第84話 また、いつか!
「結局、祭りには参加できずかぁ」
馬車を見つめながら百がぼやいていた。
「そういえば、モモは歌唱大会に出る気満々だったもんね」
「いや、その、出る気満々ってほどじゃないけど」
そうか?
最初はともかく、出るって決めてからはだいぶノリノリに見えたぞ。
「みなさん! そろそろ乗ってくだせえ!」
護衛の男の合図に従って、私たちはぞろぞろと馬車に雪崩れ込んでゆく。
ちなみに今回の私は見事、六郎の隣を確保できた。
問題は六郎の元気がないこと。
百はだいぶ調子を取り戻したようだけど、六郎は相変わらず落ち込んだままだ。
「みんな乗りやしたね? じゃあ、出発しやすぜ!」
馬のいななきと共に馬車がカタカタと動き始める。車体にかけられた術式が発動し、振動はすぐになくなった。
隣に座る六郎になんて声をかけようか。
そんなことを考えながら、窓から顔を出していると、馬車の前方に人影が見えた。
「……蓮太郎?」
馬たちの手綱をにぎる護衛の男も気づいたらしく、馬車のスピードはゆっくりになっていった。
「なんだ、レン。家出る時は見送りにいなかったくせに」
「べつに、気が変わったんだよ」
窓から身を乗り出す凛之助に、蓮太郎はぶっきらぼうに返した。
そして、私に視線をチラリと向けると、しばらく口をもごもごさせたのちにボソリとつぶやいた。
「……あのさ、いろいろ、ありがとな」
それだけの短い言葉を言い切る間もなく、蓮太郎は視線をそらした。
微笑ましさすら感じるその姿に、私は思わず緩みそうになる頬を抑えながら、口を開いた。
「どういたしまして!」
「えー、レン、お前、あれだけ体張ってがんばった兄ちゃんに感謝の言葉も何もないのに、女子相手には言うのかよ!」
「……っさいな」
蓮太郎はあからさまに顔をしかめながらも、
「まぁ、兄ちゃんも凄かったよ、そこそこ。街で遊んでばかりじゃないって……少しは思ってやらんこともない」
と言葉を漏らした。
凛之助は目の前でクラッカーを鳴らされたような顔をしていた。
「じゃあな」
蓮太郎はくるりと背を向けると、最後に「あ、そうだ」と何か思い出したように向き直った。
その視線は真っ直ぐ私に向けられていた。
「……お前、名前はなんていうんだ?」
「言ってなかったっけ」
「ああ、聞いてない」
そういえば、そうだったか。なんだか、勝手に名乗った気になっていた。
「心葉瑠璃」
蓮太郎は私の名を小声で反芻すると、
「……よし、覚えた」
満足そうにうなずいた。
その口元にかすかな笑みが浮かんでいたのは、たぶん見間違えじゃないと思う。
「それじゃあな」
「うん。またね」
今度こそ完全に後ろを向いた蓮太郎の背中に、私はいつまでも手を振っていた。
だんだんと遠ざかってゆく小戸羽に別れを告げるように、いつまでも。




