13-9
ベリオスの町に戻ってからもなかなかに忙しかった。
自死しそうな男を魔法で拘束し、その情報を吐かせるためにウッドパック商会の専門家が出張ってくる一方で、アリーの本来の仕事の方でも事態が動いていた。
例の二人組が町の外で見つかり、この捕縛に成功。
しかしながら、この二人は激しく抵抗したためにやむなく応戦した際に残念ながら死なせてしまったとのことだ。
それでも遺体からある重要なものが得られたとのことで、その解析にいま当たっているという報告を受けた。もっと具体的に何なのか知りたかったが、確証が得られるまで秘密にしておくとのことだった。
情報待ちなことは変わらないが、あの正体不明の合成獣、キメラが飛地の方角から来たこと、ここまでの各地の状況からでもおおよその推測は立つ。
クロウは飛び地の領主であるメリエラ皇女と対立する覚悟が決まりつつあった。
降りかかる火の粉は払わねばならない。
ニーガルハーヴェ皇国のいざこざに巻き込まれるのは本意ではないが、避けられないのであればしかたがない。第一皇女であるエルカージャからの依頼の件もある。あらゆるものがその方向へと向かっている気がしてならない。考え過ぎだろうか。
「珍しく難しい顔をしておるな、クロウよ」
不意にオホーラの声が聞こえてきて、クロウは思考の沼から顔を上げる。
「ん、そうか?」
賢者の執務室では相変わらずその主が仕事をしている。休んでいるところを見たことがない。
「報告が来るまで休んでいたらどうじゃ?遠出をして疲れているのじゃろう?」
「いや、それを言うならお前こそ大変だろう。いつ休んでいるんだ?常にどこにでも使い魔を飛ばしているみたいだし、ここでも複数の書類をいつもさばいている印象しかない。お前に倒れられたら困るぜ」
「ひょっほっほ。心配してくれるのは有難いがまだまだ元気じゃ。見た目ほど弱っておらんから安心せい」
「ならいいんだが、無理はするなよ」
「なんじゃ、急に。やけに気遣うではないか」
言われて気づく。確かにあまりこういうことを言ってこなかった気がする。無意識に言葉を発していた。
「そうかもな。自分でも良く分からねえ」
「ふむ。心配事でも増えすぎたかの」
「そうなのか?」
「さぁの。おぬし自身のことじゃろう。わしに聞かれても知らぬよ。ただ、今回の件、無意識にでも色々と思うところがあるのではないか。一連の出来事すべてが、明確な敵意を向けられているようなものじゃ。気になっても自然じゃろうて」
オホーラの言っていることを完全に理解できているとは言い難い。ただ、確かに引っかかるものはある気がした。
「ベリオスが狙われているってのはやっぱ確実か……」
「ウィズンテ遺跡がある以上、それは避けられぬものじゃ。いずれにせよ、おぬしの中で何か固まったものがあるようには見えるの」
「……やるべきことがあるならやるだけだ」
そこで執務室にノックがあった。ウェルヴェーヌが入ってくる。
「失礼します。報告書が届きました」
無駄なくそれを差し出してくる。
クロウは無言でうなずくとそれをオホーラの机の上に広げる。
共にその内容を確認し、ほぼ予想通りの結果に嘆息した。
端的に言えば、やはりここまでの襲撃事件の背後にはブレメッシュがいたという事実だ。捉えた男が自白した。あの合成獣もまた、メリエラの差し金だったということだ。
「……決定的じゃな」
賢者の言葉に同意する。
「そうみたいだな。本気で仕掛けてくるつもりか……けど、何か勝算があるってことなのか?」
「それが不可解じゃ。わしには血迷っておるとしか思えぬが、こうして実行に移してきている。無謀ではないと踏んでいるわけじゃが、その根拠がまったく見えてこない。不気味ではある」
「ふむ。ウィズンテ遺跡を狙っているとして、その前にベリオスを襲う理由は何だ?俺たちを排除して乗っ取るってのは、国際情勢的に許されるのか?」
ベリオスは既に大陸中から独立都市として認められている。ウィズンテ遺跡を所有する権利を有する一国のような扱いだ。
それは中央大陸の大国ハグルスト王国からのお墨付きがあるということだ。そんなベリオスに手を出せばどうなるか。
「許すかどうか、という意味では非難されることは間違いないろう。じゃが、仮にこの町が完全に乗っ取られた場合、そこで所有する権利を主張できなくはない。戦争で国を滅ぼして勝利するようなものじゃ。勝ち取ったものとしてウィズンテ遺跡を管理することは不可能ではなかろう。もちろん、そこから先は同様に他の国も攻め込んでくることが予想されるゆえ荒れることは必至じゃな」
「そうなっても守り切れる自信があるってことか?いや、その前にうちを落せるって話か……舐められてる?」
「分からぬ。対外的にベリオスの軍事力を証明した実績はないが、既に入り込んでいる諜報員たちから各国へそれなりの情報は渡っているはずじゃ。そこで過小評価されていない限り、それなりの実力は伝わっているものだとわしは信じておる。探索者たちも今のところ、ベリオスの町には好意的じゃ。何か争いになった際にはおそらくベリオス側につく者も多いとは思う」
「そうなのか?そういうとき、探索者ギルドの立場というかスタンスはどういう感じなんだ?」
「基本的にはギルドがある以上、その領土の国側に立つ。ただ、戦争での徴兵義務に応じることはない。国にもよるが。普通は国民扱いとはならぬからな。いわゆる国土防衛に関してのみ、ギルドは探索者たちを動員することがあるといったところか。自分の家を守るのは当然じゃろう?」
「なるほど。じゃあ、一応戦力的には数えられるわけか」
「とはいえ、義務ではない。ギルドも完全な強制力はないゆえ、個々人の判断にはなるがの」
「何にせよ、ブレメッシュが敵になるってんなら、応戦しないわけにはいかないな」
「あの、すみませんが、現在はどういった状況になったのでしょうか?」
ウェルヴェーヌにも説明が必要だ。クロウは読んでみるといいと報告書を指差す。
素早く目を通したメイドは少しだけ眉根を寄せて、思案顔で言った。
「……一連の裏にいるのは、やはりライリカ帝国、になるのでしょうか?」
「ライリカ帝国?」
「ほぅ、なぜそう思ったんじゃ、ウェルヴェーヌ嬢?」
「はい。ウッドパック商会からの報告でも、ブレメッシュが帝国とつながっている疑惑があるというものがあったように思います。それに、ベリオスの町がハグルスト王国の後ろ盾であるなら、そこに対抗できるのはかの国ぐらいかと」
「そんな報告あったか……?」
クロウは覚えがなかったが、無数の報告書の中で取りこぼしているものが多いのは分かっていた。
「最近の情報収集の中に、そうした示唆は確かにあった。それらをつなげて思考・推測できる分析力は素晴らしい。正直、わしもその可能性は高いと見ておる。じゃが、証拠はない。あくまでありうる想定の一つじゃな」
クロウは今見た報告書をもう一度思い出す。
合成獣の中にいた男は魔法士で、魔法であのキメラを操っていた。ブレメッシュのメリエラ皇女から命令されたのだと自白させられていた。その目的はベリオスの町を襲わせることで、ある程度のダメージを与えればいいという契約だったそうだ。
その合成獣自体は、どうやら餌に魔草を混ぜて与えていたこともあって、大分強力な生命体になっていた反面、自己崩壊もしていて、動かすなら今のうちだということで急遽襲撃が計画されたらしい。つまり、突発的なものだったということだ。なぜ、このタイミングで襲ってきたかという理由は、単純に偶発的にあの合成獣が出来上がったからだ。
そんなランダムな原因はさすがにオホーラでも読み切れない。
更に重要なのは、その魔草をブレメッシュは製造していることが判明した。飛地の近隣の森一帯を完全にその研究と製造の場に変えて一大事業として大々的に運用しているとのことだ。その森にはかつて、フェッカの黒狼であるウークがいたこともあって信憑性は高い。あの魔獣たちは追い出されてクーンに助けを求めてきたという話だ。
そして、この大陸では魔草の製造など完全にアウトではあるが、バックにライリカ帝国がいるなら在り得る。中央大陸の覇権を握るハグルストとライリカは表向きは互いに不干渉で不可侵的な立場を取っている現状なものの、水面下は当然の如く互いの足を引っ張り合っている。あわよくば併合しようという野心は、帝国という名からも分かるように侵略意識が強いライリカの方が強い。
ブレメッシュを使ってハグルストの影響が強い中央を?き乱す目的という風に考えれば、裏からこれらの騒乱を操っているという考えは十分に合点がいくというわけだ。
その場合、メリエラ皇女は捨て駒のような役割にも思えるが、それでもかまわないという覚悟を持って動いているのだろうか。噂を聞く限りは、自暴自棄になるような性格ではない。彼女自身にも何か利するものがあっての判断だろう。賢者の言うようにそれはとても不気味に感じた。
一方で、別方面の報告もそこには含まれていた。
ブレメッシュを探っていた商会は、メリエラ皇女を資金面で援助しているのが小国ゴド=ロクアの王太子レセンだと突き止めていた。メリエラ皇女に熱を上げているこの王太子が国庫を私的につぎ込んでいるという話で、ゴド=ロクアもまたライリカ帝国の庇護を受けている国だということが分かっていた。すべてがつながってくる。
もちろん直接的にライリカ帝国と関係している証拠などないため、声高に非難などはできない。大国は自分の手を最後まで汚さない。
「……転移魔法陣の調査権を欲しがる勢力にライリカ帝国関係者がいないのも、やつらは結局自分たちで奪い取るつもりだったから、とかも考えられるのか?」
「悪くない推理だ、クロウよ。それもまた真実ではあろうが、おそらく既にどこかの国にライリカの手の者は潜んでおるじゃろうな。ある程度の情報は流れているとみていい」
「そうなのか?防がなくて……いや、そうか。さすがに全部を隠匿することはできないな」
「うむ。初めからそこは想定して動いている。破綻することが自明な無理な防衛はせぬよ。それで言うと、まずは町中の方をどうにかした方がよいな。例の殺人事件は経緯はどうであれ、あちらにも帝国の陰があるわけじゃからな」
そちらの情報も入ってきていた。
アリーが担当している事件で目撃されていた怪しい二人組について、直接尋問はできなかったものの、その遺体から命令書のようなものが出てきた。通常そんなものを持っているはずはないのだが、おそらく二人組も自分たちが使い捨てられる危険性を知っていて、保険のために隠し持っていたと考えられる。
そこにはライリカ帝国属両国の中で有名な、ある犯罪組織の名が記されていた。殺人云々の命令ではなく単なるベリオスの町の調査ではあったが。それを信じるならば、あの二人組は殺人に関係してはいない。ただし、逃亡するに当たってビャフロン一家の手助けを得ていることも書状から明らかになっている。
そのビャフロンからの依頼は何か道具の処分だったようだが、そちらについて詳細はまだ明らかになっていない。
これらをどう解釈するべきか。アリーはまだ調査が必要だとしている。
「特別チームがあるんだ。そっちは信じて任せる。俺はエルカージャ皇女の依頼を受ける準備をしようかと思うんだが、どう思う?」
「ふむ……具体的に何か考えておるのか?」
「具体的と言われると困るが、直接乗り込んで皇女をぶっ叩くのが早いとは思っているな」
「それはブレメッシュに潜入するということかの?そこで皇女をどうするつもりだ?」
「どうだろうな……ここまでの感触としては、さっさ消した方が世の中のためになる気がするんだが、そうできたとして、その後の影響がどういったものになるか分からねぇ。かといって、拘束したところで悪事を認めるたまにも見えねぇし、その帝国とやらが背後にいるなら黙ってないだろ?やっぱさくっと消した方がいい気がしている」
さらりと暗殺という手段を口にするクロウに対して、賢者はしばし考えてから答える。
「前提として、それはかのメリエラ皇女が本当に独裁者として事態を動かしているかどうかを確かめてから、という条件をつけねばならぬじゃろうな」
「どういうことだ?」
「つまり、トップを排除すればこの一連の事態が本当に鎮静化するかどうかをまず見極めよ、ということじゃ。仮にメリエラ皇女を除いたとて、その指揮権を継ぐ者がいた場合何も止められないということになりかねない」
「首がすげ替えられるだけじゃ意味がないって話か。確かにな……」
「とはいえ、大きなアドバンテージになることは確かじゃ。先程も出た資金面でも、メリエラ皇女なしには供給されることはなかろう。かの人物のカリスマ性に拠るところは少なからずある。ただ、帝国が奥に潜んでいることを思うと、メリエラ皇女のみに依拠した計画ではないとも勘ぐってしまう」
「そこら辺は探っていく必要があるってことだな」
「あの、差し出がましい質問で恐縮ですが、ニーガルハーヴェ皇国としてはメリエラ皇女の排除にその、直接的な方法も許容しているという解釈は正しいのでしょうか?先の依頼書で、確かに圧政の鎮静化あるいは弱体化で手段は不問となってはいましたが……」
ウェルヴェーヌの疑問にクロウはうなずく。
「ああ、俺はそう解釈している。無理難題は向こうも承知しているはずだ。その上、やり方にどうのうこうのと言われる筋合いはない」
「それはそうじゃが、ベリオスとしても表立っておぬしがメリエラ皇女を暗殺、などと派手にやらかされるのは困るぞ?表向きには誰がやったのか分からないという装いでなくては、さすがに正面切って動かれると守り切れる自信はない。敵対勢力に格好の餌を投げ与えるようなものじゃからな」
「暗殺する場合、それは当然の配慮じゃないのか?名乗りを上げて殺すような行為はもう暗殺じゃないだろ?」
「そうではない。証拠や傍証を残すなという話じゃ。確実に容疑はかけられるじゃろうが、それをかわせる状態で実行する必要があるという話じゃな」
「俺自身が監視されているとしたら、潜入した時点でバレそうだな……」
「クロウが領主であることを知っている者はいるじゃろうが……影武者を立てることは可能じゃ」
「影武者?俺にそっくりな奴がいるのか?」
「本物の人である必要はない。例えば等身大の人形であっても、そこに魔法でクロウだという認識を錯覚させればよい。実際に監視者は対面するわけじゃないからの。壁越しにでも気配や存在を匂わせておくだけでも、騙すことは不可能ではない」
「そんなことができるのか?」
クロウやウェルヴェーヌの驚いた顔を見て、満足そうにオホーラが笑う。
「ひょっほっほ。できないと思っておろう?だからこそ、有効なのじゃよ。人は想像の及ばぬ事態に対処はできぬ。準備はいるが、そうしたダミーの影武者を用意してベリオスの町にいたことにすることはできよう。期間に限界はあるじゃろうが」
「それはどのくらいだ?」
「まだ試作してみないと何とも言えぬが、想定では良くてニ、三週間が最長ぐらいか。相手にもよるし一概には言えぬ」
「……短期決戦で乗り込んでやる必要があるってことだな」
クロウの中ではもう決意は固まっていた。
もう少し情報収集は必要だとしても、最終的には自ら動いてこの攻撃を止めなければならない。
極論、相手の思惑など知ったことではなかった。
この町を守るために専守防衛ではなく先制攻撃が必要ならばそうするまでだ。
ただし、密かに実行することは必須条件のようだ。果たしてそれが自分にできるのか。いや、やらねばならない。
イルルに教えでも乞うべきか。
またミレイに文句を言われそうだとクロウは苦笑した。




