第88話 料理をめざせ!
「この餡堂名津って君が作ったの?」
「はい、そうです」
六郎はお月の返事を聞いて、深く息をはいた。
それを見たお月の表情が不安に覆われた。
「……もしかして、甘いものはお口に合いませんでしたか?」
「えっ、いや、ぜんぜん、そんなことないよ! ここまでの料理が作れるなんてすごいなって感心してただけ」
「ふふっ、でしたら良かったです」
パタパタと慌ただしく手を振る六郎の姿に、お月の緊張もほぐれてきたようだった。
そんな会話を横目にお盆へと手を伸ばす。餡堂名津を頬張っている間にも二人の会話はどんどん盛り上がっていった。
そういえば、六郎はふだんからよく料理を任されていると言っていた。料理好きのお月と話が合うのも納得だ。
料理についての知識を持たず、せいぜい「うまい!」「まずい!」くらいでしかコメントできない私は、二人の話に耳を傾けてもいまいち何のことやらよくわからない。
それは向かいに座る姫子も同じようで、私たち二人は遊戯盤ごしに目を合わせながら、
「うまいね」
「うん、おいしい」
餡堂名津をひたすら口に運ぶのだった。
◆
そして、翌日。
台所でのことだ。
「お月ちゃん、えーっと、実は折りいってお願いがあります!」
「そ、そんな、わたしなんかに頭をさげないでください!」
頭を上げると、動揺したお月が胸元でわたわたと手を振るのが目に映った。思わず手助けしたくなるような、庇護欲を煽る微笑ましい姿。
私が同じことをしてもこうはならないよな。
って、そんなこと今はどうでもいいか。
私はコホンと小さく咳払いをすると、再び頭を下げた。
「私に料理を教えてください!」
「え、料理ですか? それはいいですけど、でも急にどうして」
「ほら、お母様もそろそろ帰ってくるでしょ? その時、私が料理できるようになっていたらびっくりするじゃない」
まるでカンペを読む芸能人のように、あらかじめ考えておいた理由をぺらぺら話す。
「はぁ、そう、ですか。なんだか意外というか、驚きといいますか」
いまいち納得いかなさそうに首を捻るお月。
その感覚は正しい。
本当の理由は、料理好きな六郎との話題作りだ。私が料理を作れるようになれば、六郎とももっと話す機会ができるだろうし、上達次第ではいっしょにお菓子作りをしたりとかもできるかもだからね!
お月はしばらく首をかしげて考えていたけど、やがて納得したのか、はたまた気にすることをやめたのか小さく頷いた。
「……そうですね。お料理は楽しいですし、なによりおいしいご飯は人を幸せにしますから。瑠璃さまが作ってみたいとおっしゃるなら、わたしも全力で手助けいたします」
「さすが、お月ちゃん……いえ、師匠!」
「し、師匠!? そんな大げさですよ!?」
お月はふるふる首を横に振ったけど、その表情を見る限り満更でもないように見える。
「で、では、そうですね。せっかくなので、まずは奥方さまの大好物の――」
そうして、この日から私はお月ちゃんに料理を習い始めたのだ。




