかで接触してから判断っていう案もあったんだがな、どうにも完全に敵対関係で固定らしい。相手が戦闘状態なら、その気でやるしかない」
「……本国もおそらく見切りをつけたからこその依頼だったのでしょうからその点は同意できます。が、だからといって計画性皆無なのは別問題ではないですか?」
「そうはいうが、どうやって計画を練るんだ?あの女は毎夜街の高級宿屋を適当に渡り歩いてる上に、朝から動いたり夜まで寝ていたりと不規則な生活をしてる。スケジュールをつかんでも当日にいきなり変更も日常茶飯事の筋金入りの気分屋だ。待ち伏せも何もできないみたいだぜ?」
「そ、それはそうですが……」
メリエラ皇女はつかみどころのない生活をしていた。政務は基本的に右腕の男が実質的に担っている。
その男についての情報を最優先で集めている状況でそろそろ出揃うという報告は受けている。その他に護衛は日替わりなのか不特定で顔ぶれが毎回違う。ただ、直属の私兵団とも言うべきメリー防衛騎士団に伝説の傭兵と呼ばれるワルガという男が確認されている。現状ではその男が最大の障壁だろうと推測されていた。
「うふふふ、そんなに心配はいらないと思うわ。よく動く標的に雑多な場所、不特定多数の人間。混然とした状態というのは思っているよりチャンスが溢れているものよ?だって、誰にもコントロールできないんですもの」
おっとりとした声でララバが笑うが、内容は剣呑だった。
今回の戦闘要員というよりは暗殺要員。確実にメリエラを仕留めるための保険。俺だけでは人手が足りない場合の第二の矢で、場合によっては第一の矢にもなり得る。
普段のゆったりとした外見や態度からはまったく想像もつかないが、ウッドパック商会随一の暗殺技術を持っているらしい。未だその本気を見たことはないが、時折ただならぬ気配や動きは垣間見ていたので実力を疑ってはいない。
「とにかく、ここニ、三日は俺たち自身がまずこの街に慣れることにする。その間にはいって来た情報で、今後の動きも決める。テオニィールはその間、決定的な占いができるように準備してくれ」
「うーむーんー(そういうことはまずこの不当な拘束を解いてからにしてくれよ)!」
「何を言ってるが分からんが、了解したものとして受け取っておく」
ブレメッシュ潜入の一日目はそうして過ぎていった。
不意に短い吐息が背後で漏れた。
薄暗く湿った空気が漂う路地裏の一角。
男は得体の知れない恐怖と共に振り返る。ここには誰もいないはずだ。
実際、視界には何も映らなかった。静まり返った夜中の風景。眠らない都市、四六時中賑やかだと言われる歓楽街のブレメッシュでも閑静な場所は存在する。
気のせいか……
そう安心した男は次の瞬間、二度と何も考えられなくなっていた。その首が胴体が離れ、ごとりと地面に落ちる。
「……これも外れ?」
影の中からつまらなそうに呟く言葉が聞こえた。
その背後から新たな声。
「だから違うと言っただろう?」
呆れたような口調に対し、
「可能性はあった。しかたない、次を探す」
「そのセリフ、もう何回目だよ?」
「知らない。数えて?」
「は?数えてどうするんだ」
「さぁ?」
「…………」
死体を前に奇妙な会話だけが響く。二つの声がするが気配は一つだけだった。
「とりあえず、掃除はしなきゃな。だろ?」
「イヤ。めんどい」
「おいおい、オマエな……」
「どうせ、あっちの人がやる。次、いく」
「……つけてきた監視野郎か。ヤらなかったのはこのためってか?」
「さぁ」
それから声はいつのまにか立ち消え、辺りに静寂が戻る。路地裏は気まぐれな星明かりに時折照らされた。
生首と胴体の死体がその光にさらされて横たわっていた。
そこへ二つの人影が現れた。
「うげ、マジでまたかよ」
「だからお前を呼んだんだ。まったく、見境なしにも程があるぜ、あいつ」
「あのちっこい見た目からは信じられんなぁ……まぁ、片付けるか」
「ああ、頼む。少なくとも、こいつもなんか後ろ暗いことしてるのは確かなんだろうけどな」
「ハッ!そうでないやつがここにいいるのかよ?」
「くはっ、確かに違いない」
皮肉な笑い声を上げながら、男二人は死体と生首を大きな麻袋に詰めてい行く。その手際は恐ろしく手早かった。慣れているのだろう。
「よし、こんなもんか。まったく、いつまでこれが続くのかね」
「例のやつらをヤるまでだろ。女王は本気らしいからな」
「そうなのか?まぁ、最近派手に動いてるってのは聞いてるけどよ」
「派手どころじゃないぜ。お前知らないのか?あの激ヤバな傭兵も動いてるんだぞ?」
「え!マジかよ!?」
「だからマジだって。お前も気をつけろよ。下手なことしてると死ぬぞ?」
「……冗談だろって笑えなくなってきたぜ」
二人は重苦しい空気の中、無言になって麻袋を運んでゆく。
目的地は寂れた倉庫のような場所だった。
入口の門番役が煙草の煙を吹かしながら、勝手知ったる顔で扉を開ける。
「そっちが一人目か?今夜は二人目がまた来る予定らしい」
「その口ぶりじゃ、本命じゃないんだな?」
「当選してたらこっちに来るはずがない」
「そりゃ、そうだな……」
倉庫の中には麻袋が積まれた山があった。酷い匂いに二人は口を押さえる。
「なんでまだ焼かないんだ?もう限界だろ」
「方針が変わって、なんかの材料に使うんだとよ。目的なんか聞くなよ?考えたくもない」
「うげ、そういや森の方がえげつないことになってるって噂になってたな」
「お前、そういう話ももう迂闊にするな。ベジーの奴が泥酔してピーチクパーチクしゃべった翌日から行方不明だ。意味は分かるな?」
「……ここ、何気にいま相当ヤバいんじゃ?」
「バカが。ずっとそう言ってるだろ。言われたことだけやって黙ってろ。それが今は最善だ」
陰気な思いを抱えて二人がそそくさと倉庫を後にするのを見送って、門番の男は影に向かってささやく。
「……あいつらも知りすぎてるかもしれない。ボスに指示を仰いでくれ」
ブレメッシュの夜は闇より深く、その濃さはまだ留まることを知らないようだった。




