第80話 生きている実感
気づけば足元にあった血溜まりは小さくなっており、両足の拘束は解けていた。
私は護衛の男がいた場所に残っていた足先を手にすると、慌てて彼のもとに駆け寄った。
「ねぇ、生きてるわよね?」
「な、なんとか」
全身にズタズタの傷を負いながらも護衛の男は口を動かした。
自ら切り飛ばした両足首の傷は特にひどく、勢いよく血が吹き出ている。
「回復をかけても、失った血はすぐには戻らないから、安静にしててよ」
切断された足をくっつけ、【清々流転】を複数回唱える。
足首はつながり、全身の傷も消えていく。表面上は元どおりになったように見えるけど、あくまで見えるだけだ。あれほどの傷を負った以上、無理に動いたら意識を失ってもおかしくない。
でも、これで当面の危機は去ったはずだ。
「お嬢さま、まだ、気を抜くのは、早い、ですぜ」
護衛の男が途切れ途切れの声と共に、黒焦げの弍鬼が倒れた場所を指差した。
「……うそ、でしょ」
かつて弍鬼だったものと呼ぶしかないほど、炭のように黒くなったそれがゆっくりと立ち上がっていた。
ボロボロの衣服、焼けた髪、煤けた肌、それでもなお、爛々と真っ赤に光る瞳。
さすがに信じられない。
あれほど傷だらけの状態で、あれほどの落雷が直撃して、それでもなお動けるというのか。
ゲームでいうところの、体力半分で復活するから二回倒さないといけない敵キャラか?
現実となった今、それを見せられても、私には乾いた笑いしか浮かばなかった。
「なんで、まだ立つんだよ。……もうっ、もういいだろ! やめろよ! やめてくれよ!」
弍鬼に向かって蓮太郎が叫んだ。
霊力を使い果たして倒れかけている凛之助を支えながら、提灯を握りしめている。
その明かりの震え具合は、恐怖か怒りか、はたまた、別の感情か。
「どうしてっ、戦わなきゃいけないんだよ! 弍鬼も言ってたじゃんか、人間が好きだって!」
「……あぁ、スキ、じゃぞ。ニンゲンはトてもウマい」
蓮太郎の顔が歪んだ。
「うまいって……オレのこと、ずっと食べ物としてしか見てなかったのか」
「いや、もちろん、たすケてくれたことには、かんシャしておるぞ。あのままでは、儂は行き倒れておった」
言葉を交わすうちに弍鬼の姿が少しずつ元に戻っていく。
このままにしてはいけない。頭ではそう思っているのに、心は二人の会話を邪魔することを拒否していた。
「じゃがな。儂はそうした恩を仇で返すことで生きてきた」
「人間と妖怪は……分かり合えないっていうのかよ」
悔しそうに唇を噛み締める蓮太郎に、弍鬼は首を横に振った。
「違う、それ以前の話じゃ。人間とか妖怪とか関係なく、儂という存在そのものがそうなのじゃ。そういう生き方を求め、そういう生き方しかできぬ」
弍鬼の黒い顔面にヒビが入りはがれ落ちる。そこには恐ろしくも、美しくもある、真っ赤な鬼の少女の顔が戻っていた。
「儂は、戦いが好きじゃ。命を賭けた駆け引きは己を強くしてくれるし、生きている実感が湧く」
「……」
「儂は、不義理が好きじゃ。誰かの期待を裏切り、世に刃を向けるのは、自由で楽しい。生きている実感が湧く」
「……」
「儂は、人間が好きじゃ。肉にむしゃぶりつくと、魔力が骨身に染み渡り、血が躍る。食という本能を満たし、生きている実感が湧く」
「……でも」
蓮太郎がゆっくりと口を開いた。
「オレの歌が好きだって」
「それは――」
一瞬、弍鬼は言葉を探すかのように口を閉じた。
「儂は、歌はよくわからん。じゃが、お主の歌は聴いていて心地が良かった。それだけじゃよ」




