第87話 遊戯盤!
「……ほんとに勝てないもんだね」
方陣上にでかでかと浮かび上がる敗北の二文字を睨めつけながら、姫子が声に悔しさをにじませた。
一方の私は安堵に胸を撫で下ろしていた。
いやはや、何度負けると思ったことか。
やたらと運がいい人間とは本当にいるもので、姫子はまさにそれだった。
術の効果の理解、大技を切るタイミング、戦況の把握といったプレイングに直結する部分に関して、正直、姫子と六郎にそこまで差があるわけではない。
それでもここまで苦戦させられたのは、とにかく「運がいいから」の一言に尽きる。
この世界における戦いはゲーム『くくり姫』によく似てることもあって、運ゲーじみた展開になることも時々ある。
ここぞという場面でこちらの攻撃が外れたり、相手の攻撃が致命の一撃になったり……そんないわゆる逆転要素に、姫子はやたらと愛されている。
これが主人公補正ってやつ?
「菊桐さんすごいな、僕はぜんぜん歯が立たなかったのに」
いや、姫子の戦いは参考にならないからね。運が良かっただけだから。
……なんて、六郎を励ませたならよかったけど、さすがに姫子本人がいる手前、そんなことは言えない。
「あまり気にし過ぎもよくないというか、その、時の運? みたいなのもあるわけだし」
「…………うん」
歯切れの悪い返事。
セロハンテープを切りすぎたハサミかなってぐらいに切れ味が悪い。
その隣で姫子が餡堂名津をひとつ口に放り込んだ。
「これ、おもしろかったけど、私にはあまり向いてなさそうだし、もういいかな」
「そう?」
「うん、考えることが多くて疲れる」
「そこは慣れよ」
結局、やっていれば知識はつくし、経験も積まれる。
そこには別に特殊技能とかがあるわけでもない。
「うーん……少なくとも私には無理だな。まあ、頑張って」
姫子は首を横に振ると、六郎の肩をぽんと叩いた。
「……僕も自信ないな」
「もう、なんで二人してそんな弱気なのよ!」
私が悪いのか?
でも、手を抜くのもなあ。
楽しくやることじゃなくて、六郎の訓練が目的なんだし、そこをなあなあで済ませても良いことないもんな。
などと思いながら、糖分補給に餡堂名津へと手を伸ばす。
しかし、お盆の上には何もなかった。
正確には空になった器だけがあった。
「え゛、餡堂名津なくなってるんだけど!」
「……あー、うまかったよ」
「……いやぁ、ごめん」
思わず姫子と六郎、二人の顔に目を向けた。
姫子は悪びれることなく頬をかき、六郎は申し訳なさそうに口を開いた。
こいつら、さっきの試合中にバクバク食ってたな。
いや、別に二人は悪くないし、強いて言えば、考えるのに夢中だった私が悪いんだけどさ……でも、もう少し食べたかったなあ。
「……はぁ」
そんな私のため息が空の容器を満たす頃、トントンと戸を叩く音が聞こえた。
「瑠璃さま」
「お月ちゃん? 入っていいよ」
静かに応接間へと足を踏み入れるお月。
その手にはなんと――
「瑠璃さま、そろそろお菓子が尽きる頃かと思いまして」
「最高、天使」
餡堂名津が積まれた器が乗っていた。




