第83話 何が良くて何が悪いのか
鬼の襲撃の影響は、小戸羽村だけでなく私たちにもあった。
いつもと変わらず平常運転なのは姫子や護衛の男くらいのもので、他のみんなは程度に差はあれど意気消沈していた。
特に六郎と百は、見ているこっちが不安になるほど落ち込んでいた。
自警団の応援に駆けつけた二人が鬼たちとどんな戦いを繰り広げたのか、気にならないと言ったら嘘になる。だけど、それを聞き出す気にはならなかった。
そして、気になる人と言えばもう一人いる。
蓮太郎だ。
あの弍鬼という名の美しい鬼と少年の間にかつて何があったのか、私は知らない。
二人の会話から察するなら、以前、弍鬼は行き倒れて死にかけ、それを蓮太郎が助けたのだろう。それから何度も交流があったのかもしれないし、久しぶりの再会だったかもしれない。
一つ言えることは、蓮太郎は弍鬼に少なからず心を開いていて、今回それを裏切られた形になったということ。
鬼がなぜ攻めてきたのか。
蓮太郎は彼女らとどこまで関わりがあったのか。
聞くべきことは多いのだろうけど、その役目を自分が担う気にはなれない。
凛之助も同じ気持ちらしく、その日の食事は初めて蓮太郎も同席したのに、今までで一番静かな食卓となった。
「……オレを責めないのか」
食事も終わり食器を運んでいた私は、蓮太郎の突然の呼びかけにどう反応したものか、ちょっとだけ悩んだ。
「叱るもなにもあんたと鬼にどういう関係があったのか知らないし」
蓮太郎はだれかに叱って欲しいのだろうか。
私はあえて訊かずにいたことを口にした。
「あの鬼とは会ったことがあるんだよね。どうやって会ったの?」
「……ちょうど一年前、村で祭りが開かれるって頃に、村外れで死にかけの鬼に会った。それが弍鬼だった」
「あの鬼が死にかけてる、ね」
三人がかりでも苦しかった弍鬼がそこまで窮地に陥る姿はなかなか想像しづらいものがある。
「道に迷いに迷って数日間、飲まず食わず。そんな状態で妖怪に襲われたから、さすがにヤバかったらしい」
「人を食べるくらいだから、他の妖怪だって食べそうだけど」
「妖怪は死んだら消えるし、食べた気しねえんだって」
そういえば、そんな設定もあったな。
「で、蓮太郎はその行き倒れた鬼を助けたんだ」
「……ああ」
蓮太郎は小さくうなずき、一瞬、唇を噛んだ。
「妖怪っていうくらいだからさ。もっとバケモノっぽい、わけわかんない見た目だと思ってたんだ。でも、実際見たらそこまでじゃなかった。たしかに赤い肌やツノとかは人間じゃありえないけど。そのまま見捨てるには、あいつの見た目は……人間っぽ過ぎた」
「……」
「飯を持ってったら、うまそうに……ほんとに美味しそうに食べたんだ」
「……」
「でも、弍鬼が生き延びたせいで、村が襲われたんだとしたら、オレは」
村の惨状を持ち出して蓮太郎を責めるのは簡単だろう。同じことが起きないように叱るべきなのかもしれない。
でも、道端で倒れている人を見かけたとして、無視せずに声をかける人ははたしてどれくらいいるのだろうか。
蓮太郎はその優しさを持っている。
それを真正面からただ否定するのは、嫌だ。したくない。
私はかける言葉が見つからず、顔を俯ける蓮太郎をただ黙って見つめていた。




